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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第一章 ツクモノと轆轤首
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揺らぎやすい心

「ああ」


 どうやら合ってたらしいです。確かに昨日の夜は轆轤首さんの事もちょろっと話はしましたけど、実は殆どが私の話でした。ですので私が轆轤首さんの事を何もわかっていない、と言われたら反論は出来ないです。

 改めて思うとそれって、同居人として失格なのかな。


「あの子はね、妖怪としても変わってる方なんだ」


 何だかそれは薄々感じていました。私の中での妖怪のイメージはもっと、堅苦しい物だったんです。でも轆轤首さんを見ていると、そんなイメージも一瞬にして打ち砕かれちゃいましたし。

 明るい性格に他者を尊重するような考え、第一社会への適応力も素直に凄いなぁと思いましたよ。

 ついでに言うと見た目も流行に乗ってるって感じがします。いや……それは思い違いかな。


「妖怪と言うのは昔から、人との繋がりが深いんだ。勿論、脅かしたり助けたりと個々によって関わり方は様々だけどね。けれど現代、妖怪と言う存在は殆どの人間の記憶から忘れ去られようとしている。何が言いたいのかと言うと、今の時代は妖怪にとって暮らし辛い環境だって事さ」


 妖怪と人間との繋がりは今と昔とでは違うーー。このお爺さんはそう言ったんです。なら昔は今みたいに、ギクシャクとした人間の関係もあまりなかったのかも知れませんね。

 お互いに真に信じ合える。それは信仰の中で存在し続ける妖怪にも、暮らし易い環境と言えるのかな。じゃあ今の時代に生まれた私は……あまり深くは考えないでおきます。


「暮らし辛い……環境」

「そう。しかし轆轤首は敢えて人間との共存を選んだ。何せ彼女は人間が生み出す文化が好きだからね。じゃないと妖怪が人間の仕事なんてまずしないさ」


 けれどだんだんわかってきました。何故自分と同じ妖怪に出会う確率が全然無いのにも関わらず、轆轤首さんは人間社会に溶け込もうとするのかを。彼女は人間が惚れたからじゃない、彼らが作り出す文化に惚れたのです。


 だからこうして今も人間社会で生き抜く為に朝から仕事に行っている。だから私と出会った時にあんなに喜んでいた。それもまさかこんな時代でバッタリ仲間と出会えるとは思ってなかったから。

 なら私も同じ考えですよ。轆轤首さん、貴方と敢えて本当に良かった。貴方がもし私を拾ってくださらなければ、もうこんな事は昨日だけで何度も考えています。


「まぁあの子もあの子なりに精一杯生きているんだ。あんまり責めないでやってくれ」

「はい……私もちょっと怒り過ぎちゃってました」


 言われずとも既に、私の中では轆轤首さんへの怒りは消え去ってました。

 単純と言うかほだされ易いと言うか、私ってとにかく意思が弱いですよね。もっと精神的にも成長して、自分の意見を主張出来るようになりたいです。


「カッカッカッ! まぁ何事も経験が大事さ。怒ってみるのも悲しんでみるのも、これから生きていく上で為になっていくよ」


 何事も経験が大事、そう言えば轆轤首さんもおんなじ事を言ってましたっけ。やっぱり長く生きていれば生きている程その言葉の重さもわかってくるのですかね。

 まだ彼らにとって私なんか赤子のような存在ではあるんだろうけど、いつかそう思える日も来るのだと考えると、何か嬉しい感じがします。本当に人に恵まれたなぁ、私。


「それはそうとお茶が冷めてしまうよ、早く飲んだ方がいい」

「あっ、はい!」


 せっかくお爺さんが入れてくださったのに話に夢中でお茶を飲むのをすっかり忘れてました。湯気は辛うじてまだ、モクモクと発せられてるから冷めてはないと思います。

 ところで私って、お茶は飲めるのかな。ちょっとしたようで意外と重大な疑問が、私の脳裏に過ぎりました。


「あのう……」

「どうしたんだい? お茶は苦手かな」

「そうじゃなくてその……付喪神って飲食は出来るんですか?」


 それは轆轤首さんに訊ねてもわからないと言われてしまっていたので、この真偽はわからずじまいだったから故の事でした。

 しかし今私の目の前に居るのは轆轤首さんではなく、長生きしてそうな妖怪のお爺さんです。まさに答えを知るには絶好のチャンスと言えるでしょう。


「付喪……神だって?」


 ですがこの時、何故かはわかりませんがお爺さんの目が大きく開かれました。

 驚いたようにも見て取れましたし、何かを理解したようにも見えるし、もしかして付喪神って飲み食いしちゃダメだったのでしょうか。少し不安が募り始めたその時でした。


 ガチャンーー。玄関の方で鉄のドアが開く音がしました、どうやら轆轤首さんが帰宅されたみたいです。

 お爺さんの方に目をやると、お爺さんは優しそうな表情をして私の顔を見ていました。

 私、お爺さんの言いたい事わかりますよ。


「……いっておいで、ですよね?」

「ああ」


 それ以上お爺さんは何も言いませんでした。今私のすべき事である轆轤首さんとの仲直りを、私自身がわかっていたからです。

 私は精神的にも強くならなければなりません。こう言った日々の積み重ねも大事ですしそれを無駄にしない為にも、今日のような出来事も乗り越えられるぐらいにはなりたいですから。

 それも何事も経験、その言葉の真意が理解出来る日が来るまで。


 私はお爺さんに今出来る有りっ丈の笑顔を向けました、それもありがとうの意味を込めて。

 また後でゆっくりとお話をしましょうね。


「ツクモノ……」


 玄関に向かおうとした私ですがその途中、バッタリと轆轤首さんに出くわしちゃいました。せっかく私がお出迎えしようと思ってたのに。しかもこの人、何やら手には大っきな紙袋まで下げちゃってますよ。

 取り敢えずは下手に彼女を刺激しないよう、慎重に話し掛けるべきでしょうか。


「轆轤首さん……あの」


 でも轆轤首は私の想いなんて考えもせずに、いきなり自分の感情を鉄砲玉の如く飛ばしてきました。


「ツクモノォ! アタシが悪かった、本当にすまねぇ!」

「えっ」


 心の準備が整っていなかった私は、当然のように唖然としてしまいました。

 一体どんな反応をすれば良いのやら、全くこの人には何度も驚かされちゃいます。けどそれがこの人の良い所なのかも。


「お前の着物に付いた汚れは簡単に落ちるようなもんじゃねぇ。しかもその汚れを数時間放置したとなると尚更だ」


 なんだこの人も案外、着物の事をよくわかってるじゃないですか。そうですよ轆轤首さん、あなたの吐瀉物で汚れてしまった私の着物は修復不可能になっちゃったんですよ。

 わかってるなら何で追い討ちを掛けるかのように、わざわざ直射日光へ当てる真似なんかしちゃったんですか。


「じゃあ……」

「だからアタシは考えたんだ、お前に合うサイズの着物なんて中々売ってるしろものじゃないからな。そしてある結論に至った、そうこれだ」


 すると轆轤首さんは手に持っていた大きめの紙袋を、私の前にドサリと置いて見せました。そして紙袋から取り出した物を、私にホラ見ろと向けてきたんです。あまりにも突然だったので、思わず目を瞑っちゃいました。

 虫とかだったら嫌だなぁ……。みたいな事を考えながらも目を開けると、なんとそれは私の予想から大きくかけ離れた物でした。


「……アタシが着物を作ればいいんだよ」

「はい?」


 それは私の着物に使われていた物とよく似た刺繍が施された黒い布でした。

 一見着物のようにも見えましたが、畳み方からしてその可能性も低いでしょう。にしても自分で着物を作るって、この人は何考えてるんですかね。

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