山田さんの告白
「こんばんは。」
こんな夜遅く、誰だろう。
誰か死んだのかと心配になり、僕は玄関に急いだ。
父親は、お風呂に入っている。
「どうしたの。山田さん。こんな夜、遅くに。」
「大事な話があってな。和尚は、風呂かい。」
「はい、そうです。」
「じゃあ、あがらせてもらうよ。」
「はい、そうして下さい。どうぞ、こちらへ。」
僕は、台所のテーブルに山田さんを誘った。
「コーヒーでも飲みますか。」
「いや、眠れなくなったら困るから、熱いお茶にしてくれ。」
「かしこまいりました。」
僕は慣れた手つきで急須にお客様用のお茶の葉を入れ、
熱いお湯を注ぎ、しばらくたってから、お茶を入れた。
急須の穴の向きは、父親から耳タコだ。
お茶菓子に、僕が買ってきたちんすこうを差し出した。
「粗茶ですが。」
「いただくとするか。おっ、これは美味い。高級品だな。」
「山田さんには、いつもお世話になっておりますから。特別です。」
「この爺殺しが。このちんすこうも、美味いじゃねえか。」
山田さんは喜んでくれたが、何かいつもと様子が違う。
微妙な空気の中、父親がお風呂から上がってきた。
「これは、これは、山田さん、いつもお世話になっております。
この前も、鹿肉をいただきありがとうございます。」
「いいってことよ。山の恵みは、みんなで分かち合う。それに、
和尚に食べてもらえば、一番の供養になる。」
「アハハハ。まさに、その通りですね。それで、今日は、何か。」
顔で笑っても、心の中で、山田さんのいつもと違う様子に
気が付いている。流石、和尚だけのことはある。
「ちょっと、話は長くなるけど、いいかい。和尚、湯冷めしないように
何か着てくれや。」
父親は、黙って、その言葉に従った。僕も、ひざ掛けを用意した。
「あれは、かれこれ、十六年前のことだった。蝶塚市でちょっと昼間っから
一杯ひっかけて、夕方のバスに乗った。お客は、俺一人かと思ったら、
一人のキレイだけど、鉄砲で撃ちたくなるような派手な格好できつそうな
顔した若い女が乗っていた。」
そこで、山田さんは、一息ついた。父親の顔が、ガチでひきつっている。
「その女の顔には見覚えがない。町の者ではない。どう考えても、可笑しい。
嫌な予感がした。その女は、バスで降りると、俺に聞いてきた。
「お寺はどこですか。」ってな。見かけとは違い、消え入りそうな声で
思いつめた様子に、俺はつい自分から道案内を引き受けてしまった。
バス停からお寺迄ちと遠いし、夕暮れ時だけど、どうも、その女の足取りが
重いのが気になった。「失礼ですが、おめでたですか。」って、聞いたら、
女は黙ってうなずいた。俺は、驚いたのなんのって。このまま、お寺に連れて
いったら、どんな修羅場になるか。和尚は、ご両親の四十九日が終わり、
真理愛さんと結婚をしたばかり。どえれえ恐ろしいじゃないか。
そんな俺の様子を察して、その女は和尚の様子を聞いてきたから、俺は正直に
話した。そしたら、その女、その場にうずくまり、大粒の涙を流して大声で泣いた。
俺、青い涙ってやつを初めて見たよ。
暫く泣いた女は、こう言った。「遠くから一目見るだけでいいですから。」
俺は、それ以上、何も言えず、何も聞けず、その女を抱きかかえるように、
お寺の門まで連れて行った。
そしたら、和尚がお寺の境内で拳法の一人稽古をしているじゃないか。
その横で、真理愛さんが、黙って見ている。その二人が醸し出す空間、
雰囲気、何て言うんだろう、神聖でかつ慈愛に満ち溢れていた。俺も、その
女も固まるしかなかった。そのうち、一人稽古が終わり、汗びっしょりに
なった和尚に、真理愛さんが、「はい、あなた。」って、タオルを差し出した。
その絶妙なタイミングと言うか、受け取る和尚の嬉しそうな顔ったら、
見ている俺が恥ずかしくなるほどだったが、女にとっては苦悶にしかすぎない。
顔が醜く歪んでいたよ。そのうち、真理愛さんが、和尚の耳元で何かを
恥ずかしそうに囁いた。何を言ったか、見当はついたよ。その女は、
和尚が答える前に、走り出した。流産しないかと心配するくらいの勢いだった。
そして、お寺の近くにある橋の上に立ち止まった女は、そのまま意識を失った。
正直、身投げするんじゃないかと心配したよ。」
もう、父親は見ていて、可哀そうなくらい、全身が震えている。両手の
拳を握りしめている。息子の手前、涙は見せないつもりだな。
「このまま、俺の独り住まいの家に連れて帰るのも、やぶさかではない。
俺は、亡くなった大旦那に秘かに連絡をとり、離れにその女を運んだ。」




