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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第二章 加胡川と天狐
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時に信頼は

「おや、リュックは後ろに置かないんですね。そのままの状態でシートベルトはし辛いでしょうに」

「ああ。このリュックには大事な(もん)が入ってっからよ」

「へぇ……そうなんですか」


 何度も言いますが私の視界はリュックサックの向きと連動してますので、彼の表情は見えませんでした。

 けれど今の声は何処か、いつもと声のトーンが違ったような……。いや気のせいですね、多分私の聞き間違いでしょう。


 にしても私をこの窮屈さを味わせてくるこいつは、シートベルトと言う名前らしいです。苦しいったらありゃしないですよ、早く退けて欲しいな。


 そんな私の気も知らず、轆轤首さんを乗せたお兄さんの車はエンジンが掛かる音と共に動き出しました。初めはどんな場所に連れて行ってもらえるのかなぁ、もう考えるだけでワクワクしちゃいます。

 シートベルトさえ無ければ文句無しなんですけどねぇ。


「では(ふみ)さんは遥々埼玉県の方からお越しになられたんですか?」

「ああ。しかもアタシさ、車持ってねぇから尚更しんどかったぜ。加胡川くんが来てくれてほんとに助かった」

「いえいえ、僕も県外の方とお話し出来て嬉しいですよ」


 見えている範囲では人工物が見当たらない景色の中、轆轤首さんとお兄さんの会話が狭い車内に籠っていました。

 私も会話に混ざりたい気持ちが結構あるのですが、やはりここは我慢します。だってこんな周りに建物が無い場所に置き去りにされては、そりゃあもう堪ったもんじゃありませんもの。

 でもこんなに楽しそうに会話されると結構キツイですね。まぁ二人が喋らないよりかはマシですが。


 話を聞いているとお兄さんの事について色々な事がわかってきました。お兄さんの名前は加胡川(かこがわ)と言うらしく、たまに私達みたいな観光客を見つけては、ボランティア的に観光地の案内をされているのだそう。それにしたって立派な方です。彼のやっている事はやろうと思っても、中々出来るものじゃありませんから。


 あ、因みにふみってのは轆轤首さんの(おおやけ)での名前です。名字も含めると轆轤(ろくろ)(ふみ)なんですけど、やっぱり何処か安直な感じもしますよね。

 そこまでして轆轤首のイントネーションを維持したい理由でもあるんでしょうか。名前にそこまで執着心の無い私には、サッパリ理解出来ないです。


「今から行く所は町の人以外は殆ど知らない秘境なんですよ」

「ほほう。そりゃ楽しみだなぁ」

「期待してて下さいね。そこで色んな出会いもあるでしょうから」


 色んな出会いと言う事は即ち、地域の方との交流が出来ると言う事なのかも知れません。だとしたら私の正体を掴む手掛かりを持つ妖怪の情報も、思ったより早くに見つかる事が期待出来ますね。

 二日間は期間としても少し短いなぁとは思っていましたが、これを聞いて安心しました。


 それに秘境と言う場所も、言葉の響きからして凄く楽しみです。だって道の駅大歩危で見た渓谷みたいな、また言葉を失っちゃう程の景色が見られるかも知れないんですから。美しさ、壮大さ、豊かさ、様々な景色を連想しちゃいます。

 おおっと、また本来の目的を忘れてしまうところでした。寧ろ、忘れてしまった方が楽になれると思ってしまう自分がいるのも否めない。あ、この事は轆轤首さんには内緒ですよ?


 そこから更に、通っている道が本当に道なのかと疑ってしまうぐらいの山道を進み、ようやく車のエンジンが止まる音がしました。


「ここが僕のオススメスポットです」

「やっと着いたかぁ」


 どうやら私達は、やっとこさ目的地へと辿り着いたみたいです。

 シートベルトの窮屈さもさる事ながら、道と呼ぶにはあまりにも無整備過ぎる山道を通ったが故に、未だにあのガタガタ感が体から抜けていませんでした。少し気分が悪いのも、気のせいではないです。


「おお、すげぇ眺めだな!」


 シートベルトを外して車を降りるや否や、早速崖の方へと駆け出した加胡川さんと轆轤首さん。その先に広がっていた景色は言わずもがな、また素晴らしいものでした。


 崖のすぐ下にある渓流が落下してくる者を待ち構えてる様は、観ている者を感動させると共に恐怖心すらも煽り立ててきました。それもまるで落下してくる者を、まだかまだかと待ちわびる子供の顔をしたような、大人をした彷彿とさせる無邪気さをも感じられます。


 まさに大自然はこれを創り、維持する力を今もまだしっかりと保っている事を、改めて再認識されられたと言っても過言ではないでしょう。湖の周りにある青々とした木々が良い証拠です。

 大歩危も(しか)り、山城町には人間達が忘れ去ってしまった自然の大切さを教えてくれる良い場所がいっぱいありますね。


 ですが地域の人しか知らない場所と言う事もあり、柵なども観光目的で作られたコンクリートや鉄では出来ておらず、どうにでもなれと言わんばかりに朽ちかけた木の(くい)が寂しく佇んでいました。これには地域の人達がこの崖を、観光地としてではなくあくまでも危険区域内での秘境として扱う感じが否めませんでしたよ。

 もう少し整備すれば、ここも観光名所として利用出来るかも知れないのに。なぁんて思ってしまうのは、やはり観光客が故の戯言(ざれごと)でしょうか。


「やっぱりこの景色はいつ見ても変わらないなぁ。まぁそれだけ山城町の自然が、しっかりと保たれてるって事なんですけどね」

「それに景色なんてもんはそう簡単に変わるわけもねぇしな」


 わざわざ加胡川さんが解説してくれているのにも関わらず、轆轤首さんは素っ気無い反応で返していました。おそらくさっきまでの車の振動で疲れ切ってしまったのかも知れません。

 ですけどもし私がリュックサックから出ていれば、絶対に彼女を叱っていましたよ。だってせっかく加胡川さんが気を利かせて話し掛けてくれているのに感じ悪いじゃないですか。


 ただでさえ時間が経つ度に、お互いの口数が減ってきていると言うのに。直接この人達の会話の中に居ないとは言え、気まずいったらありゃしないですよ。

 ここに来る前の車内での、あの楽しそうな会話は何処に行ったんでしょうか。


「文さん、この崖の下に祠があるのが見えますか?」

「ん? どらどら」


 すると崖の下の方を指差して轆轤首さんへと祠の在り処を示す加胡川さん。一見湖しか見えませんが、何やらこの崖の下に祠のようなものがあるようです。

 どれどれ私も観てみたい。轆轤首さんのしゃがむのに合わせて私も小さな穴へと目を覗き込んで見てみました。足場が少し悪い事に加え、かなりの高さがある崖なのでかなり怖い。


「おっ、ホントだ。なんであんなとこに祠なんかあるんだ?」

「それはですね……」


 一見、何気無い会話が進んでいると思ったでしょう。しかし次の瞬間、私達はとんでもない事実を知る事になるのです。それは彼の、加胡川さんの本当の目的でもありました。


「他の方に聞いてみてはいかがでしょうか」


 言われるがままに崖の下を覗き込んだ轆轤首さん、そんな彼女ををあろう事か加胡川さんは、崖の上から落とす勢いで力強く押し出したんです。

 リュックサックの中に入っていたとは言え、流石の私も彼の行動の意味は理解出来ましたよ。加胡川さん、理由はわかりませんが今のは確実に、わざとですよね。

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