織田大和守信友
題名変更いたしました。
もしも織田信長が魔法を使い始めたら~現代知識とスキルを駆使して目指せ天下泰平~
1547年(天文16年)1月下旬 清州城 織田三郎信長
清州の城下町を通りながら、俺たちは清州城へと向かう。
清州城下は主要街道沿いに作られたこともあり、やはり規模が大きく人通りも多い。
しかし那古野城下に比べると、どことなく活気が少ないようにも感じる。
そのことを平手の爺に伝えると、
「それは若がお造りになられた社や商品の影響にございましょう。清州が寂れておるのではなく、那古野が少し異様にござるだけにございますよ」
と呆れられた。
異様て。まぁ確かに、病人がほとんどいない町は異様か。
石鹸や椎茸なんかのおかげで商人が集まってくるし、職人を集めたおかげでそっちの産業も盛んになってきた。
那古野は今経済成長の真っただ中だからな。
活気が違うのも当然か。
そんな清州と那古野の違いを比べながら、親父が苦笑しながら呟く。
「大和守家の者たちも、そういった儂らの勢いを感じて焦っておったのかもしれぬな。そこへ追い打ちをかける様に昨年の一件を儂らが起こし……窮鼠猫を噛むとはよく言ったものよ」
確かにその通りなのだろう。
何事もやり過ぎは禁物だ。次からは気を付けないと。
1547年(天文16年)1月下旬 清州城 織田大和守信友
清州城の大広間。
斯波様を上座に私や家臣がずらりと並ぶ中、織田弾正忠信秀殿とその嫡男、三郎信長殿がやってきた。
我家臣たちがにらみを効かせる中、堂々とした姿でやってきた二人。
まるでここが自分たちの居場所だと言わんばかりの態度に、我家臣が苦い顔をする。
織田大和守家は名目上弾正忠家の上役を名乗ってはいるが、実質的な力はあちらの方が上だ。
弾正忠殿の父君の代から熱田や津島の経済力を背景に勢いを増し、彼に代替わりをしてもその勢いはとどまるどころか増すばかり。
唯一の弱点かと思われていた三郎殿も、数年前にうつけが仮初であると分かり、更には神通力まで授かっておると言う。
今この尾張で、彼らに敵うものなどおらぬ。
美濃の斎藤家との同盟で、それは盤石のものとなりつつある。
私もさっさと彼らに下ってしまいたいと何度考えたことか。
だと言うのに……
昨年の坂井たちの一件で、我ら大和守家と弾正忠家の確執が明確になり、更には斎藤家までも敵に回してしまった。
私はこの家の当主ではあるが、所詮はいつでも替えの利く傀儡に過ぎない。
家臣たちの力が偏らぬよう、彼らの力関係の均衡をとるためだけの存在だ。
今まではそれで問題なく過ごせてきたため、私も特に何をするでもなかったが……斯波様を押し込めてしまうのはどう考えてもやり過ぎであろう。
斯波様を押し込めた坂井らは、嫡男である岩竜丸様を新たな傀儡に仕立て上げようと企んでいる様であるが、岩竜丸様は未だ八歳。
確かにこの年から育て上げれば都合の良い傀儡に仕立て上げられるであろうが、そんな悠長な時間が我らに残されておるとはとても思えぬ。
今回のこの場にも、何を血迷ったのか元服前である岩竜丸様をお連れしている坂井たち。
私は岩竜丸様をしばらくお見掛けしていなかったが、以前から感じられていた八歳とは思えぬ太々しい態度が、坂井らの甘言に乗せられることで更に酷くなっておる。
岩竜丸様にこの挨拶の場をご覧に入れ、大和守家の威信を見せつけようとでも考えておるのであろうが……
正直、あ奴らに現状が見えておるとは思えぬ。
特に大膳と佐馬丞の焦り方は尋常ではない。
残りの二人も大和守家家臣としての自信からか、弾正忠殿に対する侮りが未だ残っておる。
このままでは、先にあるのは破滅しかないと言うのに……
……いや。最悪の場合は、私に全ての責任を押し付ける腹積もりやもしれぬな。
そうなってしまえば私は家臣らに殺され、息子が新たな傀儡として頭に担ぎ上げられることになろう。
……ここらで私も、腹を決めて動かねばならぬのやもしれん。
何か良い機会があればよいのだが……。
弾正忠殿らが斯波様に新年のご挨拶と先日の姫君誕生の祝いの言葉を述べる。
それに対し、ひと言“大義”と答える斯波様。
斯波様は、普段からご自分の意志を現すことはほとんど無い。
しかしあのお方は、決して愚かな方ではないのだ。
同じ傀儡である私だからこそ分かることやもしれぬが、あの方は状況を見極めるのが非常に上手なお方だ。
ご自分に力が無いことを理解し、心を殺し、尾張守護という傀儡の役に徹している。私にはそう思えてならない。
弾正忠殿が挨拶を終え、席を立とうとする。
とその時、家臣らの方から“は、は、は”という浅い呼吸音が聞こえ始めた。
弾正忠殿らも、その騒めきに気づき足を止める。
音の下へと目をやると、佐馬丞の様子が何やらおかしい。
よくよく見てみると、浅い呼吸を繰り返しながら、顔色を悪くしておるのが分かった。
隣に座っていた織田三位が慌てて駆け寄り、佐馬丞に声を掛ける。
「佐馬丞殿、いかがされた! ……いかん、佐馬丞が轢き付けを起しよった。誰か! 佐馬丞を運び出し、医者を呼んで来い!」
三位の声に、下の者らが慌てて動き出す。
家臣らも、突然の事態に自分はどうしたらよいのかと各々が慌てだした。
もはや斯波様の御前であることなど、誰も気にしてはいない。
と、その時――
「お静かに!」
騒然とする広間に響き渡る一人の声。
未だ幼さを残すその高目の声が、慌てる皆の耳にしみ込んだ。
「私が治療いたします。その方を私に見せて下さい」
声の主である三朗殿がそう言うと、しばらく呆然としていた家臣らが我に返る。
そして、“ばかな”“殺す気か!”などと皆好き勝手に言い始めた。
確かに敵対している我家臣を治療するなど考えにくいことではあるが……
「何をもたもたしているのです! その方の顔をごらんなさい。事は一刻を争います! さぁ、お早く!」
三朗殿の言葉の通り、佐馬丞の顔が段々と紫色に変色してきている。
みなそれを見て顔を青くし、大人しく三郎殿へ道を開ける。
三郎殿は家臣の間をすり抜け、佐馬丞の下へたどり着く。
そして目を閉じ何かを呟いた。
その瞬間、彼が眩い程に発光し、その光が佐馬丞をも包み込む。
しばらくし光が収まると、後には顔色を良くし、穏やかな顔で眠る佐馬丞の姿があった。
皆、佐馬丞が無事であったことに胸を撫で降ろすと同時に、目の前で起きた光景に騒然とし始める。
「あれが噂の神通力……」
誰かが呟く声が聞こえた。
その言葉を皮切りに、他の家臣らも“ありえぬ”“まさか本当に……”などと戸惑いを見せ始める。
家臣たちの間に、三郎殿に対する畏怖の様な感情が芽生え始めた。
そんな時、周りの空気をぶち壊すかのように、太々しい声が聞こえてきた。
「おまえがかみのちからをつかうという、さぶろうとやらか」
頭の悪そうな舌足らずな言葉で話す少年。
斯波様の御嫡男である岩竜丸様が、三郎様の前に現れたのである。




