4-9 魔人族領への侵攻 前編
イダから話を受けた二日後の朝には、ヒト族の侵攻軍は砦の扉から出陣した。
夜間の奇襲ではなく朝を選んだ理由は幾つかある。
今までヒト族から攻め入った例がほとんど無く、魔人族側が攻撃を受けることに慣れていないことからそもそも守りが薄いこと。
先日の交戦でほとんどの魔物を殲滅したこと。
それらを踏まえて、視界が悪くなる夜間よりも日のあるうちに攻め入った方がメリットが大きいこと。
以上のことから、王からの勅命後丸一日を準備に当て、二日後の日が昇ってから進軍する具合となったのだ。
心音たちはそれぞれが馬に跨り、将軍の傍を併走する。心音は馬に乗ったことがないということで、シェルツの後ろに引っ付きながらの二人乗りである。
砦の先は、両端を崖に挟まれた広い一本道が続いている。その向こうに遠く見える魔人族の軍事基地が今回の目的地だ。
心音は遠視でその基地を観察してみる。
丈夫そうな石造りの建造物。小さな城塞のごとく広がったそれから、物見櫓のように塔がそびえている。
当然見張りがいるものと思いきや、塔の窓からは人の気配が感じられない。
いくら何でも油断しすぎじゃないかな。
心音がそんなことを考えていると、先頭を走っていた兵から大音声の静止がかかった。
「全体停止!! 〝魔力視〟に反応、前方に多数の罠!!」
馬を立ち止まらせ、将軍が馬を下りる。
心音も兵の言葉を受け〝精霊の目〟を発現させてみると、確かに前方には不自然な魔力の滞留が多く確認できた。先頭の兵士が〝魔力視〟で警戒していなかったら、今頃罠が発動していただろう。
罠の設置状況を観察した将軍が、対応手段について全体に告げる。
「通過すれば魔法攻撃が発現するものであろう。込められている魔力量から、魔法陣を無効化しても魔力が暴発する仕組みになっている可能性が高い。設置密度からしても、素通りすることは叶わないようだ。
よって、私の〝重波斬〟により強制的に罠を暴発させる! もちろん敵軍に知らせてしまう形にはなろうが、これを宣戦布告としようではないか!」
将軍が大上段に剣を掲げる。併せて、盾と棍を構えた兵たちが前へ出て、〝防壁〟を展開し始めた。
将軍の気合一閃、前方に放射状に斬撃が広がった――
「〝重波斬〟!!」
斬撃が通り過ぎた後を追うように、暴発した魔力が魔法陣の残滓を経由して様々な現象を巻き起こす。
竜巻、炎の柱、岩の槍、爆発や水の刃。
多種多様な魔法の嵐を、兵士たちの〝防壁〟が防ぎきる。
それらが落ち着き、全員が馬に跨り直したところで、将軍は再び号令をかけた。
「敵軍の基地に動きあり! 気を引き締め前進せよ!」
心音が発現させた〝遠視〟にも、基地から出てくる人影や魔物の姿が映る。
これだけ大掛かりな罠が作動したのだ。見張りがおらずともヒト族の進軍を知らせるには十分過ぎただろう。
侵攻軍が速度を上げる。
表に出てきた魔人族の数は二十程度、魔物の数は五十に届くかというくらいである。
対するヒト族の侵攻軍は五百超。数の優位は圧倒的とも言えよう。
その差を兵たちは感じ取り始めたのか、士気の高揚が滲み出始めた。戦争において、数はそのまま力となるのが定石だからだ。
戦力同士の衝突まであと数分、これからは圧倒的な戦力ですぐにでも制圧を、と兵たちが夢想した瞬間――――侵攻軍の目の前、宙空に突如人影が現れた。
「――――!!」
水色に発光した髪を逆立てたその人影から発せられた耳慣れない言語をトリガーに、辺りの岩が砕け一点に集中し、巨大な岩の槍が成形された。
それが回転を伴いながら、急停止で体勢を崩した侵攻軍目掛けて迫ってくる。
「――っ、〝防壁・多重展開〟!!」
咄嗟に馬から飛び降りたエラーニュが、着地後の膝を折った姿勢のまま詠唱破棄で魔法を発現させる。
しかし、急な詠唱破棄で強度が保てず、五枚張った障壁はものの数秒で数を減らしていく。
それでもエラーニュが稼いだ時間の効果は多大であった。急いで魔法の構成を練った魔法兵たちがエラーニュの守りに重ねるように〝防壁〟を発現させ補強する。
攻撃と防御が拮抗し、十数秒。巨大な岩槍は回転力を失い、大地に落ちて砕け散った。
ヒビの割れた〝防壁〟は破棄され、この応酬の間に体勢を整えた侵攻軍は臨戦態勢で水色の魔人族に相対する。
宙に立ったまま、魔人族の男は眉をひそめる。
『あんたら、俺らの国に攻めてきた創人族の軍隊ってことでいいんだよな? こんなこと俺が産まれる前からしばらく無かったと聞いているが.......。敵なら消していいよな』
言い終わるなり、水色の魔力光を強め背後に大量の水の槍を生み出す。その一つ一つが攻城兵器級の魔力を放ち、瞬く間に強度を増していく。
「なによあれ.......。デタラメにも程があるわ」
行先の定まらない杖を迷わせ、アーニエが震えた声を零す。水魔法に長けた彼女であるからこそ、その異常さを強く感じているのだろう。
戦意を喪失する者も現れる中、将軍ラネグが剣を掲げ一喝する。
「全軍攻撃用意!! 敵は一人、数の優位はこちらにある!! 攻撃を続けさせるな、集中して攻めろ!!」
将軍の声に奮い立てられ、兵たちは勇んで詠唱を初めて全力の攻撃を練る。
「そうね、せめて幾つかだけでも相殺するわ」
アーニエも気を取り直し、魔人族が作り出したのと同程度の〝水槍〟を形成し始める。作り出せたのは三つ、それでも確かに敵の攻撃に対抗しうる力を内包していた。
アーニエの〝水槍〟は的確に魔人族のそれと槍先を合わせ、相殺していく。しかし捌ききれない強力な〝水槍〟が兵たちに襲いかかり、犠牲がではじめた。
シェルツとヴェレスは将軍に視線を投げる。将軍はその意図を察し、近接戦闘に長けた部隊へ指示を送る。
「私が奴を落とす! 確実な連携を以って敵を討て!」
『ふん、何かする気なのか? 俺に勝てる手段があるようには到底……おぉ⁉』
〝水槍〟を次々と射出しながら嘲笑混じりに呟いていた男が、思わず驚きの声を漏らす。ラネグの重力魔法が全身を引っ張り、身体の制御を失うと共に魔法のコントロールがぶれたのだ。
力の方向性を失った〝水槍〟は侵攻軍魔法部隊の攻撃にはじき飛ばされ、足場を構成していた風魔法も揺らいだせいで魔人族は大地へ向けて急降下を始めた。
その向かう先には隊列を成した侵攻軍が剣を構えている。余裕を崩し冷や汗を浮かべた魔人族は、水色の魔力を膨らませて簡易的な詠唱を紡いだ。
『散れ、〝風槌〟!』
叩き落された重たい風が、集まりつつあった侵攻軍の兵たちを吹き飛ばす。しかし、その最中合わせて放った〝風槌〟で魔法を相殺した人影が二つ、着地し息を吐く魔人族向けて駆けだした。
「ヴェレス、迎撃するよ!」
「おうよ、このまま突っ込むぜ!」
その人影の一つ、抜刀したシェルツが風を切りながら電光石火のごとき足捌きで男の背後に駆け抜け、正面からはヴェレスがその手に持つ長大なハルバードを逆袈裟切りに振り抜いた。
『うわ、危ないなぁ』
重量のある一撃が、構成を練る素振りすら見せずに発現した〝防壁〟で難なく防がれる。同時に背後から強襲したシェルツの刃もひらりと躱され、二人を同方向に見据えられる方角へ退避された。
「ちっ、こいつ対人戦の心得がありやがる」
「ヴェレス、出し惜しみは無しだよ。俺たちの本気を見せてやろう」
シェルツとヴェレスから黄蘗色と蘇芳色の魔力光が巻き上がる。全力の〝身体強化〟を発現させた二人による神速の剣戟が男を襲い始めた。
シェルツが男の視界から消え、ヴェレスが突進する。一点集中させたハルバードの突きが〝防壁〟に防がれるも、その絶大な威力はそれを砕き回避を余儀なくされる。
そしてハルバードの刃とは逆方向、回避した先には既にシェルツの上段斬りが振り下ろされていた。咄嗟に水色の魔力を脚部に集中させて回避行動を加速し駆け抜けるが、ヴェレスがハルバードの柄を大地に叩き下ろし、呼応して岩石の柱が回避先の地面から突き上げられた。魔人族は急ブレーキをかけ柱への衝突を免れるが、起こした目の先にはシェルツの疾風のごとき突きが迫りくる。受けきるのはこの後の局面を考えるに下策と、残る回避先である上空へ向けて飛び上がった。しかし、思うように高度が上がらず、距離を稼げないままシェルツとヴェレスの間に着地してしまった。
『ちっ、あの真っ赤な奴の魔法か』
ラネグは緋色の魔力光を纏って仁王立ちしている。重力魔法の存在が、男のとれる手に制限を加えていた。
男は舌打ちをしながら、両側から斬りかかるシェルツとヴェレスの攻撃を全方位に張った強力な〝防壁〟で防ぎきる。二人の攻撃がそれに傷一つ付けることなく弾かれたのを見るに、先程までのものとは強度が違うらしい。
『ふぅ、ここまで本気にさせられるとは思わなかった。あんたらの攻撃ならこの守りは突破できないだろうけど……』
二人の攻撃を捌いている間に、男の周りには陣形を組んだ近接兵たちが剣と盾を光らせていた。
『このまま亀のように籠っているのはジリ貧、か。あんたら、慣れてるね』
男は俯いてお手上げの姿勢で手をぶらぶらさせる。侵攻軍が勝利を確信し攻勢に出ようとする――その前で、男は再び上げた顔に凶悪な笑みを浮かべて言い放った。
『それじゃあ、全力の運動は終わりだ。あとは俺の魔力に蹂躙されな』
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長めの区切りとなりますので、前編後編に分けてお送りいたします。