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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第四章 花子と恩返し
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白髪の彼女

 これまで見慣れていた天狐さんの姿とは一変して、かなり幼い感じになっちゃってたんです。

 髪色はお婆さんの姿の時と同じような白のショートカット、服はこれまで着ていた物とは違って制服のような物に変わっています。見たところ外見で言えば十代前半ってところでしょうか。


 衝撃のあまり口を開けたままで天狐さんの姿を見ていると、彼女は少し悪戯な笑みを浮かべて言いました。


「なあに、老婆の姿じゃと市松人形を手に持っていては変人扱いされるじゃろうかと思ってな。車に乗っとる間だけはこの姿でおろうと思っただけじゃよ」


 なるほどなるほど……なんて、納得出来る訳ないですよ! 確かにここ、雛形区は人形の街として有名ですけどね。今時市松人形を抱いたままの女の子なんているわけないじゃないですか。

 それに彼女の姿は髪の毛も白、まつ毛も白、眉毛も白、仕上げに何処かの制服姿ときています。轆轤首さんとまではいきませんけど、今の彼女は側からみれば十分に不良少女ですよ。


「ならせめて白は目立ちますから、髪の毛の色を黒にして下さい!」

「ワシの地毛は白じゃからのう、やはり若いわらしの姿は似合わんか……」

「そんな事を言ってるんじゃないですよぉ……」


 ダメだ、話が少しも噛み合わない。別に何も、似合っていないと言ってるわけじゃないですよ。寧ろお婆さんの姿の時よりも、ずっと可愛らしく見えますし。

 私が言ってるのは、化けているにしても世間的には物凄く目立っちゃってるその姿を、変えて欲しいってことなんです。


 ですがもしかすれば彼女の「地毛は白」と言う発言にある通り、その毛色以外には人間に化ける事が出来ないのかも知れません。であれば普段、天狐さんがお婆さんの姿をしている理由にも納得が出来ますし、今回の件も納得とまではいきませんが、理解は出来ます。


 それに姿が姿なので驚きは少なかったですけど、何気に今回も天狐さんは、尻尾と耳を晒していませんでした。家ですらそれらを露出した事がなかったので、その辺はやはり気を使っているのでしょうか。


「と言うか天狐さん、あなたって加胡川さんと違って尻尾とか耳は全く見せないですよね」私は天狐さんに訊ねました。


「地狐は人前でその姿を見せるのが好きじゃからな。ワシは尻尾も耳も見せるのはあまり好きではないんじゃよ」

「へぇ。妖狐によって化けるってのにも、色々と拘りがあるって事ですか」

「うむ」


 加胡川さんみたいに自身が妖狐である事を誇りに思っている方は、尻尾や耳を隠さないって事で合ってるのかな。でもそれじゃあ天狐さんが誇りを持っていないって事にもなっちゃうし……。

 ま、妖狐にも色々考え方の違いってものがあるんですかね。あまり深く考えずにこの話は終えましょう。


「地狐よ、そろそろ出発してくれ」

「わかりました。師匠、シートベルトはしっかりとして下さいね」


 げっ……。天狐さんにつれられるような形で助手席には乗ったものの、そこでのシートベルトの着用が義務付けられている事を、すっかり忘れたままここまで来てしまいました。

 これはもしや、とんでもない大失態を犯してしまったかも知れないです。


 弔いの祠へ向かった時以来、私はシートベルトが大っ嫌いになっていました。だってあんな窮屈な物、着けても苦しいだけですからね。

 高速道路でのシートベルトの着用は、後部座席に座っていても義務付けられていましたが、私意地でもしてませんでしたし。そもそも私は妖怪ですもの、人間の作った全ての法に従う事もありません。


 そんな事を言ってる時点で私も、常識が欠けているのかも知れませんね。でも正直言って、これだけはどうしても譲れないです。


 しかし今私が座っている場所は天狐さんの膝の上、故にシートベルトの魔の手からは逃れる事が出来ませんでした。

 確かに前と違って、私はリュックサックに入ったままではありません。けれどこのままシートベルトを着けても結局、天狐さんと私とで苦しい思いをするだけなのは変わらないです。


 だから今と言う今は、彼の言葉を無視してシートベルトは着けないようにしてもらいたいなぁ。例えそれが、警察の人に見つかって怒られるような事になったとしても、ね。


「私もシートベルト、しなきゃダメですか?」


 恐る恐る天狐さんに訊ねてみると、予測していたものとは随分と違った返答が返ってきました。


「何を言っておるツクモノ。今のお主はワシの人形じゃ。人形がシートベルトなぞするわけないじゃろ」


 どうやら天狐さん、既に市松人形を抱き抱えた少女になりきっているようです。これには私も感心すると共に、彼女に対しての感謝の念も抱きました。

 だって高速道路のインターチェンジで見せた私の反応、覚えててくれたわけですもの。


「で……ですよね!」

「じゃが持ち主に抱っこされるのも人形の役目じゃよ、それ!」


 そう言うと彼女は、私の体を力一杯抱き締めました。なるほど、シートベルトの代わりに抱っこしてくれるって事ですか。

 ですがちょっと……強く抱き締め過ぎな気もします。これじゃあシートベルトをするよりも、ずっと窮屈ですよぉ。


「うぐっ……苦しいですぅ」


 そんな私達を他所に、車のエンジンは既に唸り声を上げていました。


 *


 今日は平日だからでしょうか。大型のショッピングモールの中にある映画館は、予想以上の静けさを保っていました。人はいると言えばいるのですが、その大半はお年寄りの方々です。さいたま市では高齢化が進んでいると聞いていましたけど、まさかここまでとは思ってもみませんでした。

 でも今の天狐さんの姿はお婆さんの姿ですから、周囲の違和感はありませんね。


「けれどツクモノよ、今朝みたいな童もこの街には沢山おるのじゃ。そう言った者達が、これから街を支えていってくれるじゃろうて」


 また彼女に心を読まれてしまいました。確かに彼女の心を読む力はコミュニケーションツールとして便利ですが、勝手に心を覗き込まれるのはあまり気分の良いものではないです。

 そんな事を考えていると天狐さんは追記するような形で、「ワシは結構楽しいがのう」なんておっしゃってました。やかましいです。


「で、師匠。どの映画を観るんですか?」


 券売機に並んでいる途中、財布の中身を確認しながら天狐さんに問い掛けていました。言われてみれば天狐さん、映画館に行こうとは言っていたものの、どんな映画を観るとまではおっしゃっていませんでした。なのでその質問に関しては、私も興味がありました。

 

「うむ、ハナコを観ようと思っておる」

「うーん、聞いた事無いなぁ」


 映画情報については、私もあまり詳しくはわかりません。せいぜい知っているものと言えば、テレビのコマーシャルでやっているものぐらいでしょう。けれどそんな映画のタイトルは、私も聞いた事が無いです。


「お主ら、そんな事も知らんのか」


 地味に発言の矛先に私が入っている辺り、またしても私の心を覗き込んだんでしょうね。もう、気持ち悪いったらありゃしませんよ。


 天狐さんの説明によると、今日彼女が観ようとしている映画の正式なタイトルは「HANAKO」と言うらしいです。

 何でも都市伝説の一つである「トイレの花子さん」をモチーフにした映画なのだそうで、主人公である小学生の男の子が花子さんと出会い、花子さんを含む学校七不思議と対面していくと言うお話みたいです。


 正直なところ聞いている限りでは、あまり面白そうに聞こえません。けれど映画と言うものを観た事が無かったので、経験の一つとして観てみるのは悪くないですかね。

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