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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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第一楽章 銀世界を越えて

 一番奏者は桜色。

 澄んだ音色は世界を旅する花吹雪。

 主旋律(メロディ)奏でる銀色は、飛び交う光を魅了する。

 いつまでも、どこまでも。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 ゴゴ、ゴゴ、と。

 湿り気のある雪上を雪掻き車輪が転がる特徴的な音が、振動とともに体の芯に響く。

 アディア王国から森人族の集落までの道のり、雪がある景色が当たり前に感じるようになってきた。


 故郷だと年が明けた頃かな、と心音は暦を脳裏に浮かべる。

 この世界では一年の区切りは春にある。ヒト族の国では創人族連合主催国王であるハープス国王が新春を宣言した日から新年として数えるらしいが、大体三六〇日から三七〇日で年が切り替わっているようだ。


(一年の長さがだいたい同じってことは、星の公転の周期が同じくらいなのかな。生き物が生きられる環境になるには、恒星との丁度いい距離がそのくらいになるのかも)


 心音は天体の神秘に思いを馳せ天を仰ぐ。馬車の窓から見える落ちかけたお日様は、いつもの様に白い大地を照らしてる。


 馬車の速度がゆっくりと落ち、冷気と共に厚着したヴェレスが馬車の中を覗き込んだ。


「ここいらで野営の準備といこうぜ。いい感じに開けた平地だ」

「そうだね、そろそろいい時間だ。コト、整地頼めるかな?」

「いつもみたいに雪を溶かせばいいんですよね! お任せくださいっ!」


 シェルツからの依頼を受け、心音は馬車から降りて詠唱を始める。


「紅く照らす火球が四つ、春の息吹を大地に与え、冬の空気を温めよ。〝熱球〟」


 心音から生まれた光球が四つ。ハロゲンヒーターのような明かりは次第に大きく熱を発し、雪を溶かして場を温めた。


 遅れて馬車から降りてきたアーニエが、片手を腰に当ててその光景に目をやる。


「しっかし、サラッとやってるけどホント便利な力よね、コトの精霊術。こんな出力の魔法、普通だったら旅の途中でおいそれと使えないわ」

「えへへ。でも、精霊(ルフ)さんにお願いして発現させてるので、みなさんの魔法みたいな瞬発力は無いですよ!」


 心音がその体内に内包する精霊に〝想い〟を伝えて発現する擬似魔法。その本質は魔力を持たない心音が精霊の力を借りて行使しているものであり、心音のみが発現できる特殊な精霊術とも言える。

 膨大な魔力を保有する魔人族の精鋭と力比べをしても遜色のないエネルギー量を誇っており、そのことが通常であればヒト族の旅路では実現できない贅沢な魔法行使を可能にしていた。


 溶けた雪が蒸発し、乾いた暖かな大地が顔を覗かせる。

 各々が慣れた手つきで野営の準備を始め、あっという間に準備が整った。



 アディア王国を発ち六日。あの初雪の日以降どさりと雪が降りしきり、快路とは言えない旅路となっていた。

 途中に立ち寄れる村がいくつかあったが、その数は決して多くはなく、雪の中の野営を迫られる場面が多かった。

 それでも体調を崩すことも馬の調子が悪くなることもなく旅を続けられているのは、一重に心音の功労が大きい。


「コト、いつものお願いできるかな」

「はい、準備は出来ていますっ!」


 心音は野営地を囲むように触媒である木の実を並べ、中心に魔法陣を敷く。そして、一定の音程が保たれた詠唱を紡ぎ始めた。


「エル メ ディ ルウ テ」


 心音の声に答え、触媒の周りで精霊(ルフ)が煌めく。

 次第に野営地全体の気温が、快適に過ごせる程度まで上昇した。


 触媒を用いる本来の精霊術を用いることで、心音が意識し続けなくても環境を維持することが可能になり、寒冷地での野営の厳しさを和らげていた。


 夕餉(ゆうげ)の用意を進めていたエラーニュが、雑談を兼ねて現状を確認する。


「本来であればそろそろ目的地に着いていた頃ですが、雪で思うように進んでいないみたいですね。ヴェレスさん、体感的にはどのくらいの速度で馬車は進んでいますか?」

「そうだな、半分とまでは行かねえが、だいたいいつもの四分の三くらいじゃねぇか?」

「なるほど、ではあと二日以上かかることは覚悟しておいた方がいいですね」


 物資は余裕を持って多く積んでいるが、目測を見誤れば遭難すら有り得る天候である。旅慣れたパーティではあるが、その辺を油断してはならないという意も込めての言であった。


 触媒の数も限られている。立ち寄った町村で補給が見込める食糧と違い、精霊術で用いる触媒は扱っている場所も少ない。

 これから向かう森人族の森で採集ができることを望み、今は出し惜しみせずに環境を整えるしか無かった。


 野生の雪うさぎやキツネたちが温もりを求めて野営地に集まってきた。

 ここ数日の見慣れた光景に目を細めながら、心音もエラーニュを手伝うべく食材の選別に入った。


♪ ♪ ♪


 あれから二度の夜を野営で越し、状況に疲弊してきた頃、ようやく森林地帯が見えてきた。

 しんしんと降りしきる雪の奥を注視すれば、あれがきっと目的地の集落であろう。


 ようやく安定しない旅路の不安から脱することができる。

 少ない魔力で暖を取れるランプに手をかざしながら、荷車の中で心音は安堵の息を漏らした。


 隣のシェルツが、傍らに置いてある肩下げ鞄に手をかける。中にはアディア王国の将軍ラネグから預かった手紙が入っている。それをあの集落の森人族に見せれば、森の中を案内してもらえる手筈だ。


 心音たちパーティの主目的である魔人族の動向に関する調査。

 魔人族の領地と隣接していながら、今まで基本的にヒト族との干渉を控えていた森人族だからこそ、今まで入ってこなかった情報が得られることが期待できる。


 更には、ラネグが森人族の国で会得したという古代の魔法〝重力魔法〟の存在も、心音の心を掻き立てていた。

 通常の学習では理解するに難い魔法の理論。

 その感覚を会得することで、心音は元の世界に帰る方法を導き出せないかと考えているからだ。


 雪上を転がる車輪の音が音程を下げ、間もなくして馬車が停止した。

 心音は窓の外に視線を向け、目的地に到着したことを確認する。


「わぁ、可愛いお家! 北欧みたいですっ!」

「へぇ、見慣れないけど、あんたの故郷にもこんな家があるのね」


 心音が立ち並ぶ木製三角屋根の家々を見て漏らした誰にも伝わらない感想を、もはや慣れたものとアーニエが反応を返す。

 豪雪地帯ならではの大きく傾斜のある三角屋根は、それだけで民族的な風情を感じさせた。


 馬を停めてパーティの皆が下車したところで、家屋の中から何人かが様子を見に顔を覗かせた。

 どの顔を見ても整った顔立ちに、長い耳が特徴的である。

 その中から一人、弓を担いだ壮年の男性が心音たちに近づき、〝対外念話〟を用いて警戒した様子で尋ねた。


『.......創人族の方々とお見受けしますが、我々森人族の国へは何用で?』


 見れば、距離を置いて後ろで様子を見ている森人族たちも、直ぐに武器を構えられる姿勢を保っている。ここでの回答は慎重に行うべきであろう。

 シェルツが両手を上げて闘争の意思が無いことを示しつつ、ここへ来た理由を同じく〝対外念話〟で述べる。


『私たちは旅の冒険者です。〝アディアのラネグ〟から手紙を預かってきています』


 壮年の男性は少し警戒を薄め、後ろの森人族たちにも警戒を解くよう合図した。


『あの〝紅の武人〟からですか。彼には随分と世話になりました。ここは冷えます、中で話を聞きましょう』


 踵を返し手招きする男性に従い、心音たちは一回り大きな三角屋根の中に案内された。


♪ ♪ ♪


『名乗りもせずに失礼しました。私はこの集落で番兵を務めてる、ティネルと言います』


 暖房の効いた屋内、会議が出来そうな大きなテーブルに案内され、心音たちは壮年の男性から自己紹介を受けた。

 ティネルと同じく装備を固めた、若い森人族の男性が暖かいお茶を出してくれたことに礼をしつつ、シェルツから順に自己紹介を返した。


『私はシェルツと言います。こちらから順に、ヴェレス、アーニエ、エラーニュ、コトの五人でハープス王国から旅をしてきました』


 自己紹介を受けたティネルは驚きを返す。


『ハープス王国.......恥ずかしながら私地理には疎いのですが、ここから相当な距離があったと記憶しています』

『えぇ、ハープス王国からは、ふた月と少しかけて諸外国を回ってきました』

『なんと、それは大変な旅路でしたでしょう。さぁ、そちらのお茶は我が国の特産です、身体を温めてくれるでしょう』


 ティネルに進められるまま、五人は木製のコップに口をつける。心音にとって覚えのあるその味は、烏龍茶に近かった。


 心音たちの様子から敵意がないことを確認し、ティネルは本題を切り出す。


『して、ラネグから手紙を預かっているとの事でしたが、見させて頂いても?』

『はい、こちらがその手紙です』


 シェルツが差し出した手紙に記されたサインと蝋封を確認し、ティネルは中身を取り出し目を通す。

 (ふみ)を読みながら少し頬を綻ばせ、三分ほどで読み終わった彼は懐かしげに言葉を転がした。


『そうですか、危なかしかった彼も、将軍となるまで認められたのですね』


 目を瞑りゆっくりと二度頷くと、視線を心音たちに向けて確認するように語りかけた。


『あなたたちは、この不安定な平和を崩そうとしている魔人族について、遥々調査に来たのですね』

『はい。最近ヒト族の国で確認されている魔人族の活動は活発化してきていて、それに対抗するための情報収集と、他国に対する注意喚起も兼ねています』

『そうでしたか。いやはや、重要な任務ですね、お疲れ様です。それはそうと、言語が違うとは言えこの国で〝対外念話〟に〝ヒト族〟という思念を乗せないほうがいいですよ。気にする者は、少なくありません』

『そうですね、失礼しました。これからは〝創人族〟と』


 自らのことを指して〝ヒト族〟と呼ぶのはヒト族特有の文化であるが、学術的に正確に述べるならば〝創人族〟が正しい。創人族がヒト族を自称することを、他種族の者たちは快く思わない傾向にある。なぜなら、森人族も魔人族も皆、〝ヒト〟であるのだから。


 素直に謝罪したシェルツに小さく頷き、ティネルは控えていた若い男性に何やら指示を出す。

 そうしてもう一度シェルツに向き直り、指示を受けた男性が向かった先を示した。


『ラネグが信頼するあなた方です。都.......という程のものではありませんが、森人族の国の首都に案内いたしましょう。しかし、今宵は吹雪きます。部屋を用意させますから、泊まっていってください』


 窓の外を見れば、既にここに来た時と比べ雪色の割合が多く見える。もう少し到着するのが遅ければ、吹雪で遭難していた可能性すらあった事に心音は身を縮ませる。


『お世話になりっぱなしで.......ありがとうございます』

『なに、私たちも冬期はゆっくりと流れる時に身を任せるのみですから。珍しく訪れた客人をもてなすことは、その流れに変化を与えてくれるので歓迎したいくらいです』


 部屋の用意を終えた男性に案内されてみれば、暖かそうな羽毛布団が用意されていた。


 久々に、自然の驚異に怯えずに眠ることが出来る。

 真っ白になった窓の外を何処か別世界のように感じながら、心音たちは暖かな一室で夜を過ごした。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

今回から第四幕スタートです!

ご覧の通り、初めての異種族国家でのお話です。

新しく展開していくストーリーをお楽しみください♪

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