どうやら私、動くみたいです

第三章 お初と付喪神

彼女の追憶

「プッ……」

　が、その言葉に轆轤首さんは鼻で笑って反応を示しました。

　ようやく反応を見せたと思ってみたら、事もあろうか鼻で笑うなんて……。さっきの話の何処で笑う場面があったのか、私には全く理解出来ません。

　そんな中、とうとう轆轤首さんが口を開きました。

「実はな、アタシも昔、人間だったんだ」

　私は言葉を失いました。

　突然の彼女の告白。それは私を勇気付ける為のフェイクなのか、はたまた本当に彼女が人間であったのか。加胡川さんの一件で少し疑り深くなっていた私は、轆轤首さんに話の続きを求めていました。当然真実を知る為です。

「ど、どう言う事なんですか！？」

　そして同時に、私は思い知る事となります。自分がいかに、生温い問題で頭を抱えていたのかを。

「ちょぉっと首が長いからってさ。住んでた村の奴らから化け物扱いされてよ。ただでさえ貧しい村だってのに、食料の配給を絶たれちまったんただ。そんでもってアタシは、餓死した」

　轆轤首さんの言葉一つ一つには、彼女がこれまでに受けてきた仕打ちの生々しさが、気持ちの悪いぐらいに伝わってきました。

　村絡みでの差別、人間だったが故の食料不足による餓死ーー。聞いている限りでは、これらの話に偽りは一切感じられません。まさに、ありのままを話しているようでした。

「そ……そんな事が」

「あったんだよ、大昔にはな」

　私の抱いていた苦悩が、彼女からすれば足元にも及ばないちっぽけな事だと痛感しました。だからあの時、彼女は嘲笑したんです。その程度の事で、人間を嫌いになろうとしたのかと。

　耳を塞ぎたくなるような轆轤首さんの話は、私の事情なんて知ったこっちゃなしに進んでいきました。

「アタシは成仏出来ずに地縛霊になった。そりゃあ村の奴らにあんな事されちゃあ仕方ねぇよな。だからアタシは村の……いいや、人間そのものを恨んだ。そして、アタシをこんな目に遭わせたこの世界を恨んだ」

「世界を……ですか」

　私にはわからない、わかりたくもない真理へと、その時の彼女は辿り着いたんだと思います。

　自分と関わりのあった人間。そして関わりの無い人間がまとめて嫌いになる。言っている事はまさに、さっき私が轆轤首さんに言った事となんら変わりはありません。ですがそれを正当化させる理由が、彼女の発言にはありました。

「で、でも！ なんで今じゃ轆轤首さんは人間との共存なんかを……」

　一切の救いも無い話に耐え切れなくなった私は、とうとう轆轤首さんに結論を迫りました。

　確かに聞いている限りではこの話には救いが無いように思えます。でも今の轆轤首さんは人間が嫌い、と言うよりかは寧ろ好んでいるんですから。だからこそ私は、本当に彼女が言いたい事を急かしたんです。これ以上彼女の暗い過去を聞きたく無い、そんな願望を抱いて。

「ちぇ、ここからが面白くなるのに」

　すると少し不貞腐れた表情で、轆轤首さんが呟きました。

　どれだけその先を言いたかったんですか……。もう、あなたの暗い過去なんて沢山ですよ。その話の続きは、私の心がもっと強くなってからにしてください。

「ある時、地縛霊のアタシに変わったやつが話し掛けてきた」

　彼女は「変わったやつ」を、人間とは言いませんでした。ひょっとしてそれは、その方が人間ではない事を薄っすら示していたのかも知れません。

　未練があり、一定の場所に留まり続ける地縛霊。そんな彼らに気安く話し掛けられるなんて、それこそ妖怪以外では考えられませんし。

「そいつはアタシにこう言った。妖怪になって第二の人生を歩んでみないか、ってな」

　人間としての前世を持ちながらも、妖怪へと転生する。それは人間と言うある程度安定した形状から、大きくかけ離れた異形とも言える妖(あやかし)へと変化するって事ですよね。

　しかもその方の話を聞く限りでは、一体どんな妖怪なるのかもさっぱりわからないときている。故に妖怪への転生には、彼女も不安を抱いた事でしょう。何せ私と違って、自分の意思で妖怪になる事を問い掛けられたわけですし。

　だからこそ当時の轆轤首さんは、相当な覚悟をした上での同意をしたんだと思います。だって現に、今の轆轤首さんは立派な妖怪になってますからね。

　それにしたって妖怪なのに第二の人生ってのは、ちょっとばかり違和感のある言い方ですね。

「ちょっと迷いはしたが、アタシはその話に合意した。理由は簡単だ。何故ならアタシを殺した人間達への、復讐が出来るからな」

　まさか復讐なんて言葉が彼女の口から出るとは……。これまでの生活からでは想像もつきませんよ。

　それ程までに彼女が抱いた恨みは底知れぬものだった。だから自身が妖怪になってまで、その恨みを晴らしたかったんだと思います。そんなの、私があんな事で悩んでたのが馬鹿みたいじゃないですか。

「そんでもってアタシは妖怪として転生した。だがその時、やつは大量の金を渡してきてこうも言ってきた。これで『人間の街に行ってみなさい』ってな」

「人間の街に？」

　すると突然、私達を包む雰囲気が変わりました。それも重苦しかったものが一気に軽やかになった、そんな爽快感すら感じられます。そうか、ここに彼女への救いがあったのか！

　轆轤首さんを妖怪へと転生させた方が、何故彼女に街へ行く事を勧めたのか。私にはその理由が、なんとなくですがわかるような気がします。

　おそらく小さな世界でしか暮らしていなかった彼女に、その方は見せたかったんじゃないでしょうか。人間達が生み出した文化が行き交う場所、町と言う集大成を。

「アタシを蘇らせてくれたからよぉ、アタシも仕方なくやつの言う通りにしてみたんだ。そこでアタシはあるものに出逢った」

　そして次の彼女の発言は、私の中で固まりつつあった答えを確信へと昇華させました。

「化粧や着物、貧乏だったが故に触れられなかった人間達の、文化ってやつの素晴らしさにな。あんなの反則だぜ。おかげでアタシの恨みなんか、すぐに感動へと変わっちまったよ」

　大方話の流れは予想していましたが、いざ轆轤首の口から言われるとすごく安心しますね。あたかも毎週観ていたテレビドラマが、心地の良い結末を迎えたような清々しさすら感じます。

　だって考えてもみてください。世界からすれば、ほんの小さな範囲で人間を恨んでいた轆轤首さん。そんな彼女がふとしたきっかけで、人間との共存を望むまでになるんですよ。これ以上のハッピーエンドがありますか？

　更に轆轤首さんは空の方を指差して言います。

「今私達から見えている無数の星は、全てある内のほんの一部だ。全部見えてるわけじゃない」

　言われるがままに見上げてみると、それはもう綺麗な夜空が広がっていました。

　私達の住んでいる雛形区は、都会と言う事もあってかあまり夜空に星は見えません。けれどここではその星の光を邪魔する、街の灯りが無い。故に淡い光を放つ天の川さえ、その薄いグラデーションがはっきり見る事が出来ました。

「そうなんですか？」

　それに目視出来る限りでも、相当な数の星が見えています。

　ですが轆轤首さんは、あれら全てがまだ一部だとおっしゃっているんです。それはお婆ちゃんの家の中しか知らなかった私には、とても信じられない事でした。