天文16年
三章開始です
1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 大広間 織田三郎信長
「若、明けましておめでとうございまする」
「「明けましておめでとうございまする」」
平手爺の新年のあいさつに合わせ、家臣の皆が頭を下げる。
今年最初の評定を兼ね、家臣の皆にはここ那古野城に集まってもらった。
平手爺と内藤のおっさんを上座とし、半蔵、信広兄、久秀、長秀、八兵衛、正種が円を描いて並ぶ。
そして昨年末に元服を済ませた犬千代と勝三郎こと、前田三左衛門利家と池田紀伊守恒興も一番下座に並んでいる。
こいつらはまだ元服には早かったんだけど、昨年の同盟のやり取りを見て、無理やり元服を通したらしい。
犬千代はともかく、勝三郎まで我儘を言ったのは意外だ。
「うむ、皆めでたいな。昨年は色々と大変であったが、皆よく支えてくれた。今年もよろしく頼むぞ」
俺の言葉に一同が頷く。
勝三郎こと恒興の頭のてっぺんが、青々としていてなんだか初々しい。
犬千代は俺を真似て、前髪は剃らずに後ろでギュッと結んでいる。
俺も剃るのは嫌だったから、この髪型だけは譲らなかったんだ。
解いた時の河童姿がどうしても受け入れられなかったんだよね。
「恒興(勝三郎)と利家(犬千代)も、元服した以上はしっかりと働いてもらうぞ」
「はっ。ご無理を申し上げ元服させていただいた以上、粉骨砕身して若にお仕えさせていただきまする」
恒興が背筋を伸ばして答える。
初々しさがまだ抜けきらず、なんだか微笑ましい気分になる。
「わかー。わしも頑張りますよー」
右手を元気よく挙げて答える利家。
恰好は立派でも、中身は余り変わらないようだ
そんな利家に、恒興がすかさず拳骨を落とす。
「こらっ、犬千代! 若に対してなんだその口の利き方は! 元服した以上、そのような態度は許されぬのだぞ」
「いってー。別にいいじゃん、ここには知ってる人たちしかいないんだから。他の所ならわしだってちゃんとできるもん」
殴られた場所を摩りながら、恒興を睨んでブーっと口を尖らせる利家。
こいつらはやっぱり元服してもすぐには変わらないか。
「まぁそんなに怒るな恒興。利家もこう言っておるのだし、多めに見てやれ」
「なっ……若は犬千代に些か甘うござりますぞ」
俺の注意に納得のいかない様子の恒興。
その横では利家がニヤニヤとしながら窘められた恒興を見ている。
「ま、利家には長秀からしっかりと教育を受けてもらうつもりじゃ。よろしく頼むぞ、長秀」
俺からのパスに、長秀は“はい”とニッコリ答え、利家は“げぇ”と一気にテンションを落とした。
利家も、長秀に対しては犬千代節が通用しないことが分かっているのだろう。
頑張れよ、利家。
1547年(天文16年)1月中旬 那古野城 大広間 織田三郎信長
挨拶を終え、家臣たちから現状についての報告を聞く。
商売の事や農業の事、それから職人工場なんかについても。
「ふむ。まぁ概ね問題なし、と言ったところか」
「そうですな。昨年は少々寒うございましたから、若干収穫量も低下しております。しかし理法農法で収穫量も大幅に伸びておりますので、然程問題はありません」
「うむ。問題は理法農法を取り入れておらなんだ、他領地についてか……」
俺の言葉に皆が難しい顔をしながら唸る。
現在俺の領地では全ての農地で理法農法が取り入れられている。
特に禁止をしていなかった親父の領地でも徐々にこの農法は広がりつつある。
しかし、これをあからさまに禁止していた地域があるのだ。
それが、織田大和守家の領地である。
この農法は、『理法』と名付けられている通り、俺や理大御神の代名詞ともいえる農法だ。
もしこの農法で自領の収穫が増えてしまうと、俺への評価が上がってしまう。
それを嫌った山城守家の者たちが、この農法を村々に禁止して回ったらしい。
そこまでする必要あんのかね、とも思ったりもするが、まぁ効果が効果だけに仕方が無いか。
その結果、大和守家領地では例年より1割ほどの不作となり、米も値上がりしているらしい。
まぁ同じ尾張内でこちらは相変わらずの豊作だから、それほど酷い値上がりにはなっていないんだけど……
しかしそれでも農民たちの不満は大きくなってきている。
それはそうだろう。
同じ尾張でも理法農法を実践している俺の領地は豊作で、大和守家の領地は不作なんだから。
結果的に大和守家の人たちは、自分達の評価を下げることで相対的に俺の評価を上げてくれた。
ご苦労様ですって感じだな。
「まぁ他領にはこちらの米を売って回ればそれほど酷い混乱は起きぬであろう。理大御神様の御利益のあるお米だとか言って売れば、皆ありがたく買ってくれるであろうよ」
俺の冗談に皆が苦笑する。
しかし爺は相変わらずため息をつく。
「はぁ、またそのようなお戯れを……余り調子に乗り過ぎませぬ様お気を付けくだされ。昨年暮れの斯波様と大和守家の件、若も忘れた訳ではありますまい」
爺の窘めに、思わず俺も唸る。
昨年捕まえた大和守家の家臣を使って色々と工作をしたのだが、ついついやり過ぎて問題が起きてしまったのだ。
「うっ……分かっておる。アレは儂も正直やり過ぎたと反省しておるのだ。いい加減、そうやって儂をイジメるのは止めてくれ」
俺のしょんぼりした態度に、爺はやれやれと首を振ってまたため息をついた。
全く、新年早々そんなにため息をつかなくたっていいじゃないか。
爺の横では、俺が説教されているのが面白いのか、半蔵が嬉しそうに笑っている。
半蔵め。お前も共犯だってこと、すっかり忘れているみたいだな。
あとでしっかりと説教してやる。




