脱出2
1547年(天文16年)1月下旬 清州城 織田三朗信長
斯波家や織田大和守家の親族を連れ、俺たちは城内を堂々と進む。
途中何事かと城の者たちが集まってきたが、尾張守護である義統や大和守が人にらみすると、皆すごすごと道を譲った。
傀儡とは言え、現在尾張のナンバー1と2が並んでいるんだ。
その辺の武士や使いの者らではどうこうできるはずがない。
俺たちはやがて建物を抜け、馬を用意し、そのまま城門へと続く道へと進み行く。
すると前方に、大膳を始めとした大和守家家臣らとその手勢の者らが、物々しい様相でいるのが見えてきた。
大和守が心配そうな顔で、俺や義統の顔を見る。
しかし義統は
「構わぬ。進め」
と一言指示を出し、涼しい顔をしている。
何と言うか、同じ傀儡でもここまで違うものなのか。
大和守と違い、義統の堂々としていること。
そんな父親を見て、後ろに控えていた岩竜丸もどこか誇らしげだ。
俺たち一行は義統の言う通り構わず進み行く。
そしてあちら方の緊張も高まったころ、義統が前へ踊り出し涼し気な顔で言い放つ。
「おぬしら、何をそのような物々しい恰好をしておるのじゃ? 今からどこぞと戦でも始めると言うのか」
義統の言いように、ポカンとする大和守家臣たち。
しかしすぐに気を引き締め、大膳が前へ進み出て答えた。
「何をおっしゃっているのですか。某らは弾正忠らが斯波様方を唆し、この城から連れ出そうとしているのを止めようと参ったのでございます」
大膳たちも義統や大和守が自分からこの城を出ようとしているのは気づいているだろう。
が、こいつらは飽くまで俺たち主導で義統達を連れ出そうとしていることにしたいらしい。
まぁそりゃそうだよな。
尾張守護である義統が弾正忠家を選んだなんて、こいつらにとっては城内であっても広がってはいけない事実だ。
大膳の返答を聞き、“ふむ”と考える素振りを見せる義統。
「大膳よ。お主は何か思い違いをしておる様じゃ。儂らは妻の養生のため、那古野を目指すまでの事。弾正忠には、儂が連れて行けと命じたのよ」
義統の言葉に、大和守家臣らがどよめく。
養生のため、と言ってはいるが、実際は違うことくらい皆分かっているようだ。
そりゃそうだろうな。だってこいつら、この前まで義統を軟禁していたんだから。
大膳は苦々しい顔をしつつ、それでも気丈に反論する。
「養生であれば、ここ清州で為されればよろしいでしょう。何もわざわざ那古野まで行かれなくとも――」
「妻が那古野に是非行ってみたいと申しての。儂らも是非同行して欲しいと言うて聞かんのじゃ。それを見た大和守も、儂らの事を想うて付いてくると申してくれた。いやはや、良き家臣を持ち、儂は果報者じゃのう」
いけしゃあしゃあと話す義統に、大膳の眉間に皺が寄る。
「であれば、儂らも同行を――」
「大膳よ。儂らに付いてくる。それがどういうことか、賢きお主なら分かっておるであろう。其方にその覚悟があるというのかの?」
俺たちについてくる。つまりは弾正忠家に下るという言うことだ。
そうでなければ、敵地に単身で乗り込むと言う事。
そんな博打、少し考えれば打つはずもない。
であれば、大膳たちに残される道は……
「ならば、ここは力ずくでも御止めさせていただきまする。奥方様にも危険が及ぶやもしれませぬが、その覚悟はおありですかな?」
そう言って大膳が右手を挙げると、兵たちが一斉に弓を構えた。
流石の義統も体が一瞬強張るのがわかる。
が――
「げ、弦が!」
「こっちもだ」
「くっそ、儂のもダメだ」
あちらこちらで弓の弦が切れてと声があがる。
隣の半蔵がニヤリと笑っているのがわかった。
「半蔵、上手くやったようだな」
「はい。配下の者たちを兵に紛れ込ませ、弓に細工をさせておきました。飛び道具が無ければ、万に一つの危険もござらんでしょう」
確かに。刀相手であれば、迅雷隊のごり押しで何とでもなる。
「斯波様、敵の攻撃の心配は無用でございます。このまま押し進みましょう」
「そ、そうか。……なんとも無茶苦茶な奴よのう」
俺に声に、ハッと我に返り頷く義統。
大和守は未だ呆然としている。
大膳側も、不測の事態に浮足立っている様子。
……いや、大膳自身はどこか予測していたのか、悔しげな顔をしながらこちらを睨んでいる。
「大膳、今回は諦めて道を開けよ。今のそなた等では返り討ちにあうだけであろう。――進め!」
義統の号令で、再び俺たち一団が動き始める。
それを只々悔しそうに見送る大和守家臣たち。
おそらくあの中には、以前美濃でコテンパンにやられた奴らも混ざっているのだろう。
飛び道具が使えないと分かった途端、及び腰になっている奴がちらほら見える。
それにつられてか、他の兵たちも俺たちにかかってくる様子はない。
城門をくぐり、義統が清州城を振り返る。
「そなたら、世話になった! 各々これから己の身の振り方には十分に留意いたせ! では達者でな!」
そう言って、清々しい顔をしながら城をあとにする義統。
岩竜丸も、そんな父親を誇らしげに見ている。
その横で、大和守が複雑そうな顔をしているのが分かる。
その光景が、なんとも対照的に見受けられた。
とりあえず、山場は超えたかな。
那古野につくまでは気は抜けないが、まずは一安心だ。
那古野につけば、今後のことについてまた色々と考えなければならない。
が、まずは少し休憩といきたいな。




