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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第三章 お初と付喪神
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そして付喪神と

彼奴(あやつ)も中々良い性格をしておるじゃろう」


 妙に安心感のある声が聞こえて振り向くと、そこには私を部屋へと呼び寄せた張本人が、そのほうれい線を一層深くして笑っていました。


「て、て、天狐さん!? いつからそこに居たんですか!?」


 いつの間に天狐さんは背後に居たんでしょうか。もしかすると私がエンコさんの背中を眺めていた時にはもう、彼女は後ろに回っていたのかも知れません。


「ついさっきじゃよ。それにお前達のやり取りはワシのセンリガンで一通り見ておったわい」


 本当ですかぁ? と言うかそもそもセンリガンが何なのか知りませんけど、私の事ずっと見てたんなら迎えに来てくれても良かったんじゃないですか。確かに廊下で運んでもらうのは甘えかも知れないですけど、せめて階段の所ぐらいで待機してて欲しかったです。

 やはり腐っても妖狐。幾ら彼女が清き天狐と言えど、人を茶化す事が好きな方なんでしょうね。


「まぁそんな顔をするな。それにもう、中には先客がおるからの。はよう入れ」


 私を監視していた事を有耶無耶(うやむや)にした天狐さんは、何食わぬ顔で【一一二】の扉を開けました。


 *


「コイツが天狐さんが言ってた市松人形か?」


 部屋に入ると真っ先に、彼は私の姿を見るや言いました。部屋に先客が居るとは聞かされていたんですが、まさか先客が「物」だったとは驚きです。


「うむ。名をツクモノと言う」


 しかし天狐さんはその「物」に対して平然と、あたかもそれが常識であるかのように返答をしました。その異様な光景ときたらもう、何と言うか、道具に話し掛けているお婆さんそのものでした。


「こ、こんばんはぁ……」


 天狐さんがせっかく私の紹介をしてくれたので、取り敢えず挨拶をしてみました。

 が、彼はそれを無視。挨拶が返ってこないのはやはり悲しいですね。寧ろ「物」に対して返事を求めるのも、おかしな話かも知れないですけど。


 彼の姿は簡単に言うと鎌です。刃の部分に目のようなものこそ見えますが、それ以外は何ら普通の鎌と変わりありませんでした。

 故にどうやって移動しているのか、どうやって喋っているのかは全くもって不明です。ただ一つだけ、私にもわかる事があります。それは彼が、間違いなく本物の付喪神であると言う事でした。


此奴(こやつ)がお前を付喪神か霊なのかを判別する者、付喪神の野鎌(のがま)じゃ。勿論正真正銘の付喪神じゃよ」


 大方察しがついていた私に、天狐さんはわざわざ解説を挟んでくれました。

 私達の目の前にある鎌こそが、天狐さんの言っていた私の正体を判別出来る方……。いきなり事が運んでいったので、今の私は正直戸惑っています。


 何せ天狐さんは私だけを部屋に呼んだものかと思ってましたから。てっきり、お友達らしい話をするのかとばかり思ってましたし。そんな大切な話をするのなら、最初から轆轤首さんも呼んだ方が良かったですね。


「確かに付喪神ってのは世間的にも、道具に自我が芽生えた妖怪の事を指すぜ」


 急に野鎌さんは、そのギョロリとした目を私に向けて言いました。

 他人を馬鹿にしたような話し方には苛立ちを隠せません。ですがやはり、付喪神は道具に自我が芽生えた妖怪の事を言うんですね。となるともし、私が道具に取り憑いた霊だったなら……。一体何と呼ばれるのでしょうか。


 すると天狐さんは、まるで私の心の中を覗き込んだかのように、私が抱いていた素朴な疑問を野鎌さんにぶつけてくれました。


「であれば野鎌よ。道具に取り憑いた霊は、お主らからすれば何と言うのじゃ」


 その質問に対して、体を曲げて考え込む仕草を見せる野鎌さん。

 付喪神の体って総じて思うんですが、一体絶対どう言った原理で動いているんですかね。一応私も体は動かせますが、彼を見て改めて妖怪の不思議さを実感したような気もします。


「うーん。どうしても名前を付けたいってなら、普通に付喪神でもいいんじゃねぇか」


 なるほど。それを付喪神である野鎌さんが言うと、何故か説得力もありますね。おそらく彼らからすれば自我が自然発生した道具も、霊が取り憑いた道具も、全部まとめて付喪神としているのかも知れません。

 だとすれば本当に野鎌さんは、私の正体を判別する事が出来るのかな。だんだん私の中で拭いきれない不安が、暗雲が立ち込めるが如く湧き上がってきました。


「んじゃあ天狐さん。後はコイツを自我が発生した付喪神か、はたまた市松人形に霊が取り憑いた付喪神なのかってのを、判別すりゃあいいんだな」

「うむ、そう言う事じゃ」

「はぁ……しゃあねぇやるか」


 溜息を()きながら悪態を吐く様は、何度見ていて気分の悪いものです。それ故彼の今の心情は、その雰囲気からでも察する事は容易でした。ちょっとは感心、持って欲しいかな。


 すっかり二人の話を聞いてるだけの、ただ傍観者に成り下がった私。すると突然、野鎌さんはこちらを向いて話し掛けてきました。


「ツクモノだっけか」

「は、はい!?」

「お前俺に対して怯えでもしてんのかよ。マジ意味わかんね」


 うわぁ、なんてトゲのある言葉だろう……。

 口調的には轆轤首さんに似てるんですが、彼女と違って野鎌さんの言葉って鋭いんですよね。それも鎌の付喪神だからなんでしょうけど、とにかくこの人は苦手です。


「まぁいいや。単刀直入に言うけどよぉ……」


 え、いいんですか!? 私の中での印象なんてどうでもいいんですか!? 口から漏れ出そうになった心の声をグッと抑え込み、私に対してご機嫌を(いと)わない彼の態度に絶句しました。

 どうやら彼にとっては私なんか、気に留めるレベルでもないみたいです。なんだかそれはそれで、悲しくなってきちゃいますね。


 ですが次の彼の言葉は、そんなチンケなショックでは到底事足りない程ものでした。


「……お前は明らかに後者、市松人形に取り憑いた人間の霊だぜ」

「えっ……」


 勿論私は、彼に疑いを持ちました。そりゃあいきなり過ぎたのもありますが、やはり彼がデタラメを言っている可能性も否定出来ませんからね。

 何せ彼は他人に対しての、正確に言えば私に対しての興味が無いわけですから、適当にやり過ごしたって問題無いですし。


「なんで、なんであなたにはそんな事がわかるんですか!?」

「簡単な話さ。人間が人種を見分けるように、俺らも目を凝らしゃすぐわかる」


 しかし返された返事は、あたかも核心を突いているようなものでした。これにはもう、私もぐうの一つも出ません。まさに完全敗北と言っていいでしょう。


「人間の……霊」


 私は、自然に自我が芽生えた付喪神じゃなかったんだ……。何故かはわかりませんが、私は彼の話を聞いて落ち込みました。

 でもその理由は、自分でも薄々気付いているんです。多分私は自分が人間であった事に対する、劣等感を感じていたんだと思います。


 私を捨てた、お婆ちゃんの子供さん達と同じ人間ーー。確かにお婆ちゃんみたいな優しい人だって、この世には沢山いる事ぐらいわかってます。けれどそれ以上にあの人達の存在は、私の中の人間に対するイメージを汚していました。


 それに彼の話が本当であれば、色々と辻褄が合ってくる事もあるんです。私の語彙力、そして読み書きが出来る事は、まさにその事に対する回答だったんですから。

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