1ー2 森人族の国
目を覚ませば、すっかりと空は晴れ、白銀の大地に反射する陽の光が眩しく映えた。
集落の住民たちはそのほとんどが既に起床しているようで、外に出て雪寄せをしている姿が多く見られる。
「そうか、雪が積もってると邪魔だもんな。雪国はこういう仕事も必要なのか」
「ヴェアンでは雪寄せが必要になるほど雪は降りませんからね。ここは少し標高が高いこともあって、尚更雪と関わりが深いのでしょう」
初めて見る文化だと納得顔を示したヴェレスに対し、エラーニュが補足する。
見れば、ソリに乗せた子供を引いて歩く人の姿もあり、心音は故郷日本での雪の文化を重ね合わせた。
それを想起してしまえば、心音は疼く身体を抑えられなくなってきた。
「雪だるま作らなきゃ!」
防寒着を着込んで勇み足で部屋を出る心音を見送り、慣れた光景だと他のパーティメンバーも支度を整え、部屋を後にした。
擬似魔法を手にした心音の手にかかれば、雪だるまを作るなど造作もないことであった。
魔法で物を動かす〝念動力〟というのは、魔力の扱いの初歩である。
惜しげも無くその力を奮った心音の手により、瞬く間に大きな雪玉が二つ、三角屋根の前にそびえ立った。
それに手持ちの木の実で顔を作り、木の枝で両腕を生やせば、それはもう立派な雪だるまと言って差し支えない出来栄えであった。
「ふふん、ゆきだるさん第一号ですっ! .......何か足りないなぁ。そうだ、帽子!」
心音が自身の頭からニットの帽子を雪だるまに移せば、なるほど更に完成度が高まったように見える。
「がはは、おもしれぇなソレ! コトの世界の文化か?」
「雪で出来た妖精みたいだね。でもコト、帽子は置いていかないでね」
遅れてきたヴェレスとシェルツがそれぞれの感想を口にする。
雪でできた見慣れない造形物の周りには、気がつけば集落の住民たちが集まっていた。
『おや、なんとも可愛らしい妖精ですね。私たちの国の雪像文化にも通ずるものと見えます』
外で作業をしていたティネルが傍に来て雪だるまを観察する。
ティネルが来た方角に目をやると、四角形を基調とした雪像が建物の入口で番をしていた。
『丸いのも可愛いね!』
『目や鼻を木の実で作るのもいい考えだ』
『木の枝の腕といい、雪と森の共演って感じだね!』
住民たちが、心音たちにも分かるように〝対外念話〟に乗せて感想を口々にする。
思いの外広く受けいられたようで、心音は誇らしげに笑みを浮かべる。
ティネルはそんな彼女の様子を見て微笑まし気に目を細め、晴れ渡った空を経由してシェルツに視線を移した。
『朝食、いかがですか? 森を案内する前に、身体を温めてはいかがでしょう』
『何から何まですみません。……では、お言葉に甘えてもいいでしょうか。通貨も違うため、たいしたお礼もできず……』
『いいんですよ。久しぶりのお客さんで、集落の空気も華やぎました』
雪だるまの周りでは、心音と集落の子供たちが楽し気にはしゃいでいる。こういった集落には、心音の雪だるまのような新しい風が必要なのだろう。
初めての異種族間の交流であったが、思いの外その垣根を感じさせない交流に、これから向かう先を思って身構えていたシェルツたちの心を軽くさせた。
♪ ♪ ♪
「パンを浸した芋のスープだなんて、良く考え付くわね」
「ええ。美味しいだけでなく、身体が芯から温まる雪国ならではの工夫を感じられました」
沈む雪を踏みしめながら、アーニエとエラーニュが白い吐息と共に感想を交わす。
ヴェアンでも固いパンをスープに付けながら食べることはあったが、調理の段階からまるで具材のようにパンを浸しているものというのは初めてであったようだ。
心音たち五人は今、ティネルの案内の下、森人族の森へ向かって歩みを進めていた。
馬車で森に侵入することは不可能だと言うことで、ここからは必要な荷物だけを背負って徒歩での旅路となる。看板などの目印はないが、森に入るには決まった道があるらしい。そこへ向けて、現在は森に沿って新雪に足跡をつけているところだ。
ふと先頭を歩くティネルの足が止まり、後ろを振り返る。
『皆さん、こちらが私たちの森〝守智の森〟の入り口です』
そう言われて森の方を見るも、道らしきものは確認できない。するとティネルが森人族の言語であろうか、聞き慣れない言語で詠唱を始めた。
「――――――」『さて、今から見ることは他言無用ですよ』
ティネルから発せられた魔力に反応して、まるで首長竜がもたげていた首を起こすが如く、草木が動いて道を拓いた。
「はは、これは誰も正確な道を知らないわけだ」
シェルツはその文明の知恵に触れて知的好奇心をくすぐられるのを感じた。森に生きる森人族だからこそ考え付いた、国を守る知恵なのだと。
ティネルが先導して森に入る。そして肩越しに振り返り、心音たちに注意を促した。
『森の中を歩くときは、私の背中だけを追ってください。決して周りの木々に目を奪われることのないよう』
きっと、それこそが迷える森の真髄なのだろう。案内人から目を離さぬよう、五人は気を引き締めて森に足を踏み入れた。
――瞬間、空気が変わる。
『あれ? 雪が無くなりました!』
森の境界を越えれば、まるで夏の広葉樹林を思わせる緑色の空気が心音たちを包んだ。
瑞々しい木々に、活発に走り回る小動物たち。まるで時を超えたような錯覚にすら陥った。
『この森一つが全て我が国の魔法回路とお考え下さい。さぁ、どうか私を見失わないでくださいね』
ティネルが案内を再開する。
そこを道と知らなければそう認識できないほどの獣道。そんな中で時折隠し通路のような道を分け入っていく訳であるから、案内無しで森を抜けられる道理はなかった。
どうして迷うことなく次々と足を運べるのかが不思議なくらいの道中。
大自然の空気と音を浴びながら歩くこと四半時、ティネルが振り向き全員いることを確認すると、右手で前方を示し心音たちに告げた。
『さぁ、着きましたよ。ここが我が国エスフル共和国の中枢、首都ファイェスティアです』
石造りの壮大な都市。
遺跡のようにも、城のようにも、要塞のようにも見えるその建造物群は、一つの固有の文明だということを主張していた。
その天頂は枝葉で覆われ、木漏れ日が都市を優しく照らしている。
『わぁ、すごく綺麗です.......』
思わず心音の口をついたセリフの理由は、他のパーティメンバーも理解出来た。
『これはすごいな、俺たちにも精霊の輝きがハッキリと見える』
『ハープスでは自然が豊かな地でほのかに観察できるくらいてしたが.......まるで精霊に愛されているかのようです』
その背景も相まって、精霊が煌めくこの都市を評するならば、幻想的という言葉が相応しいであろう。
皆の意識が壮大な景色に奪われている中、心音は視線を水平に戻して気がつく。創人族がこの都市にくるのはやはり珍しいのだろう、森人族の人々からの注目を集めていたようだ。
身軽そうな服装に草葉で装飾が施された特徴的な衣装。
訝しむような彼らの視線に心音が萎縮していると、ティネルが彼らに柔らかくも通る声で紹介してくれた。
『おおよそ十年ぶりの創人族の来客ですから、驚かれたことでしょう。彼らは緋色のラネグのご友人だそうです。私もここに案内するまでに彼らとは会話を交わしましたが、ラネグの様な優しい心を持った方々です。歓迎してあげてください』
張り詰めていた空気が緩む。
『守人のティネルが言うなら』『ラネグ、懐かしい名前じゃないか』などと〝対外念話〟で口々にする森人族の面々。
そうするだけの信頼がティネルにあっただけでなく、ラネグの存在も彼らに響いたのだろう。
柔らかくなった人々の表情を見渡して満足気に頷き、ティネルは言葉を続ける。
『彼らは東の果てから旅をしてきたそうで、ここファイェスティアも観光がてら見ていきたいとのことです』
『いや、俺たちは.......』
『はい、そうです。ラネグさんから、ここファイェスティアはすごく魅力的な都市であるとお聞きしまして』
思わぬ紹介に反論しかけたシェルツを制して、エラーニュが同調する。その意図を掴みかねているシェルツに対し、エラーニュは小声で説明した。
「魔人族の調査をする目的で入国したと最初から大々的に伝えてしまえば、警戒されて情報収集も円滑に進まないでしょう。ティネルさんはその辺を考慮して機転を利かせてくれたものかと」
「なるほど、その通りだね。助かったよ、エラーニュ」
意図を組んでくれたエラーニュにティネルは笑みを返し、再び森人族の民たちに向き合うと彼らに問いを投げかけた。
『さて、私はこれからまた集落に戻ります。どなたか彼らの案内をしてあげてくれませんか?』
『はいはーい! わーが案内するよ!』
間髪入れずに明るい声が立候補する。
見たところシェルツと同じくらいの歳であろうか。薄金色の長髪に、薄紅色の花飾りがアクセントとして光る。スラリとしたプロポーションも相まって、ヒト族の里に降りれば注目を集めて離さなそうだ。
『わぁ、美人さんですっ!』
『ふふふ、嬉しいこと言ってくれるね〜! わーの名前はフーリィって言うの。昔、ラネグともたくさんお喋りしたんだ!』
屈託のない笑顔の上で、コスモスの花飾りが揺れる。
『頼むよフーリィちゃん!』『ラネグの時も案内役やってたもんな』等と周囲から投げかけられる声に手を振って返す彼女の様子を見るに、この街の人々からの信頼も厚いようだ。
『あなたたちのことは歩きながら聞くとして.......それじゃあまず一番おっきな畑を案内しようかな! 初めて来た人はみんな驚くんだぁ』
意気揚々と進み出した彼女に慌てつつも、心音たちはティネルに礼を伝えてフーリィの後に続いた。
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