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恋するバレンタイン・キック  作者: 三ツ星真言
9/50

粉雪の中の稽古

「お父さん、お話があります。」

「何だい、急に。あの女の子とお付き合いしたいとか。」

「茶化さないで下さい。いいから、ここに座って下さい。」

 車から荷物を降ろし、台所に運び、冷蔵庫やらにしまい込んでから、

僕は、父親に切り出した。

「これを見て下さい。」

 僕は卓袱台に季久美さんにもらった義理チョコを置いた。

「何と・・・・・」

 僕は敢えて、何も語らなかった。自分でも何を言い出すかわからないし、

今までに父親に反抗したことなんかないから、両膝の上で握りこぶしを

震わしながら、睨みつけることしかできない。

 父親も、そんな様子の僕を見て、すべてを察知した様子だ。

「どれ、久しぶりに稽古をつけてやろう。」

「望むところです。」

 僕は、渡りに船と父親の誘いに乗った。

 粉雪が散らつく中、お寺の境内に出た僕たちは、遠間で互いに合掌構え、

一礼してから、一字構えをとった。当然、僕から、仕掛けた。

 物心ついて、たった二人っきりの親子。ずっと、二人で暮らしてきた。

 世間では、育児放棄、ネグレクトとか躾にかこついた虐待とか、色々、

騒がれているが、うちの父親はすごいと思う。料理、洗濯、家事全般を

そつなくこなし、毎日の学校へ持っていく弁当も作ってくれる。

 季久美さんから、「よっぽど訳があるのだろうから、無茶しちゃダメよ。」と

釘を刺されていたけど、僕、まだ中2だよ。頭ではわかっているけど、心の中が、

グチャグチャだ。

「どうした、技が荒れてるぞ。」

 僕の攻撃は当たり前のことなんだけど、全然父親に通用しない。

 七段の正範士だから、僕の怒りに燃える打撃技、剛法のすべてを華麗に優雅に

捌き、受け流す。僕への水月への突き、顔面攻撃、金的蹴りを加減する程、余裕が

ある。もう、悔しすぎる。

 すっかり頭に血が上った僕は、左手の五本の指を使った目つぶしを入れてから、

右手で襟を掴みに行くとき、親指で喉を突き、一瞬ひるんだ隙に、素早く懐に

入り込み、変形の一本背負い投げを仕掛けた。

 一投必殺の僕的には気合の入ったものだけど、父親は白鳥のようにふんわりと

宙を舞い、着地すると、今度は、僕を送片手投げで地面に軽く叩きつけた。

「本日の稽古、これまで。」

 ふてくされながら立ち上がり、衣服についた粉雪を払う僕に向かって、父親は、

こう言った。

「強くなったな。ほれ、最後の左ひじで水月に突きを入れてからの、投げは

効いたぞ。私ではなかったら、地面に叩きつけられていただろう。」

「そうですか。」

 褒められて嬉しかったけど、素直になれない僕がいた。

「それと、済まぬ。この通り。」

 父親は頭を下げてから、自分の部屋に戻って行った。

 今、確かに済まぬと言ったよな。言ってくれたよな。あやまったよな。

 まだ事情はわからないけど、今日はこれで良しとしよう。

 僕は本格的に降って来た雪を両手で受け止め、暫く積もるまでじっと見つめ、

それから両手でパパパツとはたいて、地面に捨てた。



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