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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第四章 花子と恩返し
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貸すのは体

 彼女の言い方には、少しばかりカチンと来ました。

 私だってネットサーフィンを好きでやってるんじゃないんです。関心の無い事は知らないし、調べもしませんよ。なんでも知ってる風に口を利くのはやめて下さい。

 それに外に出てみたいと言う好奇心を抑えるには、ネットワークの海に飛び込むしかなかったんです。初めから外に出られる姿であれば、あんな事は絶対にしてません。


 ただ、私の表情はまたしても表に出てしまったらしいです。天狐さんは少し言い過ぎたと言わんばかりに焦りを見せてきました。


「そ、そう怒るなツクモノ。映画館とはな、映画と言う……言わば物語の映像を大画面で観る施設の事じゃよ」

「師匠、説明下手ですね」

「うるさい!」


 そろそろ感情をすぐに表に出す癖、直した方がいいですよね。いつもこんな調子じゃいつまで経っても私は周りに気を使わせてばかりですし、私自身も精神的に成長しませんよ。本当に私って子供だなぁ。


 その話は置いておくとして、映画館と言うものについては大方把握出来ました。つまり映画館とは、テレビよりも大きな画面で映画を上映する施設の事なんですね。

 しかしそれを聞く限りでは、私の欠点とも言えるある要因が付きまとってくるのを、彼女は忘れてしまっているのではないでしょうか。


「でも私なんかが行けるような場所じゃ……」


 何度も言いますけど、私はとても公に姿を見せられるような存在ではないんです。元々人の姿をしている轆轤首さん、姿を自在に変化出来る天狐さんや加胡川さんと違って、私はこの市松人形の姿を変化させる事が出来ないんですからね。

 要するに私は、映画館に行くことが出来ないんです。


 が、


「お主は霊なのじゃろう? なら地狐に取り憑いて肉体を借りればよかろう」


 天狐さんはその盲点をついてきました。

 そうです。私だって今は市松人形に取り憑いているとは言え、一応は付喪神ではなく霊なんです。故に物に取り憑く事は勿論の事、他者に取り憑くのも出来ない事はありませんでした。

 同時にそれは人間の姿に変化出来る加胡川さんに取り憑く事で、私も外に出られると言う事も意味しています。こんな単純な事が思いつかなかったなんて、私は何の為に山城町へ行ってきたんですかね。


「なっ、僕の体をツクモノに貸すんですか!? 嫌ですよ!」


 しかしこれには、流石の加胡川さんも反論しました。そりゃそうです、ついこの間会ったばかりの妖怪に、自分の体なんて貸せるわけがありませんから。いくら私に大きな借りがあるからと言って、それぐらいは私にも理解出来ました。


「別に良いじゃろ。お主がツクモノ達にかけた迷惑はそれよりもずっと重い罪じゃぞ」


 しかし天狐さんはあたかも人事であるかのように、そっぽを向きながら呟きました。

 自分と直接関係が無いからと言って、加胡川さんへの対応が酷過ぎはしませんか? 本当に天狐さんは加胡川さんに師匠と呼ばれるに相応しいのか疑問に思ってきましたよ。


 確かに加胡川さんは私達に酷い事をしました。けれどそれはそれ、これはこれです。もはやそんな事水に流す……とは言いませんけど、昨日でそれは十分に返ってきたと思うんですが。

 なんで天狐さんは、ここまで加胡川さんへの当たりが強いのでしょう。


「そんな事言われても……」


 そう言うと加胡川さんは、下に視線を落として黙り込んでしまいました。もはやここまで来ると、加胡川さんが可哀想に見えてきますよ。

 これ以上の会話の先が既に見えかけていた私は、天狐さんに少しお説教のつもりで口を挟みました。


「ちょっと天狐さん、加胡川さんに対して少し言い過ぎやしませんか?」

「なっ、何を言っておるんじゃツクモノ。ワシはただ……」


 するとさっきまで威勢の良かった天狐は、急に先の言葉を発さずにモゴモゴとしてしまいました、これじゃあ彼女が何を伝えたかったのかわかりません。

 物を言うのなら頭の中ではなく、ちゃんと口を使って言って下さい。


「ただ、何ですか? 肝心なところが聞こえてませんよ」


 反論がはっきりと返ってこないと気が済まない私は、つい天狐さんに向かってかなり強い口調で問い掛けてしまいました。

 勿論口に出した瞬間、すぐに後悔しましたよ。私は特別偉くもないのに、そんな事を言える筋合いはあるのかってね。けど訂正するのも負けた気がして嫌でしたから、口から出た言葉はえてそのままにしておきました。


 それから少し時間が経ちました。

 天狐さんのお茶碗に残った僅かな米の塊は、さっきまで保っていた熱を出し切ったのからか、若干光沢が鈍くなったような気がします。なので少しの時間だと思っていた静寂な時は、私の思っていた以上に進んでいた事がわかりました。


 このまま答えが出ないままだと気不味いなぁ……。

 やっぱり訂正した方が良かったかなぁ……。

 そんな事を考えていると、ようやく天狐さんは顔を上げて呟きました。


「ワシはただ、ツクモノの為を思って……」


 一瞬彼女は何を言ったのかわかりませんでした。

 が、その言葉の意味を理解した時、張り詰めていた空気の中で思わず吹き出しちゃいました。それも加胡川さんが、私のネットサーフィンをすると言う発言を笑った時ぐらいの大きな声で。


「プッ……プハハッ! 天狐さん、それは反則です!」


 何せお年が結構経たれているその姿で、そんな事を言われるとは思ってもみませんでしたからね。

 私がおかしいのかと思って加胡川さんの顔を見てみましたが、やっぱり彼も顔には少し笑みを浮かべていました。どうやらここは笑うところで合ってたみたいです。


 これまでの天狐さんの発言の数々は、自分の弟子である加胡川の罪滅ぼしのつもりとばかり考えていました。ですが彼女の純粋過ぎる発言に、そのような考えがほとんど無かった事のが伺えました。

 まさか友達である私の気を少しでも魅く為に背伸びをしていたとは……。やはり弟子が弟子だけに師匠も師匠ですよ。天狐さん、あなたも十分にかまってちゃんです。


「なんじゃツクモノ、何も笑う事はないだろうて……」


 オドオドした様子の天狐さんも、中々に可愛らしく見えます。お婆ちゃんなのに可愛らしく見えるってのは、側から聞けば変な事に聞こえるかも知れませんけどね。


「いやぁ天狐さんの反応が面白い過ぎて、ね」

「あ……はは」


 今言った「ね」は加胡川さんに向けて言ったのですが、流石に彼もそこまでの反応はしませんでした。

 おそらく師匠が馬鹿にされているのに同じく笑うのは、弟子としても気が引けたのでしょう。私もその辺は配慮に欠けていたところがあります。反省反省。


「はぁ……わかりましたよ、僕の体をツクモノに貸せばいいんでしょ」


 空気が和んだところで、加胡川さんは大きな溜息を吐いて言いました。

 ついに彼は折れたんです。それは同時に、天狐さんの彼に対する影響力がとても強い事を意味していました。まぁそれも今更な事なんですが。


「いいんですか、加胡川さん?」

「うん。どうせ僕に師匠のお願いは断れないからね」


 しかしずっと、私はそれを不思議に思ってました。加胡川さんは天狐さんをあたかも自分の主人みたいに、ひたすら忠義を尽くしている気がしますからね。

 この際その理由を聞いてみよう。そう考えた私は、思い切って加胡川さんに訊ねてみました。


「天狐さんって加胡川さんの、何ですか?」

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