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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第四章 花子と恩返し
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今更な謝罪

 正直私にそんな質問をされても、彼がどんな料理を作れるのかはわかりません。せいぜい知っているのはお味噌汁ぐらいです。

 なので私は、周囲に聞こえるぐらいの声で叫びました。彼の自信がある料理を口にしたい、その一心で。


 今思えば、なんでそんな気が狂ったような事をしてしまったんだろう。


「あなたの、得意料理で!」


 リュック越しからでもわかるくらいの打撃が、私の頭に落ちてきました。


 *


 私達を乗せた車は、目的地である轆轤首さんの家を目指して発進しました。

 ここのショッピングモールは雛形区よりも、少し離れた場所にあります。なので家に着く頃は三十分程、今の時間的に言えば十三時ぐらいが妥当でしょう。お昼ご飯の時間は少し過ぎちゃってはいますけど、そこは妖怪なので気にしちゃいけません。


「ほんと、よくもまぁ君はあんな場所で大声を出したな」

「えへへ、すみません」


 チカチカと方向指示器と言う物を点灯させる音が車で軽く響きます。そんな中、加胡川さんは私に話し掛けてきました。

 彼はまだ、エレベーターでの時の事を引きずっているみたいです。もういい加減忘れてくれてもいいのに。加胡川さんは他人の事になるとすぐに話を掘り返しますね。


 地味にあの時、私は初めてげんこつとやらを受けました。

 ほら、轆轤首さんって暴言こそ吐きますけど、決して殴るような人ではないでしょ。なのでショッピングモールで、加胡川さんが何の躊躇いも無く殴ってきた事に、実はかなりびっくりしたんです。この人って他人でも本気で殴るんだって感じで。


「もう良いじゃろ地狐。お主はズルズルと引きずるタイプじゃのう」


 例の白髪の少女は、うじうじ呟く加胡川さんに向かって、あたかも全て悪いのはお前とでも言わんばかりの勢いで言いました。

 彼女も彼女で言いたい事をスパッと言いますよね、それもあくまで、加胡川さんに限っての事ですけども。


「だってぇ……」


 他にも何か言いたそうになっていた加胡川さんでしたが、天狐さんの気迫に押されてしまい、黙り込んでしまいました。決して悪いのは彼だけじゃないのに、なんだか申し訳なくなってきますね。ごめんなさい、加胡川さん。


 それから十五分ぐらいが経ちました。

 加胡川さんは相変わらず車の運転を続けていましたが、天狐さんに至ってはすっかりと寝息を立てていました。眠っている姿もお婆さんの姿の時とは違って、また可愛らしいです。

 多分昨日の疲れがまだ残っていたんだと思います。私を抱いたまま寝ているのは嬉しいんですが、眠っているが故にいつ彼女が手を離すかハラハラとしてしまいますよ。お願いですから天狐さん、お手手離さないで下さいね。


「ツクモノ、君はまだ起きているかい?」


 まだ見慣れていない都会の風景を眺めていると、隣から加胡川さんの声が聞こえてきました。「君はまだ」と言うセリフから、彼が天狐さんが眠っている事を前提として話し掛けている事がわかります。


 にしても急に私に話なんて、一体何なんでしょうか。もしや、食品売り場での事をまた掘り返して怒るつもりじゃないでしょうね?

 天狐さんが眠っている状況でハラハラとしながらも、私は彼の質問にしっかりと答えるように言いました。


「お、起きてますけど……」

「そんなに怯える事ないじゃないか。僕だってもう、あの時の事は気にしてないよ」


 なんだ、それなら安心です。だとすれば加胡川さんは、一体何の話を持ちかけてきたのでしょうか。

 天狐さんが居ると言えども、実質二人っきりとなっている空間で、わざわざ話し掛けてくるなんて。こんな所でもかまってちゃんは、発動しちゃうものなのかな。


「なら、どうしたんですか」

「いやね、今更かも知れないけど……。君にはもう一度謝っておかないといけないなと思って」


 あっ……。私は彼の言いたい事を察しました。

 今更かも知れない、と言う言葉の意味は置いておくとして、彼が言いたいのは弔いの祠での一件を掘り返してきたみたいでした。


 正直言って、その一件に関しては私も許したくはないです。でも加胡川さんの一件があったからこそ、私と轆轤首さんは天狐さんや野鎌さんと出会えたってのもまた事実でした。故に彼が心配している程、私達もあの時の話を引きずってはいません。

 その趣旨を伝えるべく、私は少し愛想笑いを浮かべながら口を開きました。


「もうそこまで引きずらなくてもいいですよ。完全に許すってわけにはいかないですけど、別にもうあなたに怒りを覚えているわけでもないですし。現に加胡川さんも、今となっては私達の助けになってくれてるじゃないですか」


 天狐さんにこき使われているとは言え、加胡川さんが私達のお手伝いをしてくれています。なので私からすれば、もはや彼のやった事なんて過去の事に過ぎないんです。

 彼は少し繊細ですからこう言った、他人の顔色を伺うような仕草を見せてきますけど、別に今の私はそこまであの時の事を気にはしていませんでした。


「本当かい……。それでも僕がやった事が悪い事であるのには変わりはないよ。改めて詫びさせてもらうよ、すまなかった」


 すると加胡川さんはそこで終わりかと思っていた発言に、付け足すような形で言いました。「そこで質問なんだけど」


「僕も君の……友達に加えてくれないかい?」


 なるほど、そう言う事だったのか。私は彼の考えていた事を読み取りました。

 加胡川さんは天狐さんと私のやり取りを見ていく中で、友達と言う存在の大切さを理解していったんだと思います。だからこうして今、師匠である天狐さんの友達、ツクモノに声を掛けたのでしょう。

 少し話し掛け辛い轆轤首さんよりも親しみ易く、師匠である天狐さんに最も近しい存在である私に。


「加えるとか無いですよ。あなたが私を友達と認識してくれたら、それでもう私達は友達ですから」


 無論私は快諾しました。だって友達を作るのに、理由なんて要りませんからね。友達はいくら居たって困る事は無いですし、寧ろ沢山いた方が楽しく妖怪としての一生を過ごせますよ。


「そうか、ありがとう」


 彼は少し照れ臭そうに、口元を緩めました。そんな簡単な事で悩んでいたとは、加胡川さんもウブなところがありますね。


 今度こそ話題が尽きたので、私は外の景色へと視線を移そうとしました。ですが彼とのお話は、ここからが本題だったのです。


「それともう一つ。僕に対する質問の答え、まだ君に言ってなかったね」

「質問の答え?」


 今度こそ、彼の発言の意味が理解出来ませんでした。

 映画館に着いてからここに至るまでの過程で、加胡川さんに質問をして返ってこなかった事など一度もありません。なので彼が私の質問の答えを未だに示していないと言う発言には、つい疑問を抱いてしまいました。


 しかし次の加胡川さんの言葉で、私は彼が何を言いたかったのかを完全に理解しました。


「ああ。僕が師匠の事をどう思っているのかって事さ」


 だからこのタイミングで私に話し掛けてきたんだ……。まだスヤスヤ眠っている天狐さんの顔を見て、私は頭を上下に動かしました。

 そりゃ天狐さんに聞かれたくないような話をするのに、天狐さんが居る状態では意味がありませんからね。


 しかしながら寝ているとは言え、天狐さんが居る車内でその話をするのもどうかと思います。でも私には彼女の小っ恥ずかしい感情よりも、彼の答えを聞く方がよっぽど気になってました。


「で、その答えと言うのは?」

「命の恩人、だよ」

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