敵の不幸
坂井大膳
織田大和守家の実権を握っていた四人の家臣の一人。
他に、坂井甚介、河尻佐馬丞、織田三位がいた。
前話、五里を五町に修正致しました。
1546年(天文15年) 10月中旬 美濃国 山間の谷 坂井大膳
「坂井様、敵の集団を補足したとのことにございまする」
「うむ、ご苦労。皆に迎撃の支度をさせよ」
「はっ」
美濃国の尾張寄りに位置するこの谷で、儂らは今軍陣をはっている。
簡易的な柵を作り、左右は崖に挟まれた状態。
数の利を生かすのであれば包囲した方がと考えるやもしれぬが、今回はこれで良い。
儂らの狙いは山城守(斎藤道三)と弾正忠家の間に亀裂を作ることにある。
「大膳殿、信長は無理やり突っ込むつもりですかな?」
儂と共に陣を張っておる佐馬丞が、嬉しそうに話しかけてくる。
「のようだな。こちらの五百に対し、あちらは百五十。荷運びの下男などを除けば、戦えるのは百もおれば良いところであろう」
「ふふ、信長は数の大小も分からぬようですなぁ。流石は大うつけ、と言ったところでしょうか」
「ふむ。しかしうつけは仮初であったと噂もあるようだが」
弾正忠家の大うつけ。あの嫡男はずっとそう呼ばれておったが、今年に入り、それが仮初ではないのかという噂が立ち始めた。
「あれは弾正忠(信長の父、信秀)が自分の嫡男を庇っておるだけでしょう。この陣営に突っ込んでくるとは。神の力だなどと言ってはおっても、やはりうつけには違いありませぬ」
ふむ、やはりそうであろうな。最近巷では、尾張のうつけに神が宿ったなどと噂が蔓延しておる。確かに多少の御利益はあるようではあるが、やはり本人があれではどうにもなるまい。
儂らの主である織田大和守様も、神に逆らうのは恐ろしいなどと言い出しておる始末。全く嘆かわしいわ。傀儡は傀儡らしく大人しくしておれば良いのだ。やはり大和守家は、儂とこの河尻佐馬丞、それから坂井甚平と織田三位の四人で盛り立てていかねば。
「む、見えて来たな」
敵が五町(五百メートル強)ほど先で陣営を作る。とは言っても百人程の寡兵だ。陣営も何も無いがな。
敵は一部をそのまま残し、残りが徐々にこちらへと前進してきた。
野戦の開始は勢いが肝要だ。しかし始めから全力で走らせては兵の体力がもたん。それ故矢の届かぬ二町程の所から走らせるのが常であるが……
「……止まったの」
「そのまま突っ込んでくるかと思いましたが……ここに来て怖気づいたのでしょうか」
敵がその二町ほどで進軍をやめた。
まさかここまで来て怖気付いたなどとふざけた話は無いと思うが……味方の兵も、敵の行動を訝しみ始めておる。
いかんの。兵の気を引き締め直さねば。二百の弓兵に矢を放たせるか。この距離では矢を放ってもほとんど意味を為さぬ。が、威嚇程度にはなるであろう。
「弓隊に矢を放たせろ。二百の矢を食らえば、そのまま怖気づいて逃げ帰るやもしれぬ」
「ふふ、確かに。一度腰が引けてしまえば、この数の差です。後はどうとでもなりましょう」
二町では殺しは出来ぬであろうが、大量の矢が降ってくるのだ。その恐怖は相当であろう。敵は高々百程度。戦いにもならぬであろうな。
儂がそう高をくくっておると、兵の前方がなにやら騒めき始めた。
「どうした。何があった」
すると、前方からの遣いが慌てて儂の所に走ってくる。
「報告いたします! 敵陣より攻撃! お味方の兵が次々にやられております!」
「何っ!?」
まだ距離は二町。しかも敵からは弓が放たれた形跡もない。どういうことだ?
「石です! 石が真っすぐとこちらに放たれております!」
「なんだとっ!?」
ありえぬ! 弓ですら曲射でやっと届くかどうかの距離。それの距離を石が真っすぐ飛んでくるなど有り得るはずがない。
しかし前方に目を凝らすと、確かに敵陣から石が投げつけられておるのが確認できた。
味方から血しぶきが舞い始める。
「矢を! さっさと矢を放てぃっ!」
「駄目です! この距離では威嚇にしかなりませぬ!」
くっ、そうであった。
儂が焦っておる内に、味方がどんどんやられていくのが分かる。
投石の狙いは然程ではあるが、こちらが固まっておるのが仇になっておる。
散開……もダメだの。左右は崖だ。っく、全てが裏目に出ておるではないかっ!
「えぇいっ、このままではやられてしまう。陣を捨て、兵を突っ込ませろ! 敵は高々百だ、怯むなっ!」
儂の言葉に、将たちが“突っ込めぇっ!“と声を上げる。
しかし兵たちの反応は鈍い。
「何をもたもたしておるっ! 行けぇっ! 怯むなぁっ!」
儂と将達の再三の声に、やっと兵が動き始めた。しかしその先頭から次々と倒れていく。
そして更なる悲鳴が上がった。
「なんだ! 何が起きた!」
「槍です! 槍が飛んできています!」
「槍じゃと!? えぇい、何でもかんでも飛ばしおって! 構うな、進めぇっ!」
石に混じって槍が放たれ、味方を貫いていく。っく、一体どうなっておる!?
――ズドンッ、ズドンッ、ズドズドンッ!
続き様に今度は鈍い衝撃音が儂の耳に届く。
「今度はなんじゃ!」
「い、岩です! 頭ほどの岩が敵方より飛んできております!」
訳が分からぬわ! 何故岩が飛んでくる。敵は鬼でも飼っておるのか!?
味方も士気も最早風前の灯では無いか。これでは戦にならん!
「えぇい、やむを得ん。撤退じゃ。撤退の準備を致せ!」
儂がそう決断し、周りに伝令を出させる。しかし今度は陣の後方から悲鳴が上がる。
今度は一体何だと言うのだ……
「鬼です! 陣後方にて鬼が暴れております!」
本当に鬼を飼っておるのか!? そんな馬鹿な話があってたまるかぁっ!
何だ。一体何が起きているというのだ。
訳の分からぬうちに、訳の分からない方法で次々と味方がやられておる。
これは夢か? 儂を悪い夢を見ておるのか?
儂がそんな逃避をしておると、敵陣より声が響いた。
『武器を捨てよ! 命は助ける! その場にひれ伏せ!』
『武器を捨てよ! 命は助ける! その場にひれ伏せ!』
『武器を捨てよ! 命は助ける! その場にひれ伏せ!』
敵の攻撃がやみ、その唱和が戦場に響き渡る。
敵の声に味方の兵がどんどんひれ伏し、終には戦場に立つのは敵と我々騎乗の将兵のみとなってしもうた。
そして――
――ズドンッ!
――ヒヒィィンッ!
真っすぐと飛んできた槍が儂の愛馬を貫き、暴れ出した馬によって儂はその場に投げ出された。
自分の天地がひっくり返るのを感じながら、儂はこれが夢であることを切に願った。
シリアスで書きたかったのですが、諦めました。
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