昨年の後始末
1547年(天文16年)1月下旬 清州城道中 織田三郎信長
まだ雪がちらほらと残っている一月下旬。
俺と親父は供回りを引き連れ、清州城へと向かっている。
俺が変わらぬ景色をのんびりと眺めていると、前を進んでいた親父が馬の歩幅を縮め俺の横へとやってきた。
「して、結局斯波様からの返答は相も変わらずであるか?」
「うむ。あれから何度か忍達をやっては見たが、正月の挨拶まで待てとの返事しかいただけなんだわ」
俺の答えにため息をつく親父。
俺もつられてため息をつく。
昨年の10月。俺たちが美濃に向かう道中に襲ってきた武将、坂井大膳と河尻佐馬丞の二人を俺たちは捕えた。
そしてあの道三との同盟の後、親父や義父(道三)たちと一緒にこの二人の処遇を話し合うことに。
皆色々楽しそうに悪巧みを話し合っていたが、結局義父に預けることに決まった。
美濃で起こり、義父の名を騙っていたのだから、別にそれ自体はおかしな話ではない。
しかし義父は織田大和守信友に対して、二人の身柄と引き換えに二万貫(約2億円)を要求し、在ろう事か信友自らが直接稲葉山城に赴き謝罪をするよう因縁をつけたのだ。(信秀案)
捕えた二人の話によると、今の織田大和守家は信友を傀儡とし、その下の四家臣と呼ばれるものたちが実権を握っているのが実情らしい。
信友自身は気が弱く、決断力が無く、当主には凡そ相応しくない人物である様だ。
まぁ逆に傀儡としてはぴったりみたいだが。
そんな屋台骨である四家臣の内二人がとっ捕まったのだから、大和守家は大騒ぎだろう。
そこへ義父からのこの要求だ。
二万貫というのは大和守家であれば決して払えない額ではない。
その後の財政を気にしなければという但し書きはつくが。
しかしもう一方の要求である、信友本人が稲葉山城に赴くと言うのが問題なのだ。
今回の一件は、大和守家の者が義父を貶めた結果になった。
そのため大和守家の者は義父が相当に怒っていると考えているだろう。
それに義父は敵である弾正忠家と同盟を結んだのだ。
つまり稲葉山城は完全に敵地なのである。
そんな敵地に、気の弱い信友が足を運ぶはずがない。
他の四家臣も、財政のこともありすぐには首を縦に振れず、かといって捕まった二人を見捨てる訳にもいかずで困り果てていた。
そんな中、同盟から1か月経った11月。
俺の親父である信秀が、この両者に対して和議の仲介に入ったのだ。
義父に条件を緩めさせ、大和守家の者には恩を売る。
マッチポンプですね。
もちろん大和守家の者たちも、これが仕組まれたことであると言う事は理解しているだろう。
しかし、格下である弾正忠家が、上役である大和守家のしりぬぐいをしたという事実が大切なのだ。
俺はこの和議がなると同時に、半蔵達に
『大和守家は弾正忠家に面倒を見てもらわねばならぬほど落ちぶれている』
『尾張守護である斯波様も、大和守家に愛想を尽かしているらしい』
といった噂を流させた。
俺が、というか弾正忠家が尾張を支配するためには、上役である織田大和守家に対して下剋上を果たし、将軍より守護に任じられている斯波家をどうにかしないといけない。
しかしこいつらをただ殺すだけでは、他国からは批難され攻め込まれる口実にされてしまうし、家臣もついて来にくい。
そこで、大義名分が必要なのだ。
俺たちはこの大義名分に、斯波治部大輔義統自身を使うことを考えた。
義統に、俺たちを尾張守護代に任じさせてしまおうと。
そこで大和守家領地にこのような噂を流し、斯波と大和守家に溝を作り、斯波の心をこちらに向けようと思っていたのだが……
「まさか大和守家が斯波様を軟禁してしまうとはな……」
親父も同じことを考えていたのか、渋い顔をしながらつぶやいた。
そう。焦った大和守家の者が、斯波義統を蔵に閉じ込めてしまったのだ。
流石に牢へ放り込むような暴挙には出なかったようだが、やっていることはあまり変わらない。
つまりは、余計なことをすれば、殺すぞと斯波を脅しているのだ。
これに慌てた俺たちは、半蔵配下に指示して彼の救出させに向かわせた。
ところが、義統自身がこれを拒んでしまったのだ。
どうやら彼の妻が二人目の子供を身ごもっており、すぐに動けないことが理由にあった様子。
彼の八歳の息子も大和守家家臣らに囲まれており、色々と甘い言葉で唆されているらしい。
正月の挨拶では、流石の大和守家の者たちも斯波義統を表に出してくるだろう。
その際、大和守家家臣達がどういったアクションをとってくるのか。
そしてそれに斯波義統がどういった反応を示すのか、正直読めない。
しかし全員が揃うこの機会を好機と捉え、俺たちは勝負を仕掛けることにしたのだ。
「半蔵よ。城内の兵の様子はどうだ?」
「いつもより兵を増強しているようにございます。特に斯波様の奥方様周囲には、兵が厚く配置されておりまする」
清州城内に入り込んだ忍からの情報を、半蔵から聞きだす。
やはり大和守家の者たちは、義統本人がいらぬことをしないよう、奥方を人質に取っているのだろう。
「出産は無事終えたのか?」
「数日前に、無事終えた様子にございます。が、奥方様の体調が芳しくないとか」
なるほど。そこら辺りで義統に恩を売っておきたいが……大和守家の者たちがすんなりと受け入れるとは思えない。ふーむ、どうしたものか。
俺が一人悩んでいると、親父が馬具をガチャリと鳴らした。
「なぁに、大和守家の者たちも焦っておるのであろう。義統様も聞いたところによると愚かな方ではない様子。こちらが下手を打たなければ、上手くことを運べるであろうよ」
親父の明るい声に、俺の胸の重しが少し軽くなったのを感じた。
「……そうかもしれんな。余りくよくよ考えすぎても仕方が無いか」
少し開き直った俺に、親父が笑いながら答える。
「その通りよ。やるべきことはやったのだ。あとは仲間を信じて突き進めばよい。そうであろう、半蔵よ」
「全くですな。どの様な状況に陥ろうとも、我らが全力で若をお支え致します。若はもう少し我らを頼りにして欲しいものですな」
二人の揶揄いに、周りもクスクスと笑い出した。
俺も少し恥ずかしくなり、顔を背けて頬を掻く。
「わかったわかった。皆、十分頼りにしておる。だからいい加減、その話で儂をイジメるのは止めてくれ」
俺の声に、皆が再び笑い出す。
準備はしっかりとしたはずだ。
あとはやれるだけやってみるとしようか。




