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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第五章 人間と妖怪
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光江花子と言う女

 だとすればあの時、私の指に現れた赤い糸は何だったんだろう。解決したとばかり思っていた疑問は、更なる疑問を連れて来てしまったみたいです。


「それよりぬらりひょんさん……」


「そうだった」ぬらりひょんさんは頭を掻いて言いました。「何故ワタシがここに居るかだったね」


 違う考え事で頭がいっぱいいっぱいでしたので、すっかり質問をした事を忘れてましたよ。

 悪いのは彼だけではありませんので、私は「すいません」と宙に浮いて居る体を縦にして、軽く頭を下げました。意外とこの体勢、キープするのが難しいです。


「君に是非会わせたい人が居るんだ」

「私に会わせたい人?」


 返答の意味が全くわかりませんでした。彼が私に会わせたい人なんて、轆轤首さん達以外思いつきません。

 でも彼女達にもう一度だけ会えるのだとしたら、今度こそさよならの挨拶をしたいなあ。決してそうと決まったわけでもないのに、私は勝手に握り拳を作りました。


 けれど私の予想は、大きく外れました。


「久しぶりね、お人形さん。いいえ、今はツクモノちゃんだったわね」


 明らかに聞き覚えのある、優しく抱擁してくれるような声が聴こえてきました。そしてそれが七年間聞き続けた、あの人の声だと気付くのに長くは掛かりませんでした。


「お……お婆ちゃん……?」


 声のする夜空の方向を見上げた私は、更なる感動により声が震えました。未だ聞き慣れない自分の声も、この時だけはとてもしっくりきたような気がします。それは多分、光江花子としての感動も、少なからずあったからでしょう。


 率直に言います。そこに居たのは私の大好きな、由美子お婆ちゃんでした。

 私が市松人形だった時の持ち主であり、光江花子だった時も何かしらの関係があった人物ーー。外出中に(わずら)っていた病によって亡くなった彼女が、何故こんなところにいるのだろう。私は半透明な彼女に疑いの目を向けました。


 けれど年相応の真っ白な髪の毛に、ほうれい線が深くて皺の多い顔。彼女はどっからどう見ても、あのお婆ちゃんの姿をしていました。

 本物だ……。未だ驚きと感動のあまりお婆ちゃんの姿を凝視していると、背後から笑い声と共にぬらりひょんさんの声が聞こえてきます。


「彼女には過去に一度、君の事について聞かせて貰ってたんだ。今回はエンマ様の許可も貰って、特別に浮遊霊としてこの世に連れて来たってわけさ。いやぁ、エンマ様の許可を得るのは大変だったよ、カッカッカッ!」


 それに合わせてお婆ちゃんも、頬に寄っている皺の溝を一層深くして笑みを浮かべました。


「フフフ。だってこの人、私をあの世から連れ出す理由を『市松人形の為です』とか言っちゃったのよ。そりゃあエンマ様も困惑するわよねぇ」


 エンマ様とか言うワードが飛び交う彼らの会話には、とても着いて行けそうにはありません。故に私は、苦笑いの表情を保って聞き流しました。だって、わかんないんですもん。

「それにしても」さっきまでの表情から一変、お婆ちゃんが真面目なトーンで言います。「よく頑張ったねぇツクモノちゃん」


「えっ?」

「ぬらりひょんさんから全部聞いたわ。私が死んだ後、凄い辛い思いをしたんだってね……。ごめんなさい、さよならも言えずに逝ってしまって……」


 さよならも言えずにーー。その言葉の辛さは私にも十分に理解出来ました。私も轆轤首さん達にお別れの挨拶をしそびれてしまっている。だからこそ、私は彼女を責める事は出来ませんでした。


「そんな事……」その気持ちを何とかして伝えるべく、私は次の言葉を繋げようとします。

 ですが、気持ちが募るばかりで言葉がちっとも繋がらない。いざ彼女の気持ちを汲み取ろうとすると、喉の奥に言葉が詰まって声が出ませんでした。


 私は自身が喋るとわかった時から、お婆ちゃんとお話をしてみたいと強く願っていました。けれどお婆ちゃんが亡くなってしまったと知った途端、それが叶わぬ願いとなった。その時の絶望感は、今でも鮮明に覚えています。

 でもこうして今、念願のお婆ちゃんとの会話をしてみると、思っていた以上に会話が弾みません。それは緊張しているからか、はたまた本当に言葉が出ないからなのか、私にはわかりませんでした。


「私も……お婆ちゃんの家にお子さんが来て部屋を荒らし回った時、何も出来なかったから……」


 必死になって言葉を絞り出しました。「だからその……お互い様だよ!」


 初対面の相手ではないけれど、こんなに会話に気を使うのは疲れます。

 お婆ちゃんの心の負担を少しでも減らしてあげたい。私は発言の後に精一杯の笑顔を作りました。


「ありがとう」お婆ちゃんも優しい笑顔を返してくれました。


「ツクモノちゃん、あなたは昔とちっとも変わらないわね」


 変わらないってどう言う事だろう。私は頭にクエスチョンマークを浮かべましたが、瞬時に事が理解出来ました。だってあの人の話題は、私の中で散々上がっていましたからね。


「昔って……。もしかして私が光江花子だった時の事?」


 何処で私が、過去の自分である光江花子の存在を知ったのか。それはぬらりひょんさんが帰られた後の事です。

 地縛霊だった時の自分の話を聞いた私は、インターネットでその事故についての全貌を調べました。

 八年前の火事、自宅で亡くなった若い女性。これらの情報から人物像を割り出されたのが、他でもない光江花子だったと言う訳です。


 残念な事に彼女がどう言った人物だったのか、彼女の家族関係はどうだったのかは、その後いくら検索しても出てくる事はありませんでした。

 所詮インターネットと言っても、民間人の個人情報をくまなくチェックする事は出来ませんからね。当たり前です。


「あなたは既に、自身が何者なのかってのは知っているのね」

「まぁ名前だけはね……。でも、その人の深い事は全く知らないんだ」


 嘘は吐いていません。現に私が過去の自分、光江花子の姿を知らないのは紛れも無い事実ですし。彼女が生前、何処で育ち、誰と話し、何を思ったかなんて、記憶が摩耗してしまっている私には、知る術なんてありませんよ。

 故に私はずっと、お婆ちゃんに訊ねてみたかったんです。彼女は光江花子と何らかの関係がある人物だと言うのは、ぬらりひょんさんの話から聞かされていましたから。


「だから教えて、お婆ちゃん。昔の私がどんな人だったのか、そしてお婆ちゃんと、どんな関係だったのかを」


 お婆ちゃんは何も言わず、私の顔をジッと見つめてきました。それもよくぞここまで辿り着いたとでも、言わんばかりの迫力です。

 しばらくして今度は、ぬらりひょんさんともアイコンタクトを取ってました。もしかして……駄目なのかな。


「わかった」


 よかった……ほっとしました。


「初めて過去のあなた……光江花子ちゃんと出会ったのは、街灯しか光が存在しない、暗い夜道だった。いつものように私は健康の為のウォーキングをしていると、花子ちゃんはフラフラと覚束(おぼつか)ない足取りで前から歩いてきたの。私は日中に歩いて、熱中症やら脱水症状やらで倒れるのが嫌だったからその時間帯を選んでたんだけど、明らかに彼女は違ってた。あんな時間帯に若い女性が一人歩いてるなんて、誰だっておかしいと思うじゃない。だから私は、すれ違いざまに問い掛けたわ。『お嬢さん、どうしたんですか』ってね」

「それで、光江花子は何と?」


 お婆ちゃんは目を瞑りました。「お家の人に外へ出なさいと言われたんですって」


「えっ?」

「話を聞くとね、花子ちゃんは普通科の大学に通ってたらしいんだけど、周りの環境が合わなくて不登校になったらしいのよ。そして家で引き篭もりの生活を続けてしまって、この時間帯になら外に出てみてはどうだと言う話になったそうなの。お父様も苦肉の策だったと思うわよ。何せ自分の娘を、こんな深夜に一人で出歩かせるんだから」


 まさか過去の私が引き篭もりだったなんて、正直思いもしませんでした。あの時、天狐さんと加胡川さんが私達の家に残ると聞かされた途端、謎の嫌悪感が訪れていたのは、単なる偶然ではなかったんですね。

 環境に合わなかったから通っていた大学を立て続けに休んだ。これに関しては言えば、今の私ならそんな事はしませんけどね。何せこのツクモノは、人見知りでもなんでもないんですから!

……ごめんなさい、見栄を張りすぎました。

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