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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第二章 加胡川と天狐
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意外な真実

 持ち上げられる私の入ったリュックサック。もう私は、加胡川さんに崖の下へと放り投げられる事を覚悟しました。例え私も妖怪であるとわかっても、彼が崖から私を落とす気は削がれないでしょうからね。

 もしリュックサックのチャックが開いていなければ、加胡川さんに猫騙し的な事が出来たかも知れません。まぁそれで何が変わるかって言われたら、そこまでなんですけどね。


「市松人形……か?」


 私の顔を見て眉間に皺を寄せる加胡川さん。そりゃあそんな反応するのは目に見えていましたよ。だって一人の女性が市松人形を持ち運んでいるなんて、まずあり得ないですし。


「それに、動くのかコイツ」


 何だか動いてはいけない気がする。そう思いながらも私の体は、恐怖のあまりガクガクと小刻みに震えていました。無理もありません、こう言った心の底から恐怖心を抱いた事は、これまで私一度も無かったんですから。

 こんなの、ゴミ捨て場に一人でいた時よりも怖いです。


「なら君も……妖怪ってわけだ」


 細い目を少し見開いた加胡川さんは、私を見つめるや否や薄ら笑いを浮かべました。それもまた追い討ちを掛けるが如く、私の心に恐怖心と言う傷を増やしていきます。

 ですが次の彼の言葉の中には、少し喜ばしいものもありました。


「けど僕には関係無いね。例え君が妖怪であろうとなかろうと、君をこの崖から落とす事に変わりは無いんだから」

 

 普通の方であれば多分、私を見るだけで叫び声を上げるかと思います。けれど加胡川さんはそんな事を気にもせず、私を異質な存在として捉える事はありませんでした。

 それは彼が妖怪であるが故に、私みたいな妖怪を見慣れているからだと言えば片付いてしまうでしょう。しかし私から言わせてみれば、例えそうであったとしても嬉しかったんです。私を平等に見てくれている事が、私を化け物扱いしない事が。


「そうはさせるか!」


 突然の叫び声と共に、何者かが加胡川さんの顔面を殴りつけました。私の入ったリュックサックで両手が塞がっていた為に、その人のパンチをモロに食らってボウリングのピンの如く横へと倒れ込む加胡川さん。それはもうスカッとしましたね、ザマァ見ろです。

 一体誰だろう。すぐさま視線を彼の顔面に拳を叩き込んだ人に移すと、その正体はすぐにわかりました。


「やってやったぜ……」


 轆轤首さんです。それもさっきまで首と頭だけだった姿とは違う、胴体を有した轆轤首さんだったんです。

 にしてもいつの間にあの崖を登っていたんでしょうか、彼が殴られた拍子に地面に落ちた私は不思議に思いましたよ。ですが彼女の足や腕を見た途端に、その真実を知りました。


「どうだ! 全く、足場も見ずにロッククライミングなんざするもんじゃねぇな」


 傷だらけで血が流れている足や腕。おそらく首を綱代わりにしていたので、ずり落ちたり擦ったりしたのでしょう。彼女はこの一発を叩き込む為に死ぬ気でこの断崖絶壁を這い上がってきたのです。

 何はともあれ凄まじい執念、そして覚悟の強さですね。


 隣に加胡川さんがいるのにも関わらず轆轤首さんは、わざわざ私に目線を合わせて微笑みかけてくれました。轆轤首さん、ちょっと男前過ぎますよ。


「すまんな、遅れちまってよ」

「轆轤首さぁん! 私、もうダメかと思ってましたよぉ!」


 彼女の顔を間近で見た瞬間、どっと溜め込んでいた涙が一度に目から溢れ出てきました。実を言うとジリジリと緩んでいく轆轤首さんの首を見ていた時、彼女が助かる事を半分以上諦めていたんです。

 なのに彼女は、こうして私を守る為に這い上がってきました。もう、やっぱり私って助けられてばかりですね。


「まさかあの崖を這い上がってくるとは……。やっぱり君は面白いなぁ、轆轤首」


 ですが拳の威力は大した事無かったようで、加胡川さんは何事も無かったかのように立ち上がりました。

 と言う事は今、横に倒れたのも演技だったりするのかな。だとするとよっぽど彼は、人を騙す事が好きなんでしょうか。もはや呆れ過ぎて寧ろ、尊敬の念すら抱いちゃいますよ。


「うるせぇ。今からきっちりとさっきまでのお礼をしてやるから覚悟しとけよ」


 轆轤首さんも轆轤首さんです、その華奢な体で何言ってるんですか。相手は妖狐以前に男性だと言うのに、喧嘩を売るなんて負けに行くに等しいですよ。

 とは言え私達が受けた恐怖心もそれ以上に強いですから、私も止める気は毛頭ありませんけどね。


「コラ! 何をやっとる馬鹿狐(ばかぎつね)!」


 しかしここで事態は思わぬ展開を迎える事となりました。

 またしても聞き覚えの無い声が聴こえてきたと思ったら、なんと森の方から見覚えの無い初老のお婆さんが現れたのです。その姿は初老にしては髪の毛の色が真っ白で、その白さは妙に艶を帯びて美しさを感じさせていました。


「あ、ああ……」


 知らないお婆さんの姿を二人でポカンと眺めていると、突如として加胡川さんの表情が急変し始めました。

 先程まで浮かべていた薄ら笑いなどすぐに消え失せ、加胡川さんの額にも冷や汗が流れ落ちています。彼は一体どうしちゃったんでしょう。


「し、師匠ッ!」


 初めは現地の方かとも思いましたが、どうやら加胡川さんの様子を見るに違うみたいです。それにこのお婆さんの事を師匠って言っちゃってる時点で、ただ者ではない事が伺えます。このお婆さんは、一体何者なんでしょうか。

 すると轆轤首さん、私と同じ疑問を抱いたようで気が付くと彼女に質問を投げ掛けていました。


「お前、一体何もんだ?」

「ワシはテンコ、こう見えても妖狐の最高位じゃよ」


 *


 私を含めた三人に囲まれて、しょげた様子の加胡川さんは下を向いたままでへたり込んでいました。


「誠に申し訳御座いませんでした」


 声のトーンもまるで謝罪ムードを漂わせてきます。

 本当にこの人は落ち込んでいるんだなぁ。ですが加胡川さんがやった事は許される行為でもありませんので、私からすれば情けをかける気なんてさらさら無いですけどね。悪もいつかは必ず裁かれる、それも当然の報いですから。


此奴(こやつ)はいつも私の目を盗んでは、いつもこうやって人間にイタズラをするんじゃよ。じゃが今回は相手が悪かったみたいじゃのう」


 そう言って腕を組みながら加胡川さんの方を睨みつけるテンコさん。彼女と目が会う度に加胡川も目を泳がせては、目のやり場を失って視線を下に戻していました。


 それにしてもテンコさんは綺麗な方です。歳を重ねられた見た目をしているにも関わらず、謎の色気らしきものが漂っていますし。

 私の中の話題はだんだんと加胡川さんの罪を追求する事からズレて、テンコさんの美しさを堪能する事になってきていました。正直な話、加胡川さんなんて顔も見たくありません。早く何処かへ行って欲しいぐらいです。


 腕の痛みを我慢する表情をしながらも、轆轤首さんは肩を上げて首を傾げました。


「全くだぜ。だがもしおんなじ事を人間にやってたならよ、とんでもない事になってだろ」


 その通りです。今回は私達が標的だったから良かったものの、もし加胡川さんの暇潰しに人間が付き合わされていたのなら、きっと恐ろしい事になっていました。


「まあの。じゃが、此奴はこれまでに人を殺めた事は無いんじゃよ」

「えっ……マジでそれ言ってんのかお前」

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