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歓迎の宴 1

1547年(天文16年)2月上旬 那古野城 斯波義統


 清州を旅立ってから10日ほど経った今日。

 儂は弾正忠の配下に連れられ、本日の宴の席へ案内されている。

 儂の傍らには、儂と長年連れたっておる妻おそのと、嫡男の岩竜丸が歩いておる。

 那古野城の庭を眺めながら、儂はすっかり顔色の良くなったお園に話しかける。


「お園よ、もう体の方は大分良いみたいだの」


 儂の声にお園がこちらを向き、ニッコリと答える。


「はい。三郎殿やお道殿たちに毎日みていただき、すっかり元気になりました。それどころか、こちらに来てからは新しい事ばかりで……わたくし、本当に楽しゅうございます。あなたもそうでございましょう、岩竜丸」


 そう言って、岩竜丸の頭を優しく撫でるお園。

 岩竜丸も、恥ずかしそうにしつつも頷いておる。

 ここ那古野に来てから、数多くの新たな体験に出会った。

 街の活気や社と呼ばれる神の祭殿。

 それから見たことも無い程大きな職人場や、湯を張った風呂。

 どれもこれもが清州には無い物ばかりで、儂らは心底仰天させられた。


「確かにそちの言う通りであるな。食事にしても、儂らが口にしたことの無いようなものも時折出される。本当に、儂も驚かされたばかりじゃ」


 本当にここは清州と同じ尾張なのかと、疑問に思う程だ。

 それもこれも、全てあの三郎が作り出したものであると言う。

 全く、あ奴は本当に底が知れんわ。


「岩竜丸も、早速稽古を始めたそうではないか」


「はい。けいこ、たのしいです」


 にこにこと楽し気な笑顔を見せて話す岩竜丸。

 清州では学びごとが多く、外には余り出してやれなんだ。

 大和守家臣らの目もあり、窮屈な思いをさせていたことであろう。


 しかしここに至っては、こやつが尾張守護を継ぐ可能性はほぼ無くなった。

 というより、尾張守護自体が、儂の代で立ち消えることになるであろうと儂は見ておる。

 であれば、こやつがすべきは己の力で身を立てることだ。

 

 岩竜丸は知恵の方は幾分足らぬ所がある。

 そこをせめて体で補えればと思い三郎に託してみたのだが……


「ともだちもできました。わしよりちいさいけど、つよいです」


「……そうか」


 楽しそうに話す岩竜丸を見て、儂の判断が間違いではなかったと改めて感じた。

 そうか、友が出来たか。

 40年近く生きてきたが、儂には友と呼べる者は未だおらぬ。

 儂の危うい立場では、そのような者は容易には作れなんだ。

……こやつには、儂の様な苦労は是が非でもさせてたく無いものよな。




1547年(天文16年)2月上旬 那古野城 織田三郎信長


 斯波義統の妻、お園の快気祝いと、斯波・大和守一行の歓迎の宴が始まった。

 清州から来た者たちはもちろんのこと、親父や俺の家臣の家族たちも集まり、賑やかな宴となった。

 

 初めはぎこちなかった両者の間も、清酒と美味い料理の力で徐々に縮まり、中盤となった今では皆楽しそうに互いに話をしている姿も見える。

 俺も諸々に挨拶を終えた後、義統や大和守、それから帰蝶や家臣らと一緒に話に花を咲かせていた。


「いやはや、やはり三郎殿の考えた料理はどれもうまいのぉ。私はこの唐揚げが本当に好きだ。油を贅沢に使ったこの料理、まさに今の弾正忠家を象徴する一品であるな」


 酒が入り、すっかり上機嫌になった大和守が楽しそうに語ってくる。

 つい数日前までは俺の上役であった大和守のざっくばらんな態度に、俺の家臣らも少し困惑してる。


 彼は清州を出てからしばらくの間、親父から言われた言葉にずっと悩まされていたらしい。

 かつての家臣だった大膳たちをどうするか。敵対するのか。はたまた味方に引き込むのか。


 そしてさんざん悩んだ挙句、一度だけ文を出す、ということに決めたらしい。

 昨日俺や親父を前にして、彼は言った。


「ここ数日悩み、気づいたのだ。あやつらに対して、私は何の感慨も持っていないと言う事に。この文は、私から大膳らに対する最後の情けだ。これでこちらになびかぬ様であるならば、私はあ奴らとの縁を完全に切るつもりだ」


 そう言って、とてもすっきりした顔をしていた大和守。

 その顔は、清州城を出た時とはまるで別人のようにも感じられた。

 そしてその男が、今は箍が外れたように清酒を浴びて陽気に振舞っている。


「やはり弾正忠家に下った私の判断は間違ってはおらなんだ! 私は自分の信じたこの道を、最後まで突き進んでみせるぞ!」


 吹っ切れた様に宣言した大和守に、周りの酔っぱらいのおっさんたちも、“おお!”“よう言うた!”などとはやし立てている。

 一方その隣の席では、大和守の奥方が顔を赤くしながら大和守の醜態を恥ずかしそうに見つめているのが見えた。

 

義統の妻お園さんや帰蝶らが、彼女をどうフォローしたものかと困った顔をし始める。

 俺はそれを見て、傍らに座っていた帰蝶に言ってやった。


「帰蝶よ。そろそろ甘味をだそうと思う。お園殿たちと共に食してみるとよい」


 俺の言葉に、何やら察した顔をする帰蝶。


「そうでございますね。殿方ばかり盛り上がってしまい、ずるいと思うておったところでございます。お園様、私たちも甘味に酔いしれることにいたしましょう。今宵は三郎様が、最高の甘味を用意して下さった様にございますので」


 帰蝶の言葉に、すぐさま空気を読んでお園さんが反応する。


「まぁ! 今まで頂いた料理も素晴らしい物でしたけれど、更に甘味まで用意して下さっていたとは。最高の甘味、楽しみですわねぇ」


 女どものトップお園さんの言葉に、おばさま方も顔をきらきらさせ始めた。

 うむうむ。いい感じに空気を換えられたみたいだな。

 では早速、最高の甘味(笑)を用意するとしようか。


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