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羽休め

1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 奥の間への廊下 服部半蔵保長


 評定を終え宴会の支度をしている間、若は儂と正種を連れ奥の間へと足を運んだ。

 

 今回の評定にて、儂と正種は正式に若の護衛として任を任される運びとなった。

 久秀殿らには、中務殿(平手爺)に付き内向きの仕事について学ぶようにとの下知が下った。

 若曰く“戦の少ない今の時期にしっかりと学んでおけ”とのことだ。

 彼らは将来若が領土を広げれば、城を任されるようになる。

 そのための準備をしておくようにとの考えであろう。


 久秀殿らも、初めは護衛を外されたことに不満を抱いていた様であったが、若の考えを知り、素直に頭を下げていた。

 しかしその話をする際、若が我らに対して申し訳なさそうな顔をしていたのが少し気になる。

 おそらく若は、我らに対して将来武士の様に城持ちにしてやれぬことに罪悪感の様な物を抱いておるのだろう。

 

 我らは今、若に召し抱えてられ重用して頂いている。

 しかし、我らは武士ではなく、忍なのだ。

 主に仕え、主の目耳となり、時には主の盾ともなる。

 それが我らの生き方であり、誉れでもある。

 そんな我らが城持ちなど本末転倒の事であるのだから、若は何も気にする必要など無いと言うのに……

 

 目の前を歩く優しすぎる主に声を掛ける。


「若。恐れながら申し上げまする」


 儂の声に、怪訝な顔をして振り返る若。


「なんだ?」


「若は先ほど、某たちと久秀殿らを同列に扱えぬことに、何かしこりの様な物を感じられていたのではありませぬか?」


「……」


 儂の言葉に黙ったまま答えぬ若。

 やはり図星であったのだろう。


「恐れながら、その気遣いは全くの無用にございまする」


「……なに?」


 若が眉間に皺をよせ答えた。


「こうして常に若のお傍に控えさせていただく程、若から信頼して頂いている。その事実が、我らにとってどれほど誉れであるか。そうであろう、正種」


 儂の問いかけに、深く頷く正種。


「我らは城などいりませぬ。そんな物よりも、若からの篤い信頼の方が余程価値がありまする。こうして正式にお傍に控えさせていただけたこと、心より感謝を申し上げまする」


 片膝を付き、頭を垂れる。

 隣で正種が儂に倣っておるのがわかった。

 そんな儂らを見て、若が深くため息をつきながら口を開く。


「……わかった。半蔵よ、気を遣わせてしまったようじゃの。顔を上げよ」


 若の声に顔を上げると、若が少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔をしながら頬を掻いていた。

 そして呼吸を整え、真剣な顔つきで我らに向かって言葉を下さる。


「お主たちに気持ちは理解した。儂はお主たちを信頼しておるし、それはこれからも変わらぬ。儂の傍に仕え、儂を支え、そして儂を守ってくれ。儂のこの命、お主たちに預けるぞ」


「「はっ」」


 若の信頼が心地よく、胸が熱くなるのを感じる。

 隣の無表情な正種も、どこか高揚しているように思える。

 正種よ。儂らはようやく、仕えるべき主に巡り合えたようだな。




1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 奥の間 織田三郎信長


 奥の部屋に着き、少し息を整える。

 先ほど半蔵から言われた言葉が、まだ頭の中に残ってリフレインしている。

 全く、不意打ちもいい所だ。

 普段適当そうな奴が真面目にいい事言うとギャップがやばいんだよな。

 図らずも、少し感動してしまったよ。


 俺がそうやって佇んでいると、襖の向こうから女たちの楽し気な声が聞こえてきた。

 俺は襖越しに声を掛ける。


「帰蝶、儂じゃ。入るぞ」


 襖をあけ中に入ると、綺麗な黒髪をした美人さんが俺を出迎えてくれた。


「三郎様。評定、お疲れ様でございました。いかがでしたか?」


「うむ。特に滞りなく終えたよ。帰蝶も変わりはないか?」


「はい。三郎様に作って頂いた玩具を使い、皆で遊んでおったところにございます」


 そう言ってニコニコと笑いながら、俺が作ったリバーシを指さす帰蝶。

 彼女とは昨年の同盟後、ひと月も経たぬうちに祝言を挙げることとなった。

 他勢力からの横やりを受ける前にと急いだ結果ではあるのだが、それにしても急ぎ過ぎだ。

 おかげでそれまでの間は準備にてんてこ舞いだったよ。


「そうか。どうだ、少しは上達したか?」


 俺は少しニヤつきながら、帰蝶に問う。

 すると帰蝶は口を尖らせながら俺に反論してくる。


「三郎様は意地が悪うございます。帰蝶はこのりばーしという遊戯を始めたばかりにございますよ。まだ三郎様のように上手くはうてませぬ」


 そう言って、ぷくっと頬を膨らます帰蝶。

 やばいね。帰蝶さんの破壊力が半端ないです。


「わかったからそう拗ねるな。まぁそなたの拗ねた顔も可愛らしくて、儂は好きだがな」


「……もう、三郎様はすぐそうやって帰蝶をからかいなさる」


 俺の言葉に文句を言いつつも顔を赤らめる帰蝶さん。

 ほんと帰蝶さん。誉め言葉に弱すぎて困ります。

 っと、そんな話をしに来たんじゃなかった。


「はは、すまぬすまぬ。……っとそうじゃ。この後新年の祝いを広間でやるのだが、帰蝶も顔を出すとよい。儂が作った新たな料理も出す予定だ。楽しみにしておるとよいぞ」


 俺の言葉に、帰蝶がぱあっと顔を明るくする。


「本当にございますか? 三朗様の考える料理は、どれも今まで口にしたことが無い物ばかり。今回もどのような物がいただけるのか、とても楽しみにございます」


 帰蝶さん、やはり好奇心旺盛な女性でして。放っておくと城を抜け出してお忍びで城下に行ったりするんです。

 もちろん忍の皆さんが陰から護衛はしてくれているんだけど、本人もその辺りを分かったうえでやっているのがまた何とも。

 だから彼女には定期的に新しい物を与えて、その好奇心を埋めてあげなくてはいけないのだ。


 彼女が城下に行くと、その美しさで目立っちゃって、全然忍べてないんだよ。

 俺が美濃の美姫と結婚したことは有名な話だから、正体もすでに知れ渡っているみたいだし。

 だから城下に行くのは、俺と一緒にデートする時だけと我慢してもらう代わりに、こうして新たな話題を提供しているのです。


「今回は、どんな野菜も旨く食せる極上の調味料を作ったのでな。きっと帰蝶も喜んでくれるであろう」


 俺の言葉に、帰蝶が顔をらんらんとさせる。

 周りの女中たちも、あとで御裾分けをもらえるのが分かっているのか、キャイキャイと騒ぎ出した。

 どんな野菜も旨くなる調味料。まぁマヨネーズなんですけどね。

 卵や御酢を使って、俺の≪浄化≫や≪回復≫を駆使した特別製だ。

 野菜も≪回復≫を掛けて新鮮にしているから、超うまいんです。

 やっぱスキルは最高だね。


 月末には親父と一緒に、昨年の後始末に清州城に出向かねばならない。

 それに英気を養うことも兼ね、今日は思いっきり楽しむとしようかな。

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