表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第一章 ツクモノと轆轤首
2/47

その者は妖怪

 そんなダイレクトに言わなくてもいいじゃないですか……。既に捨てられた事を自覚しかけていた私に追い打ちをかけるが如く、その人は鼻で笑いながら言ってきました。


 しかしながら助けが来ないのもまた事実、その人が言っている事にはぐうの音も出ません。

……これ、笑う所ですよ。だって私は市松人形ですもの、喋れるわけないじゃないですか。


 その人は私の入ったガラスケースを持ち上げると、私の顔をじっと見て黙り込んでしまいました。

 何か私に付いてるの? そんな事を思い浮かべてその人の顔を私も見つめ返します。声で大体予想は出来ていましたが、この方は女性でした。


 シュッとした鼻に少し日に焼けた茶色い肌、顔付きは美人な日本人なのですが、髪の毛の色はなんと金色。こんな人ドラマでしか見た事ありません。如何いかにも不良って感じです。


「わりかし可愛い顔してんじゃん。このお人形ちゃんは」


 今朝から罵倒を浴びせられて自信を失いかけていた私の容姿を、彼女は褒めてくれました。何だかお婆ちゃんと話してるみたい。どうやら私は、この女性とお婆ちゃんを重ねてしまってるようです。


 出来る事ならお婆ちゃんが帰って来るまでの間、この人の家で暮らしたいなぁ。そう思えてしまうのも、私の心がよっぽど孤独から遠ざかりたかったからなんですかね。


「よしっ! 今日からお前はアタシが面倒を見てやるからな」


 あたかもこの人は、私の心を見透かしているみたいに言い放ちました。私の事を褒めてくれるだけじゃなく、家にまで置いておいてくれるなんて、この人は仏か何かでしょうか。

 この時私は心の底から安堵しました。自分はお婆ちゃんが帰って来るまでの期間、私を大切にしてくれそうな人の家に留まれる事に。


 そしてお婆ちゃんに願いました。お利口さんにしてるから早く帰ってきてね、と……。


 *


 この人の家はお婆ちゃんの家の真上である三階にありました。

 なんて言うかその、ケンエイジュウタクとか言うらしいのですが、私にはその辺の事はサッパリわかりません。要するに人の住む場所と言うのは様々なようですね。


 私の入ったケースを抱きながら、彼女は重い鉄の扉を開けて家の中へと入りました。そして私はこの時彼女が思っていた以上に綺麗好きである事を、光が灯った部屋を見て理解しました。


 しっかりと整頓された本棚には、彼女が大切にしているであろう図鑑の数々。それもお花や植物などのものだけではなく、よく見ると妖怪大百科なるものも沢山見受けられます。

 今時妖怪なんて、変わった趣味をお持ちの方ですね。


 テレビのすぐ前には小さな白い机が置いてあり、その真ん中にはテレビと空調設備のリモコンがキッチリと並べられていました。

 こんな今風な家に私なんかを飾って、本当に大丈夫なのでしょうか。お願いですからどうか、すぐには捨てないで下さいね。


「ぬああああ重いいいいッ!」


 そんな彼女も私のケースの重さに疲れたのか、とうとう私をその小さな机に勢いよく置いてしまいました。

 ガタッ、私がガラスケースの中で傾いてしまいました。思っていたよりも強い振動のせいで、髪の毛も大きく乱れてしまっているようです。

 でもその華奢な腕で、よくここまで運んできてくれました。お疲れ様です、お姉さん。


「ああっ!? ゴメンゴメン、すぐに直してやるからな」


 気の利いたセリフと共にお姉さんは、私の入ったガラスケースの蓋を開けて私の体勢を直そうとしてくれています……。ですがこの出来事こそ、私の運命を大きく変えるきっかけとなりました。


 お姉さんが私の体に触れた途端、私は彼女から得体の知れない何かが流れ込んで来るのを感じました。

 脈をうちながら、ドクンドクンと流れ出てくる謎のエネルギー。その膨大とも言える力が私の中に駆け巡ると、やがて私は、手と足や心全てが繋がったような感覚に襲われました。


「わあっ!?」


 一瞬、誰の声かわかりませんでした。

 初めこそお姉さんの声かなと思いましたが、この幼い感じの声は明らかにお姉さんのものではありません。それに部屋に誰かが居るにしても、こんな市松人形の傾きを直すだけで誰が驚くのでしょうか。

 実はこの声、なんと私の口から発せられたものだったんです。


「えっ……お前喋れんのか?」


 驚くのも無理はありません。何せ当の本人である私ですら、この現状を把握しきれていないんですから。今私に触れただけのお姉さんが、この未知を理解出来る筈がありませんでした。


「あ……私……声が出てるの……?」


 試しに意識して声を出してみると、ちゃんとハッキリ私の声が出ています。それもさっきと同様の、幼さを漂わせるあの声です。更に声を出せる事と同時に理解したのが、発声と一緒に口も動いていると言う事でした。

 つまりはそれらが何を意味しているかと言うとーー。どうやら私、動くみたいです。


「そう、みたいですね。アハハ……」


 お姉さんは口を大きく開いたまま私の顔を、またしてもジッと見つめていました。

 当然の反応ですよ! 私が逆の立場だとしたら絶対にこんな人形外へ放り出すでしょうからね。寧ろこれで感情を相手に伝えられる、なんて一瞬でも思ってしまった自分の方が恥ずかしいです。


 案の定お姉さんは、ガラスケースに入ったままの私をケースから取り出しました。そして終いには私の体を、高らかに天井へと掲げました。

 どうせ地面に叩きつけられるんだろうな、せっかく生(と言っていいのかもわかりませんが)を受けたのに。出る筈のない涙を、私は心の何処かで期待していました。


「うおおおおおおッ!!」


 するとお姉さん、何を思ったのか私を物凄い勢いで振り下ろしました。

 これがまた怖いのなんの。テレビで見た恐怖のジェットコースターってやつを、そのまま実感しているかのようでした。それでも尚、この人は私を遠くへ放り投げない。一体彼女は何を考えるんでしょうね。

 ううっ、目が回り過ぎで喉の奥から何かが込み上げてきそうです。


「やめて下さいやめて下さいやめて下さい!」


 私は必死に訴えかけました。これまでに体験した事の無い躍動感に、私の体は耐えきれなかったからです。

 動く事を確認した腕を、パタパタと振りながら命乞いをする。もはや側から見れば滑稽とも言えるその姿は、自分でも情けなく思えましたよ。


「あっ、悪りぃ悪りぃ」


 ようやく私の呼び掛けに応じてくれたのか、お姉さんは私を振り回す事を止めてくれました。

 助かった……。一時の休息に胸をホッと撫で下ろしていると、次に彼女がとんでもない事を言い放ちました。それは思わず、私も耳を疑ってしまうとんでもないものでした。


「久しぶりに妖怪に出会えて嬉しかったんだ」

「……へぇ?」

「実はアタシも……妖怪なんだよ」


 そう言うとお姉さんは、ニンマリとした表情を浮かべました。すると私を手に持ったまま彼女は、あろう事か自身の首を伸ばし始めたではありませんか。

 これには流石の私も、大声を上げて全身を震わせてしまいました。このお姉さんも、どうやら人間じゃなかったみたいです。


「ウギャァァァァァァァッ!!」


 再び手をパタパタとさせて、お姉さんの腕の中で私はもがきました。逃げなきゃ彼女に食べられてしまうかも知れない。その一心でした。

 しかし私の体格が小さかった事もあり、敢え無く敗北。そのまま机の上に、ちょこんと座らされてしまいました。


「あ、ああ、ああ……」

「何も驚くこたぁねぇだろ。お前も似たようなもんだぜ、動いて喋る市松人形とかさ」

「そ、そうですよね……ごめんなさい」


 何とか落ち着きを取り戻した私は、彼女の言葉に一つ一つ耳を傾けてみました。

 よくよく考えてみれば、彼女の言う通りなのかもしれません。人形の私が動いたんですから、人の首が伸びてもおかしくは、おかしくは、ありますよ、やっぱり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ