4-12 明かされた金色は
玉座に戻った国王の眼前で、暗殺者が二人の兵士に取り押さえられて膝をつく。
将軍ラネグの元には特例措置て武器が戻り、先の応酬で攻勢の精霊術が使えると判明してしまった心音を含むパーティは少し離れた位置で兵に見張られていた。
凍てつくような視線を暗殺者に向けながら、国王は重圧すら感じる声を落とす。
「すぐにでも極刑に処するべき大罪であるが、その前に知ること全てを話せ。内容によっては、命だけは助けてやらぬこともない」
黒い頭巾を剥がされ顔が露呈した年の頃三十ほどの男が、国王の出した条件に飛びつくばかりに言葉を走らせる。
「お、俺はただ依頼されて! こんな危険と隣り合わせの日々から抜け出せる高額で割のいい仕事があるって、そこの――っ」
勢いづいた台詞が突如詰まる。男は国王から顔を逸らし、落ちたトーンで続ける。
「言えません、俺にだって守るべき大切な人がいるんです」
国王は眉をひそめて男に問う。
「大切な人がいるのならば、依頼者などに義理立てせずに生き延びる選択をすればよいではないか」
「言えないんです、言ったらお終いなんです……。殺してください。俺は間違っていました」
依頼者から強力な口止めをされているのか、男は自ら死を選ぶ。その震えた声にラネグがはっとしたように目を開き、男の元に歩み寄る。
「国王陛下、失礼します」
国王に断りをいれ、ラネグは男の顔を覗き込む。その表情を確認したラネグは懸念が確信に変わったことに落胆し震える吐息を漏らした。
「エッダ、なぜお前がこのようなことを……」
「ラネグさん……合わせる顔がありません」
「将軍よ、賊は見知った者か?」
訝しむ国王に、ラネグは立ち上がって答える。
「彼はここルーディに住む冒険者です。今まで何度も前線戦に参戦した実績がある者がなぜこのようなことを……」
ラネグは唇を噛み俯く。国のために戦ってくれていたと思っていた男がこれ以上ない裏切りを見せたのだ。怒りよりも、悔しさが前面になって現れた。
そんなラネグの横を通り過ぎ、国王付きの侍従が玉座の前で膝をつき小声で報告する。
「国王陛下のご指摘通り、賊は王族と側近しか知らない隠し通路から侵入しておりました。足跡の痕跡を彼の罪人と照らし合わせれば確固たる証拠となるでしょう」
「ご苦労、その報告だけで充分だ。賊よ、どこで通路のことを知った? それにどうやって通路に侵入した?」
詰問を続ける国王に対し、エッダと呼ばれた男は沈黙を貫く。強く握られた彼の拳が震えているのは、いったいどういった感情からくるものなのか、側でその震えを見た将軍は察しかねていた。
しかし、その頑なに答えようとしないエッダの姿勢に、国王は何か当たりを付けた様子で椅子に深く腰掛ける。
「なるほどな。大方、お前が口を割ろうとしないのは、この場にお前を誘致した輩がいるからであろう。違うか?」
国王の推察に、エッダは一瞬びくりとする。その反応は図星を突かれましたと言っているようなものであった。
「ここで何か情報を漏らせば、そやつに取られてでもいる人質……そうだな、家族にでも危害が及ぶ、大方そういった事情であることは容易に推察できる」
エッダの震えが大きくなる。それは、自身の反応を良しとしない依頼者が家族に危害を及ぼさないか、といった恐怖を体現したものであろうか。
そして国王は、ついに核心に迫る。
「通路のことを知り、魔法の使えない空間でこの私を暗殺せしめうる使い手を誘致できる者。そういったことができる者となれば、かなり限定されてくるな――――のう、将軍よ」
「――な⁉ 国王陛下、私をお疑いなのですか⁉」
意識の外から重罪の疑いを向けられ、将軍は狼狽する。その将軍の言い分も聞かずに、国王は更に畳みかける。
「実際に、将軍とそやつは知り合いであったのだろう? その剣の腕も十分に知っていたということだ。それに、魔人族領に攻め入り逃げ帰ってきた兵たちが傷ついているのに対し、なぜ将軍自身は傷一つなく帰還したというのだ。それは将軍自身が初めから勝つつもりなど無く、私との謁見の場を儲け暗殺の場づくりをするためにわざと負けたからではないのか? 実際、暗殺者が私の命を狙っているときも、将軍はそやつに攻撃を仕掛けもしなかったな」
「陛下、どうかお聞きください! それらには全て理由がございます、今一度冷静なご判断を願います!」
「ええい、聞き苦しい。では将軍よ、私の推理を上書きできるだけの真犯人の証拠でもあるというのか、答えよ!」
返答が詰まる。具体的な捜査など何もしていないのだ。現段階では国王の状況証拠からの推察を上塗りする物証など、手札としてだせるものは何もなかった。
あまりに理不尽な物言いに、心音が声を上げようとする。しかし、その口をアーニエが抑えて制止し、〝対内念話〟で意思を伝える。
『(ここであたしら一介の冒険者がでしゃばってみなさい、一瞬であたしらも牢獄行きよ。今は耐えるのよ)』
たしかに、アーニエの言うとおりである。国王の言を塗り替える証拠がない以上、ここで何かを言っても火に油だ。しかし、このままでは将軍が罪を被ってしまうことになる。それも、限りなく極刑に近い刑が処されることは目に見えていた。
心音は何もできないということに歯噛みする。すると、この緊迫した状況下に似つかわしくない、木々がさざめくような女性の声が場に浸透した。
「国王陛下、ラネグ将軍は、無実潔白です」
今まで将軍の後ろで控えていたイダが、玉座の前へ躍り出て告げた。
「ほう? イダよ、そなたは将軍の無実を示す証拠が提示できると申すのか?」
「はい。なぜなら、私は――」
イダの漆黒の髪と瞳の奥から、日蝕を終える太陽のように強力な色彩が湧き上がってくる。
顕現した金色の魔力光と共にさざめいた言葉が、国王の推察をひっくり返した。
『――私は魔人族の王族だからです』
場にいた兵士が全員、渦巻く金色の光に対して臨戦態勢をとる。魔法が扱えない環境下でも尚強引に脈動する魔力光。しかし金色の奔流も一瞬、すぐに力を収めると、イダは胸に手を当てて〝対外念話〟を乗せた声を口の端から零す。
『戦う気はありません、私は戦闘には長けていませんから。
.......ラネグ将軍にはお世話になりました。私の存在が、彼の無実を何よりも証明することになるでしょう。国王暗殺を企てアディア王国を混乱に陥れようとしたのは、他でもない魔人族である私なのですから』
場が落ち着き、あっけに取られていた国王が気を取り直して兵士に命令する。
「何を呆然としている! イダを捕えよ! 宮廷魔導師の〝魔封〟の下、牢獄へ監禁するのだ!」
兵士に捕らえられ、イダは謁見の間から連れていかれた。
ラネグは目の前で起きた出来事が飲み込めず、放心状態で立ちすくんでいる。
イダとラネグの間が、謁見の間の扉が閉まると共に絶たれる。
彼女が最後にラネグへ向けた寂しそうな笑顔が、心音の胸をきつく締め上げた。
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さて、長く続いた第三幕も、次回で終幕です。
グラントペラの終演をお見届けください!