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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第三章 お初と付喪神
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死は平等に

「妖怪は基本的に寿命で死ぬ事はない。けど外部的要因は別だ。大怪我とかすりゃあ最悪の場合死ぬ」


 食後のお茶を啜ると、轆轤首さんは割と真剣な顔をして私の方を向きました。何だか最近、彼女の緩んだ表情を見ていない気がします。

 しかし外傷を負えば死ぬ事もあるとは、やはり妖怪と言えども万能な存在じゃないんですね。


「人間の生活環境と言うのは、当然時代と共に変化しているわ。だからその波について行けなくなって、自ずと死を選ぶ妖怪ってのも少なくないの」


 ふと、あの時のお爺さんが言っていた事を思い出しました。


『今の時代は、妖怪にとって暮らし辛い環境だって事さ』


 前まで彼の言葉は、遠回しに私の事を哀れんでいたのかと思っていました。でも今となっては、その言葉の意味もわかるような気がします。


「妖怪が……自殺する時代」


 そもそも妖怪が人間達の記憶、もとい文化から消え去ろうとしている現代。人を驚かしたり助けたりする事を生き甲斐としていた妖怪は、根本的に否定されているように見えます。

 故に生き甲斐を失ってしまった妖怪達は、自ずと永劫(えいごう)とも言える命を捨てる。まぁ妖怪としてもひよっこである私には、自殺なんて到底理解し難い事ですけどね。


「だからもし時間があれば、帰るついでにでも手を合わせてあげてほしいの。場所はここからちょっと離れた、古びた木杭ぼっくいのある崖のすぐ下にあるから」


……ん?


「ちょ、ちょっと待って下さい」

「どうしたの、ツクモノちゃん?」

「お初さん、今古びた木杭のある崖って言いませんでしたか」


 何故私がその言葉に強い反応を示したのか。それは彼女の今言った場所が、昨日のあの場所に似ていたからです。


「そうよ、その下に弔いの祠があるのよ」

「古びた木杭……ねぇ」


 大方、轆轤首さんの方も察しはついていたみたいでした。

 そう。お初さんが今言っているのはあの、加胡川さんが私達を突き落とそうとした崖の事だったんです。下に祠があると言う点においても、多分間違い無いでしょう。仮にもしそうだとすれば加胡川さん、物凄く不謹慎な事しましたね。


「ま、まぁ気が向いたら地狐の奴にでも連れていくよう言ってみるぜ」

「そ、そうですね。アハハ……」


 それは皮肉でものを言ってるんでしょうか。轆轤首もしれっと、とんでもない事言いますよね。ここにもし加胡川さんが居たら、一体どんな反応をした事か。


「まぁそんなご時世だからね。私も少しはみんなの役に立ちたくって、この心紡ぎの宿を営業してるの」

「実際、ここの利用者は満室になるぐらい居るわけだしな。かなり需要もあるって事じゃん。しっかしお前もよく思い付いたな、これならぼろ儲けじゃねぇか」


 妖怪村と謳われているこの街も、多かれ少なかれ世間の影響を受けている。だからお初さんはこうして、妖怪達が安心して暮らせるような場所を作ったんですね。もうこれ以上、妖怪達に自ら死を選んで欲しくないから。

 と言うか轆轤首さん! こんないい話をしてるってのに、お金の話なんて持ち出さないで下さい。


「この宿は私の考えに賛同してくれた、ぬらりひょんさんが建ててくださったの。だから私もその意見を尊重して、食費以外はいただいていないのよ」

「食費以外は……って女将、マジで言ってんのかよ!?」

「もしかして轆轤首さん、天狐さんからは聞いてなかった?」


 ここでまさかの宿泊費がタダ発言とは……。今日この翌朝だけで、私は何度驚かなければいけないんでしょうか。その話も女将であるお初さんの口から直接聞かされるまで、全く知りませんでしたよ。


「聞いてねぇよ……なぁツクモノ?」

「はい、全くです」


 これじゃあ宿泊費はどれぐらいなのかなんて話を、寝る前にしてた私達が馬鹿みたいじゃないですか。

 勿論、説明も無しに私達をここへと連れて来た天狐さんも天狐さんです。後でしっかりお話してやる!


 にしてもさっきからお初さんの会話に出てくるぬらりひょんって方は、一体どんな方なんでしょうか。

 ただ彼もまた、妖怪の存続を願う者の一人である事は確かでしょうね。何せ妖怪村と呼ばれるここだけでも、随分と尽くされているみたいですし。


「ついでに言うともう、二人分の食費も天狐さんからいただいてるからね。後でちゃんと、お礼は言っといた方がいいわよ」


 話を戻しますが確か私達の食事も、本来なら天狐さん達の分だったんでしたっけ。そう考えると彼女の言う通り、二人にはお礼を言っておかなければなりませんね。勿論加胡川さんに対しても、不本意ではありますが一応です。

 でもやっぱり、天狐さんには悪い事しちゃったなぁ。そんな罪悪感を抱きながらも、私は湯飲みに注いであったお茶に口をつけました。


「でもよぉ、それじゃあ女将はこの宿を経営してて儲かるのかよ」


 当然話を聞いてくれば、それも自ずと浮かんでくる疑問です。お金に少しうるさい轆轤首さんからすれば、尚更のことでしょう。


「確かに宿の修繕費とかを考えれば、実際損してるわね」

「よくやるなぁ。アタシだったら絶対にそんな事やんねぇよ」


 ですがこの地域の妖怪を助ける為、彼女はお金や身を犠牲にしてまで頑張っているんですね。

 人助けが趣味と言えば少し言い方も悪いのかも知れませんが、そうでも言わなきゃ彼女の素晴らしさは言い表せません。エンコさんと言い、山城町には人が良い妖怪が多過ぎます。


「けれど私も完璧な善人ってわけじゃないわよ。昔は私も悪さばっかりしてたし」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。自慢じゃないけど、当時は色んな人に迷惑を掛けてたわ」


 お初さんでも、と言うかどんな方にもそんな一面はあるんですかね。妖怪ってのは基本的に、人間との関わりがすごく大事な存在です。だから例えどのような形であっても、関わりは持っていたかったんだと思います。


「だけどある時、私は足を滑らせて川に落ちた事があってね。溺れていたところを一人の人間が助けてくれたの。それ以来私は、赤の他人でも手助け出来るような妖怪になろうって決心したわ」


 彼女の心に決める決意の固さは、とてもじゃないけど真似出来そうにありません。だってお初さんの決意の固さが筋金入りである事は明確なんですもの。だからこそ彼女は、こうして心紡ぎの宿を営んでいるんですね。

 従業員こそ何人か雇っていらっしゃいますけど、彼らもまた彼女の考えに同調した、そんな方達なんでしょうね。類は友を呼ぶと言いますが、正しくその通りです。


「そして現在に至る、と。一応この宿の名前も、助け合う意味を込めて心紡ぎの宿にしたのよ」


 この宿の名前の由来を聞かされた時、私は背筋がぞくっとしました。

 妖怪達との繋がりを糸として紡いでいく。それはここの女将であるお初さんにしか出来ない事、なんですかね。だからこうして心紡ぎの宿は、他の妖怪達の賑わいが絶えない素晴らしい場所として存在しているんだと思います。

 なんて素敵な場所に寝泊まり出来たのだろう。私はそんな気持ちで、胸がいっぱいになりました。


「お初さん、短い間でしたがありがとうございました。ここに泊まった事、私一生忘れません」

「ありがとうねツクモノちゃん、そう言ってもらえるとこっちも励みになるわ」


 そう言うとお初さんさんは座敷の縁で一礼して、部屋を後にしていきました。何処までも謙虚で礼儀正しい方です。こう言ったところでも、彼女の慕われる所以(ゆえん)が垣間見えますよ。


「優しくて親しみやすい人でしたね」

「だな」


 ここに来てエンコさんやお初さん、加えて話に出てきたぬらりひょんさん達がいるからこそ、今の妖怪の世が築かれているんだと実感しました。

 妖怪も少しずつではあるけど、日々人間達の暮らしにも適応していっている。進化するのは人間だけじゃない、そう言う事なんですね。


「さぁ轆轤首さん、今日は何処行きましょうか」


 今日と言う一日は、まだ始まったばかりです。

 それに昨日は行き方がわからなくて行けなかった場所も、今なら加胡川さん達に聞く事ができます。時間なんてものは、なるようになればいいですし。


「全く、明日はアタシも仕事なんだから程々にしてくれよ……」


 気怠そうな返事をする轆轤首さん。ですがちゃんと付き合ってもらいますからね。今度は私が、轆轤首さんをエスコートする番ですから!


 私はここでの体験を少し振り返り、心の中で呟きました。

 ありがとう、山城町。

 ありがとう、心紡ぎの宿。

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