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歓迎の宴 2

1547年(天文16年)2月上旬 那古野城 織田三郎信長

 

 女性や子供たちの前に、次々と運ばれてくる小さな湯飲み状の器。

 その器と横についてきた小さな匙を、皆不思議そうに眺めている。


「これは……飲み物、でございましょうか。それにこの匙も、何やら不思議な形をしておりまする……」


 小さな匙を持ち上げて、尋ねる様にして口を開いたお園さん。


「それはスプーンという南蛮の食器にございます。その器の蓋を外し、スプーンで掬いあげてお召し上がりください」


 俺の言葉に、“まぁ、南蛮の”とお園さんが珍しそうにスプーンを眺める。

 そして彼女たちがそっと器の蓋を外すと、部屋の中に仄かに甘い香りが漂ってきた。


「はぁ、なんと香しいかおりか。この優しい甘い香り。これだけで、すでに満足してしまいそうにございまするなぁ」


 香りを楽しみ、うっとりと器を眺めるお園さん。

 他の女性陣も、甘い匂いですでにメロメロだ。

 しかし彼女たちの感じていた余韻は、子供たちの騒ぎ声でかき消える。


「うまい! きよすでは、こんなうまいものはくうたことがないぞ。さすがししょうじゃ」


 俺のことを師匠と呼び、甘味を絶賛するガキンチョ、岩竜丸。

 こいつは那古野に移ってから、俺のことを師匠と呼び始めた。

 どうも義統たちの入知恵らしいのだが……

 まぁこいつのこれからの立場を考えて、色々気を遣っているのだろう。

 俺も特に注意することなくそのまま呼ばせている。

 師匠と呼ばれて、悪い気もしないしな。


 子供たちに続き、女性陣も器に匙を入れる。

 プルンとした黄色い塊が、女性たちに口の中に運ばれる。

 その瞬間、女性陣の顔が驚愕に包まれる。

 しかし次第にとろける様にうっとりとした顔をする彼女たち。

 口の中に広がる甘みと蕩ける様な食感を楽しんでいるのだろう。


 俺の今回用意した甘味、それはプリンだ。

 卵と牛乳、それから砂糖を使用した、簡単スイーツ。

 ……かと思いきや、これが予想以上に大変だった。

 

まずは卵と牛乳の確保。

 保存方法の乏しいこの時代では、これらを用意するのも一苦労だ。

 まぁ俺の場合は≪回復≫と≪浄化≫があるからなんとかなるけど、それでも数を揃えるために、家畜の準備から入らなくてはならなかった。


 それから砂糖も堺から取り寄せたものだ。

 確か日本じゃサトウキビ採れないんだっけ?

 沖縄や鹿児島辺りなら栽培できるんじゃないかと思うんだが……

 兎に角今は輸入に頼るしかない。


 そして材料がそろっても、今度は器の問題だ。

 現代みたいに耐熱ガラスなんかないし、全部陶器で作らせる羽目になった。

 

調理自体も試行錯誤の連続だったよ。

 ≪支援≫でパワーアップした半蔵達の能力も無駄に活躍させ、時には力業でかき混ぜ、時には繊細な火加減を披露し、そしてついに、俺の知っているプリンを完成させた。

 バニラエッセンスなんかは無いからちょっと物足りなさも感じるけど、スキルのおかげでなんか本当すごく美味かった。

 半蔵たちにも大好評だったなぁ。


 プリンを一口食べ終え、“はぁぁ”とため息をつくお園さん。


「なんと甘美な……甘さだけとっても、ここまでのものは今まで味おうたことがございません。それに加えてこの蕩けるような食感。口に入れた瞬間に優しい甘みが口一杯に広がり、噛まずとも溶けて消えてしまいました。まさに最高の甘味にございまする」


 グルメリポーターよろしく解説してくれたお園さん。

 その言葉に、他の女性たちもうんうんと頷いている。

 それを見て、物欲しそうに俺を見つめる男たち。

 我慢しきれなかったのか、大和守が口を開いた。


「三郎殿。その、あの甘味は、儂らにはないのであろうか……」


 いかついおっさんの上目遣い。いりません。

 俺は少し顔を強張らせつつ、にこっとわらって返してやる。


「もちろん用意しておりまする。酒には合わぬと思い後から出そうかと思うておりましたが……今お出しした方がよろしいようですね」


 俺の言葉に、男たちが“おお!”と喜びの声をあげる。

 そんな彼らを見て、斯波義統はやれやれ顔だ。

 そして運ばれてくる器にがっつく男たち。

 そこら中から、“うめぇ!”だとか“なんだこれは……”といった驚きの声が上がる。

 義統もすました顔はしているが、思わず頬が緩んでしまっていた。

 そんな騒がしい男たちを見ながら、隣にいた帰蝶が俺にそっと尋ねてくる。


「三郎様。この菓子は、一体何から出来ておるのですか?」


 帰蝶の言葉に、俺は少しニヤリと口の端を上げ、耳元に口を寄せ答えてやる。


「牛の乳に、鶏の卵じゃ」


 俺の答えに、“まぁ”と驚き顔の帰蝶。

 しかしすぐになるほどと頷く。


「三郎様は、獣を食すことへの忌避感をなくそうとなさっておるのですね」


「流石じゃな。うむ、その通りよ」


 帰蝶の察しの良い答えに、俺は満足気に頷き返す。

 那古野では獣を食べることに少しづつ慣れつつあるけど、清州から来た人たちはまだまだ忌避感が強い。

 そこで、このプリンの登場と言う訳だ。

 肉が直接使われている訳じゃないけど、その基である卵を使っている。

 厳密には全然違うんだけど、そんなことこの時代の人たちには分かりっこない。

 と言う訳で、プリンから肉への忌避感をなくしてしまおうと言う訳だ。

 この材料を聞いた時の大和守たちの顔。どんな顔をするのか、今からすごく楽しみだ。


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