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どうやら私、動くみたいです  作者: 長尾栞吾
第二章 加胡川と天狐
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様々な妖怪

 入館の手続きを済ませた轆轤首さんは、相も変わらず私の入ったリュックサックを前に掛けたままで歩き出しました。

 電車やバスの乗り換えなど色々な事がありましたけど、ようやく私達はこの場所に足を踏み入れる事が出来ましたね。え、私は何もしてないだろうって? それは言わないお約束ですよ。


 入口の大天狗のクオリティもさる事ながら、その他の展示物も中々に凝られた物がありました。

 何でも、この展示物達は何処かで発注して作った物ではなく、なんと地域の方々が力を合わせて作られた物なんですって! 団結の力ってのは凄いですね、私なら作り始めても、絶対すぐに飽きちゃいますよ。


 昔は恐怖の対象として捉えられていた妖怪達も、今ではこうして町を盛り上げる存在として役に立っている。これは素晴らしいの一言に尽きますね。

 この街の妖怪達も(さぞ)かし嬉しいでしょう、何せ自分達の伝承を今でもこうして語り継いでいるのですから。けれど轆轤首さんは妖怪としてもかなりメジャーな方ですので、こう言った事には案外慣れっこなのかな。


「おっ」


 展示物を一つ一つ眺めながら歩いている途中、轆轤首さんはふと酷く顔色の悪い妖怪の模型の前で足を止めました。

 痩せこけて骨が完全に浮き出たような体に薄い着物を一枚だけ着た姿は、私の妖怪へ抱いていた印象である異形の存在と言うよりかは寧ろ、幽霊とかの霊的な何かに近かったです。彼の差し出した手には一つ、何かを求めているかの如くお椀が握られていました。


「この妖怪はどんな妖怪なんですか?」

「コイツはヒダル(がみ)っつって、主に飢え死にした人間の怨念で出来た妖怪だよ。山道や峠とかで酷い空腹感を覚えたら、まずコイツに憑かれた事を疑った方がいい」


 別に私自身も妖怪なので取り憑かれる心配は無いと思うんですけど、彼女の話も一応心に留めておく事にします。と言うかそもそも私には、空腹感なんて物も存在しないんでした。


 でも基本的におどろおどろしい姿をしているとばかり考えていた妖怪のイメージが、この妖怪を見た事により私の中で大きく変わったような気もします。

 この妖怪のように明らかに実体の無い者でも妖怪と呼ぶって事はそれだけ、妖怪としての定義は広い物なんだって思い知らされました。

 それにしても憑依型の妖怪、ちょっと会ってみたいですね。


 その他にもこの妖怪屋敷にはかなりの数の妖怪達が模型として、文面として展示されていました。

 中には首の無い馬に跨る夜行さんや、入口に木彫りとしても佇んでいた一つ目入道などと、興味を(そそ)られる妖怪達も多々見受けられました。でもやはり、一番気になったものと言えばあの妖怪の名を上げないわけがありません。

 そう、山城町で一番有名だと言っても過言ではない妖怪……あの児啼爺(こなきじじい)ですよ。


「私の知ってる児啼爺じゃない……」


 しかしその時の私の顔はどんな顔をしていたのでしょうか。多分細い目を出来る限り大きくして、口をアホらしく開けていたんだと思います。


 水木しげるさんが描かれていた妖怪漫画に出てくる児啼爺は、赤子のような声で泣いて通りすがりの人に背負ってくれと強請(ねだ)(おきな)の妖怪でした。

 しかし本来この地に伝わる児啼爺とは、なんと泣き止まない子供をさらう妖怪だったのです。もう一度言いますよ。児啼爺とは、泣いている子供をさらう妖怪だったんです。


「人の捉え方によってはこうやって伝承と食い違う物も出てくるってもんだ。それも妖怪伝承の醍醐味っちゃあ醍醐味なんだけどな」

「食い違い……ですか」


 それからと言うもの、轆轤首さんは想像していたものが崩れ去った私に優しく説明してくれました。


 どうやら私の知っている児啼爺のイメージは、同じく山城町に暮らしている“オギャナキ”と言う妖怪に向けるのが正しかったようです。

 オギャナキはその名の通り「ギャー」と泣いておんぶをせがむ妖怪で、このオギャナキと児啼爺との伝承が混じってしまった結果、現在での一般的な児啼爺のイメージが誕生したのではないかと言われているんだとか。


 まぁ実を言うと児啼爺の伝承自体、そもそもこの地には全くと言っていい程に伝わっていなかったものらしいんですけどね。

 人の情報とは、発信力が小さい物よりも大きい物の方が優先されるが故に、正確なものでも変化をしていくものなのかも知れません。取り敢えず私の中での児啼爺のイメージを再構築し終わるには、まだまだ時間が掛かりそうです。


 話は少し変わりますけど山城町って、崖や淵などの人が足を運ぶには危険な場所が多い土地なんです。なのでその危険を後世まで伝えるべく、そこの人達は同じく災厄とも言える妖怪の存在を用いていたらしいです。

 私、その話を聞いて関心しちゃいました。だってそれは妖怪の怖さを逆に利用した、お手本のようなとてもいい案でしたからね。


 例えばの話ですよ。

 子供ってのは好奇心旺盛ですから危険だと言っても突っ込んでしまう事が多々あるじゃないですか。であればそこに妖怪と言う番人のようなものを置いておけば、当然子供怖がって近付こうとしませんよね。それこそが、山城町に住む人達の狙いだったのではないでしょうか。

 まぁ私は人間の子供なんてこの目で見た事がありませんから、それも単なる憶測に過ぎないんですがね。


 その他にも話したい妖怪の事はいっぱいあったのですが、それらを全て紹介していると正直切りがないので割愛とします。いやぁ、改めてこの土地の妖怪の多さにはびっくりさせられますよ。

 今日と明日でどれくらいの妖怪と出会えるのかな。そんな事を考えるだけで本来ここに来た目的を忘れちゃいそうです。いえ冗談ですよ? 忘れるわけないじゃないですか。


 それはそうと、妖怪屋敷へと入ってから一時間半ぐらいは経ったのかなぁ。

 あらかたここの展示物も見終わって、外にある渓谷でも眺めに行こうかとしていた矢先、私はこの上の階にも何かが展示されている事に気が付きました。


「轆轤首さん、あれ見てください」

「なになに……石の博物館?」


 そう言えばこの道の駅大歩危のサイトを調べた時、妖怪屋敷の上の階で鉱物の展示もしていると書いてありましたっけ。ここに来てから妖怪屋敷の事ばかり考えていたので、それこそすっかり忘れていましたよ。


「時間ねぇからまた今度な」


 私まだ何も言ってませんけど……。轆轤首さんは私が返事をしていないにも関わらず、すぐに上に上がる事を拒否して来ました。

 ですが正直な感想を言いますと、石の博物館に行ってみたかったのは間違いではなかったです。私だって一応女の子なんですから、宝石ってのが一体どのような物か見てみたかったですよ。


 でも確かに旅行はもうすぐで夕暮れがやって来そうな今日と、帰宅の事も考えた明日しかございませんから仕方はないのかも知れません。やっぱり今回は二階に上がるのはやめておいた方がいいですかね。


「悪いが行きたい場所は山程あるからよ。それじゃ今からちょっとだけ外の渓谷の景色でも観に行くか」

「そう、ですよね」


 さようなら石の博物館。多分ここに来る事は当分無いとは思いますけど、もしまたこの地に訪れた時には必ず来ます。絶対に、絶対に、ああ、この話はもうやめましょう。

 もういっその事忘れてしまった方が気が楽になります。

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