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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第三章 お初と付喪神
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他人を助ける心

 でも見ず知らずの人に私を運ぶなんて事、本当にさせちゃっていいのでしょうか。大した礼も出来ない上に申し訳ない気もしてきましたので、再度私は訊ねました。


「本当にいいんですか」

「おうさ。人助けはオラの趣味なんでな」


 が、真偽を問い質してもエンコさんは意思を変えません。どうやら私を上まで運んでくれるって話は本当みたいです。

 それにしても人助けが趣味だなんて、余計にこの方が人畜の尻子玉を抜き取る妖怪とは思えなくなりました。それも、もしかして人間は彼を他の妖怪と間違えちゃってるんじゃないかって思うくらいです。

 やっぱり妖怪は轆轤首さん然り、見かけによらない方が多いんですかね。


「ありがとうございます!」


 足腰の限界なんてとうの昔に来ていましたから、もう嬉しさのあまり元気過ぎる返事をしてしまいました。他人に運んでもらえる味を知ってしまったら、それに甘えてしまうのは必然と言える心理ですし。

 それはそうと身長差がある為に、彼を見上げてばかりいたので首の方が痛くなってきました。関節痛と言いますか、妖怪なのに痛いと言う感覚があるってのは不思議で堪りません。


 そんな私を察してくれたのか、エンコさんは首に手を添えていた私を抱き上げたかと思うと、そそくさ階段を登り始めました。いきなり私の体が離陸した時は何事かと思っちゃいましたよ。

 少し生臭い匂いがした事は黙っておきます。人の親切心ってのは無駄にしてはいけませんから。無論、彼は人ではなく妖怪ですけど。


 階段を登りきって右へと曲がった所には、俗に言う談話室と呼べる程の小さな空間がありました。道中を早歩きで進んでいたエンコさんでしたが、その空間を通り過ぎる直前でそれは起こったんです。


「やあエンコ、今日はお人形なんか持って何処行くんだい?」


 真っ黒でとぐろを巻いた大きな蛇が、エンコさんを嘲笑うかのような言い草で話し掛けてきました。そう、誰も居ないだろうなと勝手に錯覚していた空間には、ちゃんと他の寝泊まりしている客が座っていたのです。

 感じの悪い蛇の隣には、背丈の低いお爺さんが紅色のソファに腰掛けていました。ついでに言うとこのお爺さん、何処かで見た事がある気がしました。誰だっけなぁ。


 考えてもみれば、自分の部屋までに他の妖怪とは出会わなかったからって、宿に他の客が居ないと思う事自体間違いでした。第一轆轤首さんと私の部屋が分けられなかったのも、宿がほぼ満室であるからだとお初さんは言っていましたしね。

 私ったら何を考えているのやら、また馬鹿を晒しちゃってる気分です。


「コイツぁ立派な付喪神だ! その辺の人形と一緒にすんでねぇ」


 すると立ち止まって振り返るや否や、何故かエンコさんは怒りを露わにして二人へと怒鳴り返しました。

 下から見る彼の顔の怖さと言ったらもう、恐ろしさのあまり空いた口が塞がらなかったです。もし人間がこの顔を見て彼の生態を想像していたのなら、私も同じ考えてしまった事でしょう。


 ですが今のエンコさんの発言は、正直嬉しかったです。何せ私が不確かな存在であるにも関わらず、彼は私の事を「立派な付喪神」と言ってくれたんですから。

 まだ私は自分が何者なのかわかってない為、誰にも自分が付喪神であるとは言ってません。ですが改めて今のような事を言われると、まるで自分の存在を認められたような、そんな気がしました。


「ハッハ、何をムキになっておるんじゃエンコ。何もそこまで怒る事ないじゃろうて」


 そんな彼の怒りを物ともせず、背丈の低いお爺さんは更なる煽りを加えてきます。エンコさんのあの顔を見て尚馬鹿にしようとするなんて、お爺さんも中々に肝が座った方です。


「そりゃあエンコが市松人形抱いて歩いてる姿なんて見れば、誰でも笑っちまうに決まっているだろうさ」


 お爺さんに続ける形で、黒い大蛇も再び大きな声で笑い出しました。もうエンコさんがここに居る限り、彼らの煽りも止む事はないでしょう。


「はぁ」


 とうとうエンコさんは呆れて物も言えなくなってしまったのか、終わりの見えない彼らの馬鹿話を無視して足を進めました。目を瞑ったまま後ろを向いた時の彼の顔は、相当疲れているようにも見えました。

 大蛇達のエンコさんへの対応を見る限り初対面ではないようですが、やはり彼らの相手をするのは疲れるみたいです。


 無言が続く、気不味い空気が私達を包み込みました。


 言われてみれば確かに、河童が市松人形を抱いて歩く姿も奇妙なものです。それ故に私の中のエンコさんに対する罪悪感は、これまでにないぐらいのものでした。

 だって考えてみてください。もし私を抱いて歩いているのが小さな女の子であれば、あんな事誰も言いませんよね。いや……そもそも私が生まれた時代が遅過ぎた節もあるから、そんな事はないか。


「ごめんなさいエンコさん。私のせいで嫌な思いさせちゃって……」


 とうとう罪悪感に耐え切れなくなった私は、エンコさんに謝罪しました。


「気にすんでねぇ。アイツらいつもああだからよ」


 とは言いつつも、やはりエンコさんの声は疲れています。私の為に怒っていただいて、本当にありがとうございました。そして……ごめんなさい。


 未だ後ろの方から私達を指す笑い声が聞こえる中、ふと疑問に思った事をエンコさんに問い掛けてみました。

 山城町の妖怪の事は割と調べていたつもりでいたんですが、いざ自分の目で見るとなると、意外にわからないものなんですよ。


「あ、あのお二人ってどんな妖怪なんですか?」

児啼爺(こなきじじい)大蛇(だいじゃ)だ。児啼爺ぐらいならオメェも聞いた事があるんでねぇか?」

「えっ! 児啼爺って実在してたんですか!?」


 一瞬エンコさんの顔に、明らかなクエスチョンマークが浮かび上がりました。

 おそらく彼ら山城町の妖怪からすれば、児啼爺の存在なんてものは当たり前なんでしょう。ですが私は違います。だってインターネットで調べた限りでは、児啼爺の伝説は無いに等しいと書かれていたんですからね。


 児啼爺はオギャナキと間違えられて生まれた妖怪ーー。そう言った予備知識が、私に更なる混乱を引き起こしました。


 気が付くとエンコさんは、その場で立ち止まったまま何か考え事を始めました。おそらく私の質問が悪過ぎて、意図を理解出来なかったんだと思います。


「ああ、そう言う事か」


 ちゃんとした意味合いも、付け足しておいた方がいいのかな。そんな事を考えている内に、エンコさんは答えを導き出したようです。何たる理解の速さなんでしょう。


「人は妖怪の存在がどうこう言ってっけどな、妖怪ってのは案外元から居たりするもんなんだ」

「えっ、そうなんですか?」


 つまりは妖怪の存在は人間の私事に左右されないって事なのでしょうか。よくはわかりませんが浅いようで深い、そんな妖怪の片鱗を垣間見たような気がしました。


「着いたぞ、ここが天狐さんの部屋だ」


 ようやくとも言えましょうか。私達はやっとの思いで当初の目的地であった、天狐さんの部屋に到着しました。距離としてはあまり長くない距離でしたけど、やっぱりあのお二人がうるさかった事もあってか、かなり遠く感じていましたね。


「ありがとうございました。おかげさまで助かりました」

「気にすんなって。オラだってオメェの役に立てて嬉しいぞ」


 この方は発言からして聖人だな。私は彼の腕から降ろされる中、深く感銘しました。また轆轤首さんにも、しっかりとエンコさんの事話さないとなぁ。とても紳士的で、優しい方でしたってね。


「じゃあな、小さな付喪神」


 そう言って彼は来た道を走って戻っていきました。ペタペタペタ、少し湿った水掻きの音が聞こえなくなるまで、私は彼の背中を見ていました。

 ああやって自分の損得を考えず、ただ他人の力になれる妖怪を目指したいな。そんな事を思った私が、自分の何処かにいました。

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