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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第二章 加胡川と天狐
18/47

友が欲しくば

 *


 道を進むにつれて、夕方にも関わらず物凄い量の霧が車を覆い始めました。そしてその周りの木々達もまた、道路から車が外れた途端に集まってきているような気もします。

 車から見える森の暗さを交えた白い霧は、木漏れ日に似た紅色の光とも合わさって、何やら怪しい雰囲気を感じさせていました。


「おい加胡川、本当にこの道で合ってんのか?」


 先程の例もあってか、かなり警戒をしている様子の轆轤首さん。声も機嫌悪そうに荒げて、霧しか見えない窓の景色を見る度、眉間に皺を寄せているのが見て取れました。

 まぁ疑うのも無理はないです。だって私自身も、まだ彼の事はしっかりと信用をしていませんから。


「失敬な。僕はちゃんと師匠の言う場所に向かっているよ」

「ならいいんだがな……」


 そう言うと轆轤首さんは、またしても外の景色を見て、不安げな表情を浮かべました。よっぽど加胡川さんを疑っているんだなぁってのが、彼女が言わずともヒシヒシと伝わってきますよ。

 やっぱり轆轤首さん、彼の師匠である天狐さんに対してもまだ、疑いの目を向けているのではないのでしょうか。さっきは何も考えなさそうとか思っちゃってごめんなさい。


「今向かっておる場所はワシらが宿として使っておる旅館じゃ。安心せい」


 するとさっきまで沈黙を守っていた天狐さんが、自分にかけられた疑いを解く為かようやく言葉を発しました。

 しかし車を走らせてから結構経っていたので、今更になって目的地の詳細を言うのもどうかとは思いました。もっとも、話してくれないまま目的地に到着するよりかは幾分(いくぶん)もマシですけど。


「その様子じゃとお主ら、自分達の宿も決めておらんのじゃろう? なら今日はその旅館に泊まるとよい」

「マジか! やったなツクモノ、これでアタシらの寝床確保だな」


 何言ってるんですかねこの人は。さっきまでの疑いの目が嘘であったかのように、轆轤首さんは手のひら返しを私に見せつけてきました。

 まさか観光地の絞り込みだけに飽き足らず、私達が泊まるはずの宿すらも決めていなかったなんて、やっぱり普通では考えられません。


 あ、でもこの人もやはり妖怪ですから、人間と同じ物差しで測る事は出来ませんね。とは言え轆轤首さんの常識度を仮に妖怪の物差しで測ったとしても、相当異常なのは拭えないのかも知れませんけど。

 もう轆轤首さん一人に旅行の計画は任せられないな……。私はその決意を深く胸に刻み込みました。


 それからと言うもの、何かが吹っ切れたかの如く車内は異様な程の盛り上がりを見せていました。それも三人の時とは大違いなくらいの、騒がしい感じの盛り上がりでした。

 多分天狐さんがかなりお歳をとられている事もあったので、話題が尽きないのも要因の一つと考えられますね。


 決してこの空気が悪いと言っているわけじゃないですよ。あくまでこれは理由として述べただけですから。それにこの雰囲気、私も嫌いじゃありません。


 加胡川さんの昔話で会話が弾む中、ふと天狐さんはポロっと口から(こぼ)すように驚くべき発言をしました。


「にしてもツクモノはええのう」

「えっ?」


 全く想定していなかった話題の転換先に呆気にとられて、思わず口をポカンと開けたまま、彼女の顔をガン見してしまいました。

 助手席(でしたっけ?)で何処か寂しそうな横顔をしていた天狐さんは、先程までの馬鹿話をしていた時のものとは、明らかに違っていたのが視認出来ます。


 何か私したっけなぁ。天狐さんともあろうお方が私なんかを羨ましがるなんて、ただ事ではない気はしました。

 そして一瞬でも「加胡川さんみたいに何かを企んでいるのでは」と思ってしまったのは、まだ私の心の中で彼女を信用しきれていない節があるからでしょうか。


「どうしたんですか、急に」

「いやぁの、時折お主は発言や行動に幼さを見せるじゃろ? それはおそらく、まだ妖怪として生まれ変わって日が浅い事が関係しておるからなのじゃ。そしてワシは、その心の幼さが望ましいと言っておるのじゃよ」

「心の幼さ……ですか?」


 それって単に私の事を子供っぽいって言っているだけじゃないですか。褒め言葉ではない感じがする発言に、つい私は顔を顰めてしまいました。

 しかし天狐さんの方はと言うと、未だに寂しそうな顔を変えようとはしていません。どうして心の幼さなんて物を欲しがるのかな、そう思っていた私に彼女は続けて語りかけてきました。


「ワシは千年程生きておる。じゃが生まれてこのかた、心の底から語り合える友はおらんのじゃ。なぁに簡単な話、妖怪としてもワシはかなり年寄りの部類じゃからのう。皆はワシとの距離を置きたがるんじゃ」

「距離……ですか」


 何となくですがわかってきました。何故天狐さんが私なんかを羨ましがるのかを、彼女は自分を敬ってほしいわけではありません、単に対等に話せる友達が欲しかっただけなんです。

 長年生きている故に対等な友人が居ない、だからこそせめて行動だけでも幼さを感じさせたいんだと思います。あたかも自分を、子供のように見せかける為に。自分が目上の存在である事を忘れさせるように。


 言っちゃあ悪いですが、例え彼女が心の幼さを手に入れたとて、何かが変わるとも思えませんでした。そもそも天狐さんは、「心の幼さ」と「未熟さ」を間違えているんです。

 彼女が真に求めているのはおそらく、私のぎこちない行動の数々を生み出している「未熟さ」なのでしょう。

 ですが未熟さもまた、己の成長する過程によって自然と消滅するもの。故にかなり歳を取られている天狐さんには、望んでも手に入らないものなんです。


「……ツクモノ、お前声漏れてんぞ」

「はい!?」


 まず初めに、轆轤首さんが日本語を喋っているのかを疑いました。だって聞き間違いでなければ、今私がさっきまで考えていた事が全て、私自身の口から漏れ出てしまっていたと言う事になりますからね。

 仮にもしそうであるのなら、私ってばとんでもない事を言ってしまいましたよ!


「ツクモノ……お主それは本心か?」


 助手席から後ろの席へと顔を覗かせる天狐さん。その表情は言わずもがな、静かな怒りを感じさせていました。

 本当なんだ、私が変な事を口にしたのって……。


 車を運転していた加胡川さんもこの状況には危機感を抱いたらしく、顔は見えずとも焦っている様子で口を開きます。


「おいツクモノ! 早く今の言葉を訂正しろ」


 彼も彼なりに、この場の空気を正そうと思っての事だったのでしょう。しかし加胡川さんのそんな気遣いすらも、天狐さんは軽々と跳ね除けました。

 鋭い視線を加胡川さんへと向ける天狐さん。それは二人の立場にどれ程の差があるのかを、瞬間で感じさせるものでした。


「少し黙れ、馬鹿狐」


 変な所が子供っぽいのは、天狐さんの悪い所なんだと思います。見た目に反して弟子に好き勝手振る舞う様子は、まさにワガママな子供そのものですし。

 せっかく声を掛けてくれた加胡川さんも、今の彼女の発言で黙り込んじゃいました。


「で、どうなのじゃ」


 険悪で重苦しいムードが車内を包み込みます。

 辛い……。もうこうなったら本当の事を言う他ありませんね。正直今彼女の思う通りの状況を作ってしまっては、これからも絶対天狐さんは友達が出来ずじまいになってしまいますから。

 であれば今、私の身がどうなろうとも、ここで一発説教をしてやらねば彼女の為になりません。


 腹を括った私は、罵倒のようにも聞こえる鋭い言葉を天狐さんへ向けました。


「はい……本心です。だって天狐さん、あなたは自分に友達が出来ない理由を歳のせいにしているんですもの」

「……ッ!」


 私が思っていた以上に本心と言う刃が鋭かったのか、天狐さんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を見せました。それは同時に、これまで彼女がそんな指摘をされていなかった事も意味していたんだと思います。

 更に私は湧き上がってくる言葉の勢いを発散するべく、天狐さんをはけ口にして全部ぶつけました。


「心の幼さがあるから友達が出来る? 寝ぼけた事言わないで下さい! あなたは何もわかっていません。心の幼さ……そんなものがあっても家に閉じ込められて生活していれば、友達なんて出来ないんですよ!」


 家では一人寂しくノートパソコンの画面とにらめっこしていた私。休日こそ轆轤首さんが居ましたけど、それも仕事の無い日だけ。彼女が居ない間は結局のところ、一人ぼっちだったんです。

 姿が姿だけに家の外にも出られず、ただ画面を見つめるだけの生活。そんなの、楽しいと思えるわけがありませんよ。


「貴方はまだ化けられる点で言えば有利なんですよ! だから……」


 せめて轆轤首さん以外にも誰か居てくれればよかったんですけどね。例えばあの時家に入ってきてくれたお爺さんのような人とか。まぁそんな事を考えても、とうに過ぎた事なので仕方がないですが。

 だけど天狐さんには、まだ十分友達を作る力は有るんです。何せ友達を作るのに年齢なんて、これっぽっちも関係は無いんですから。私とお婆ちゃん、二人の関係みたいにね。


「……そんなに友達が欲しいのなら、私と友達になって下さい!」


 つい出てきてしまったその発言が、全てを台無しにしたような気もしました。隣に居た轆轤首は突然吹き出し、前に居た加胡川さんも驚きのあまり座席で跳ね上がりました。

 そして肝心の天狐さんはと言うと、呆気に取られた表情をこちらに向けたまま、皺の寄った(まぶた)をパチクリとさせて言いました。


「本気で言っておるのか、お主」

「はい」


 目的地へと近付いてきたからか、次第に薄れていく深く白い謎の霧。そんな中を私達を乗せた車は、未だ静かに走っていました。

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