脱出計画
1547年(天文16年)1月下旬 清州城 織田三郎信長
大和守の家臣を除いた俺たち一行は、斯波義統の言う通り奥の間に案内され、そこで彼の妻の治療を行った。
大和守の家臣たちもついてこようとしていたが、“大和守本人がいれば十分”という義統のひと言で、渋々ながらも引き下がっていた。
義統の妻は産後の肥立ちが悪く貧血気味であったようだが、俺の≪回復≫でとりあえずは体力も持ち直した。
だが、やはり栄養が足りていないため、これからもしばらくは養生が必要になる。
そのことを義統に伝えると
「ふむ。では妻を那古野城へ連れていき、そこで引き続き治療せよ。儂らも一緒について行くよってな」
と事も無げに言い放った。
大和守家家臣らにえらく強気に出てたから、何か考えがあるのだと思ってはいたが……
それってつまり、斯波一家を丸々この清州城から脱出させろってことじゃねぇか。
いやいいんだけどね? 俺たちも最初から斯波一家を連れ出すつもりで、一応準備はしてきているからさぁ。
でもなんというか、ここまで丸投げされてしまうとは、ちょっと驚きだ。
というか、そんな話を信友(大和守)の前でしてもいいのか?
こいつも敵側の人間だろうに。
俺の視線に気が付いたのか、義統が“あぁ”と何か納得しつつ口を開いた。
「こやつの事は気にせんで良い。こやつは当主とは言え、所詮は家臣らの傀儡。元々こやつはお主らに下りたがっておったようじゃからの。一緒に連れ行ってやってくれ」
「……気づいておられたのですか」
義統の言葉に、信友が驚いたように口を開いた。
そんな彼に、呆れたように答える義統。
「もう何年、お主の傀儡をやっておると思うておる。其方の考えぐらい、大方お見通しよ」
「斯波様……」
義統と信友の間に芽生えた謎の一体感。
傀儡同士、何かシンパシーでも感じていたのかもしれないが、ちょっとついて行けない。
まぁ二人は置いておいて、とりあえず信友もどうにかなりそうなのは分かった。
じゃぁあとは、いつこの清州から抜け出すかだが……ここはやはり――
「若、そろそろ……」
半蔵がいつの間にか隣に並び、俺に声を掛けてくる。
「支度が出来たか」
「すでに配備は済ませております。大和守殿の奥方とお子の下にも、護衛を念のため配備しております」
「流石だな。よし、では動き出すとしようか」
俺たちのやり取りを聞き、義統が尋ねてくる。
「三郎よ、如何にして儂らをここから連れ出すつもりなのじゃ?」
「特に奇策は用いるつもりはありませぬ。白昼堂々、表から出立しようかと」
俺の言葉に怪訝な顔をする義統。
「それでは大膳らの邪魔立てが入るであろう」
「おそらく。しかしそれは、斯波様と大和守殿におとめ頂きまする。それでも歯向かうようであれば……」
俺の沈黙に、大和守がごくりとのどを鳴らす。
一方義統は“くっくっく”と楽しそうに笑う。
「なるほどのう。歯向かった時点で逆臣として扱ってしまう訳か。それであれば、義はこちらにあると。いやはや、なんとも辛辣なことを考えるものよ」
余程今回の作戦が気に入ったのか、しばらく含み笑いを続ける義統。
その姿に、大和守も少し引き気味だ。そして心配そうな顔をしながら俺に尋ねてくる。
「しかしそのような策略、誠に上手くいくのであろうか。あ奴らに従うものは多い。もしあ奴らが歯向かってくれば……」
「ご心配なさらず。我家臣と某の神通力があれば、少数をお守りするのは問題ありませぬ。先ずはお身内の方々を一か所に集め、安全を確保いたしましょう」
俺の自信の籠った言葉に、大和守が少しほっとした顔をする。
一塊になってさえいれば、忍と迅雷隊で護衛するのは然程難しくはない。
先ずは脱出する人員を集めさせ、堂々と表門から出立するとしようか。




