3-2 擬似魔法の練習
この話から第三楽章終了まで、冒険譚を期待していた方には少し退屈な話が続くかもしれません。
異世界らしい話になってくるのは第四楽章からですので、どうかお付き合い下さい。
心音は身体に宿った精霊の扱いに慣れなければならなかった。
習得した精霊術は勿論扱えるが、体内にいる精霊に対しては、直接意志を伝えることで擬似的な魔法を行使することも出来るようであった。
魔法とは、イメージ力が最も重要視される。
この世界の生物は生まれた時から魔力と共にあり、五感とは別の領域に魔力を扱ったり感じたりする感覚がある。その感覚を頼りに、まるで手足を自由に動かすがごとく、魔力を扱えるという具合である。
魔法というのは、魔力を自然界に干渉させ、あらゆる現象を発現させる手法である。具体的にどう働きかけて、何を結果として起こしたいのかというイメージが必要なため、科学的知識を身につけていなければ、効果は十分に発揮できない。
まるで自分の身体の一部を扱うほどの密接な認識、概念を身に宿していればその限りではないが、その領域に達しているのは、それに特化して進化した野生動物くらいのものである。
心音はそれを、楽器の演奏に似ていると感じていた。
明るい音、暗い音。
嬉しい音、悲しい音。
優しい音、激しい音。
感覚でそれを音にできる人もいるが、やはり明確な意思とそれを再現するための知識と経験が、より確実なものとする。
心音はまだ、魔法に関する感覚は身についていない。それでも、体内に精霊を宿したことで、少しずつ分かり始めたところではあった。
『ん〜、なかなかコップいっぱいにならないなぁ』
心音は口を突き出しながらボヤいた。
ギルドの修練場は、冒険者の付き添いがあれば一般人でも出入りすることが出来る。心音は休息日にはティーネに付き合ってもらい、魔法の修練に励んでいた。
魔法の練習ということで、失敗しても危険の少ない水魔法の基本、空気中の水分をコップに貯めるということをやっているのだが、イマイチその感覚が掴めないでいる。
『コトちゃん大丈夫だよ! 初日よりたくさん貯まるようになってきたじゃん!』
ティーネが励ましてくれるが、周りで六、七才くらいの少年が空中で生成した水を水鉄砲のごとく飛ばしているのを見ると、落胆せざるを得なかった。
『やっぱり魔法のない世界から来たから、上手く魔法は使えないのかなぁ』
『コトちゃんの世界。魔法のない世界、かぁ』
ティーネは思い返す。会話ができるようになった心音は、シェルツに出会うまでの経緯を、ヴァイシャフト一家に話していた。
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一家が揃った夕飯の後に、説明は行われた。
元いた世界は、魔法のない科学が発展した世界であったこと。
気がついたら燃え盛る街の中に倒れていたこと。
何日も歩き、凪の森にたどり着いて熊ネズミに襲われたこと。
もうダメだと思ったその時に、シェルツが助けに来てくれたこと。
『お兄ちゃんやるじゃん、ヒューヒュー』と囃し立てるティーネをよそに、シェルツは自分の推測が確信に変わるのを感じた。
『やっぱり、心音が倒れていたって場所は工業都市マキアだ』
『マキアだと? たしか魔人族の開発した兵器が落とされて壊滅したと発表されたが……その場所で間違いないか?』
確信めいたシェルツの発言にリッツァーがまさかといった様子で言った。
『あら? ギルドの発表では、生存者はいないってことだったわよね?』
『ていうか調査に行ったのお兄ちゃんたちじゃん』
ティリアとティーネが訝しむ視線をシェルツに向ける。
『確認した限り生存者がいなかったのは間違いないよ。体内の魔力を根こそぎ吹き飛ばす恐ろしい兵器だ』
真剣な顔でシェルツは続ける。
『生命維持をある程度魔力に依存しているこの世界の生物はその変化に耐えられず全滅したけど、コトには元々魔力が無かった。燃え盛る炎の影響で体調を崩したこと以外は不調をきたさなかったみたい』
シェルツの説明に一同は納得した様子で頷いた。
『でも……それじゃあコトちゃんはどこからマキアに来たの?』
『本人は魔法のない世界と言っていたが……都市一つ飲み込む規模の爆発と魔力波の奔流だ。未確認の事象が起きることも考えられなくは無いかもしれない』
ティーネが零した新たな疑問に、リッツァーが可能性を示す。とはいえ、不明な点だらけで真相に辿り着くには材料が足りなすぎた。
『いずれにせよ、元いた場所の検討がつかないのであれば、ここでの生き方を見つけなければならないね』
リッツァーの言うことは最もである。『それなんだけれど……』とシェルツが答える。
『例の事情があるから、しばらくはうちで匿えないかな。生き抜く術を身につけるまで』
シェルツは一つ、深い瞬きをして心音に向き直る。
『コトにも、話しておこうと思う。マキアから生還したということの、特別な意味を』
場に緊張が走る。シェルツは説明を始めた。
『この世界の生物は、一部の例外を除いて皆、魔力を扱える。でも、現存する生物の祖先は、彩臓が無かったと言われているんだ』
『遠い北の地でほぼ完全な状態で見つかった、ミイラ化した人類の祖先を分析して発覚したんだ』
リッツァーが注釈を入れてくれた。
『今でも先祖返りやなんらかの障害で彩臓がないものが生まれることがあるけど、それらは環境に耐えられず短命であることが通例なんだ』
そこまで聞いて、心音も自身が意味する特異性に気がつく。
『つまり、コトのように成長出来ている欠損者は、研究者達にとって喉から手が出るほど欲しい存在ってわけさ』
『おおっと、研究者を一括りにして悪者にしないでくれよ、シェルツ。確かに研究対象としては貴重な存在だが、決して悪い待遇にはしないだろうさ』
シェルツの説明に、リッツァーが冗談めかして言う。
『はは、その通りなんだけどね。ただ、問題となるのはもっと別の存在。〝起源派〟って言う過激な思考の組織があるんだ』
聞いていたティーネも、嫌な名前を聞いたといった風な表情をする。
『やつらは現在の魔力に頼った生活を良しとせず、曰く「我らの起源たる旧人類」に立ち返って、魔力のない世界を作ることを望んでいるんだ』
どこに行ってもヤバい組織はあるのだなぁと心音は心の中で呟く。
『そのために、コトのような特異な人間を見つけたとなれば、徹底的に実験の材料とすることを厭わない、そんな組織なのさ。実際、魔素がない地域に生息していたとある哺乳類を絶滅に追いやったりもしたんだ』
力を持った人間は我が物顔で生態系を崩す。人間という生き物はどこに行っても業が深いものなのかと心音は故郷を思い出す。
『そして、奴らの研究が進めば、彩臓のない生物を作り出し、現存する生物の大量虐殺へと繋がる恐れがある。そこまで魔力を毛嫌いしているんだ』
心音は思わず身震いをする。自分の身のみならず、この世界にとってかなり危険な存在になりうることを理解し、恐ろしくなった。
『今シェルツが言ったことはただの推察ではない。首都警察が念入りな調査の元目的を突き止め、公表している情報だ。それに対して反論せず、影でコソコソと活動するようになったことからも、事実であったのだろう』
リッツァーが苦々しげに言った。
心音は、なぜシェルツたちがここまで良くしてくれて庇ってくれていたのかを理解した。そして、容易にはこの世界で生きていくことは出来ないということを知ることとなった。
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『魔法が使えないってバレたら、彩臓が無いこともバレちゃうんだよね』
心音はため息をつくと、溜まった夏休みの課題を見るような視線をコップに向ける。
『この世界の人間ですって違和感がないくらいには、魔法に慣れないとね!』
ティーネが小さく主張した胸の前で拳を握って言う。
『でも不思議だね、魔法……に見える精霊術をいくら使っても、コトちゃんの中の精霊は居なくならないんだね』
『んっと、精霊の声? 意志? が少しだけ伝わってくるんですけど、魔素を回収しに出たり入ったりしてるみたいです。ぼくの中、居心地が良いみたいで、入れ代わり立ち代わり入ってきてるみたいで』
あはは〜、と心音は困ったような笑みを浮かべる。
『ん〜? コトちゃんの中の精霊の数、もしかして増えていってない? それに髪の色、変わってきたよね。だんだん薄くなってきてる……』
心音は慌てて自分の髪を手に取る。言われてみれば、綺麗な栗色だった髪は、白に近い薄茶色となっている。
『ま、まだ若いのに白髪なんてイヤだぁぁ!』
心音は頭を抱えてうずくまる。
『なんでなんだろ? お父さんなら原因わかるかな? やっぱり精霊が関係してそうだよね』
ティーネにはそのくらいの推測しか出来なかった。
しかし心音にとっては死活問題である。
『まぁそれは置いておいて、とりあえずは魔力切れ? 魔素切れの心配はしなくて良さそうだね!』
『よ〜し、続き行ってみよ〜!』というティーネの掛け声を合図に、『置いておかないでくださいよ〜』と叫ぶ心音と二人、魔法の修練を再開した。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想や活動報告へのコメントも、ありがとうございます。
ある程度書き溜めてはいますが、慎重に投稿していきたいと思います。
よろしくお願いします。