親子と酒と
1544年(天文13年) 6月下旬 那古野城 吉法師
親父が那古野城に顔を出した時を見計らい、俺は対面の時間をとってもらった。この時期の親父って、あんまり那古野城にいないんだよな。母親と弟がいる勝幡城に行ったり、その他沢山いる側室さんの所に行ったり。俺の弟や妹って確か最終的に20人近くなるんじゃなかったっけ? まぁいいか。親父に余り深くかかわるよりはマシだな。
親父のところに向かうと、なんだか前に見た時よりもちょっと疲れた顔をしていた。そんな親父を見て、俺は思わず指摘してしまう。
「親父、どうした。少し顔色が悪いぞ」
俺に指摘されたからか、少し気まずそうに頬をボリボリと掻く親父。
「大したことではない。最近少し面倒な奴の相手をして疲れておるだけだ。気にするな」
「……そうか」
面倒な相手って誰だろう。新しい女とかか? 俺が親父の言葉の意味を考えていると、親父から声が掛る。
「それよりも、なんぞ儂に用があったのではないのか?」
「ん? あぁそうだった。今日は親父に献上したいものがあってな。親父もきっと喜ぶぞ」
俺の言葉に、親父の顔色が少し良くなるのが分かった。
「ほう、ワシの喜ぶものか。中務(政秀)達を使うてなんぞしているとは聞いておったが、それが形になったと言う事か?」
「うむ、まぁそう言う事じゃ。今持ってこさせるから少し待ってくれ。――おおい! 入ってこい!」
俺は外に待機していた半蔵と久秀に声をかけ、酒を運ばせる。仄かに香る酒の匂いに誘われ、親父の目が樽に釘付けになる。
「ほう、酒か……」
「うむ、しかしただの酒では無いぞ。久秀、親父に酒を注いでやってくれ」
俺は用意していた正月用の盃を親父に持たせ、清酒を注がせる。すると注がれた透明の酒を見て、親父の目がクワッと開かれた。
「なんじゃこの酒は……水の様に透き通っておるではないか」
「な? 凄かろう? ワシが考え作らせた清酒じゃ。凄いのは見た目だけではないぞ? くいっといってみてくれ」
親父の驚く姿に喜びが抑えきれず、俺はニヤニヤしながら親父の反応を楽しむ。親父は清酒を一口で飲み干し、そのまま目を瞑って余韻に浸っている。
「どうじゃ親父。米の香りや甘さが濁り酒とは別物であろう?」
俺は親父の返事を期待したが、親父はそのまま盃を久秀に向け、お代わりの催促をし出した。
「お、おい親父。なんか言うたらどうじゃ」
「うるさい。儂は今この清酒とやらを堪能しとるところなんじゃ。少し黙っとれ」
子供の様な事を言いながら、お代わりを催促する親父。久秀も困った様にこっちを見るため、俺も仕方なく頷きお代わりを注がせる。
何度かお代わりをしたあと、親父がやっと口を開いた。
「はあぁ。お主を生ませて良かった」
とても満足したように、ただそう零す親父。
「おい、酒を造った答えがそれとはどういう事じゃ。それはあくまで金儲けの一つぞ」
思わぬ親父の言葉に、俺はついむくれてしまう。そんな俺を見て、ご機嫌な様子で笑う親父。
「かっかっか、そうむくれるな。仕方が無かろう、本当にそう思うたんじゃから。しかし本当に凄いのう。うむ、大義じゃ」
酒も入り、清酒の余韻に浸ってご機嫌マックスな親父。このついでに半蔵の事も報告してしまおう。
「うむ。それともう一つ報告があってな。ここにおる男、服部半蔵保長という。こいつとその配下を召し抱えた」
「ほう、そうかそうか。中々よい面構えではないか。うむ、よう見つけてきたな。して、何人くらい召し抱えたんじゃ?」
「そうじゃのう、ざっと六十程かの」
本当は200近くになるが、忍び働きをするのは60ほどだ。嘘ではない。
「ろ、ろくじゅうか。ようそんな者を召し抱えられたの。……ん? 服部? 服部というと、確か三河の松平が雇うておる忍も服部ではなかったか?」
「うむ。その三河の服部をそのままそっくり召し抱えてやったぞ」
得意気な俺の発言に、口をポカンと開けて固まる親父。おうおう、驚いていらっしゃる。
親父はしばらくフリーズしていたが、やがて正気を取り戻し、口をパクパクさせながら話し出す。
「お、お前は……本当に滅茶苦茶な奴じゃのう。まぁえぇ。そうか、三河の忍びをごっそり頂いたか。そうかそうか」
始めは驚いていたくせに、もうニヤニヤし始めた。きっと三河の力が落ちたことを喜び、何か企んでいるのだろう。
「親父よ。三河に色気を出すのも良いが、まずは美濃に本腰を入れれた方が良いのではないか? 三河の後ろには今川もおる。いくら親父と言えど、今川と美濃を同時に相手どるのは厳しいと思うぞ?」
確かこの年の2年ほど前に、親父は第一次小豆坂の戦いで今川に打ち勝っている。小豆坂七本槍と呼ばれた勇士が活躍した戦いだな。半蔵達がこちらに付いたことで三河が若干弱体化したのは確かだろうが、今川はまだピンピンしてるからな。寧ろ前回の戦いの雪辱を晴らそうと虎視眈々と力を溜めているかもしれない。
それに確か、美濃の斎藤道三が美濃土岐氏を破って、追い出された土岐頼芸が親父である信秀を頼ってきたのってこのくらいの年じゃなかったか? あぁもしかして、さっき親父が言っていた面倒な相手ってこいつのことか。
「む。まぁ確かにそうじゃのう。まぁ松平から目を取り去ったことで、あちらの動きが鈍くなるのは確かであろうよ。その間に美濃に攻め込むか……しかし吉法師よ。お主、よう見えておるではないか。うつけの振りはもう終いにしたのか?」
嬉しそうにニヤニヤしながら、親父が俺に問うてくる。うっ、ついやってしまった……しかし、親父にはやっぱりバレていたか。まぁ色々動いてはいたし、仕方が無いな。まぁでも、表面上は取り繕らないと。
「うん? 何のことじゃ。ワシはただのうつけぞ。いや違うか。酒を造り、銭を稼ぎ、その銭をばら撒いて遊び惚ける、大うつけじゃの」
俺も良い笑顔で親父に返してやる。すると親父はブフッと吹き出し、機嫌よく豪快に笑い出した。
「かっかっか! そうかそうか。いやはや確かにそれは大うつけじゃのう。うつけが銭を稼ぎ出したら手が付けられんわ。よし! ではワシはそんな大うつけの息子に甘い、ダメな親父と洒落こむとしようかの。この酒、まだ数はあるんじゃろう?」
「うむ、酒樽にようさん詰めておる。この清酒は濁り酒に比べて日持ちもするからの」
「そうかそうか。ではそれを、儂が全部買うてやろう。そうじゃの、五百貫でどうじゃ」
「ご、ごひゃく!?」
……たまげた。五百貫と言えば現代で言うとざっくり計算して五千万円くらいだろ。確かに酒樽が何個もあればそれなりの値段にはなるだろうけど、それにしても五百貫は高すぎだ。
俺の驚く姿を見て。またニヤニヤとする親父。
「なぁに、松平から忍をごっそり引き抜いた褒美とでも思うておけ。それにの、この五百貫はそれほど馬鹿げた値段でもないぞ?」
「ん? そうなのか?」
俺は親父の言う意味が分からず、久秀や半蔵の顔を見る。しかし二人も首を傾げるばかりで分からない様だ。
「ふふ、分からぬか。この清酒はただ売るだけでもかなりの値段になるであろう。しかしな、これを帝に献上してやるのよ。そうすれば、お上も口にしている有難い酒として更に価値が上がる。そうすれば、尾張の清酒としてかなりの値段をつけても瞬く間に売れていくであろうよ」
悪い顔をしながら話す親父に、俺は開いた口が塞がらない。親父はつまり、この清酒に公家御用達の付加価値を付けてしまうと言う事だ。そりゃあそうすれば、物の希少性と話題性でとんでもない価値が付くだろう。少々多く作って希少性を下げても、付加価値があれば値は余り下げなくていいかもしれない。
はあぁ、信長の金銭感覚も戦国離れしていると思ったけど、この親父も大概だな。信長親子は頭がどうかしている。親父がこうした感覚を身に付けたのは、きっと熱田や島津という交易都市からの利益によって勢力を拡大してきたからだろうな。いやはや、大したもんだ。
俺は公家とか将軍とかは面倒くさそうだから出来るだけ関わらないようにしようと思っていたが、そういう利用の仕方ならありかもなぁ。
「なるほどなぁ。流石だな親父。よし、帝への献上は任せたぞ。ワシはどんどんこの清酒を作るぞ」
「うむ、そうしろ。また今度、熱田の商人でも紹介してやろう。あぁお前は大うつけだから、中務辺りにやらせた方が良いのであったか?」
嬉しそうに話す親父。あぁダメだ。俺この人好きだわ。いざとなったら切り捨てようかと思っていたけど、ちょっと無理そうだなぁ。
「そうじゃの。ワシは盛大に銭をばら撒くのが仕事じゃからの」
俺も楽しくなってついつい笑顔になってしまう。親父は確かあと七年ほどで死ぬはずだ。それまでの間も、美濃との戦いでかなりの苦戦を強いられたはず。余り介入はしたくなかったけど、ちょっと考えてみるかなぁ。
はぁ。こうなるのが嫌だったから、親父とはあまり関わらないようにするつもりだったのに……まぁ仕方が無いか。俺はこの人をもう見捨てられそうにない。史実にあまり影響のない範囲でどうにか助けてやれないか、少し考えてみるとするか。……かなり無理ゲーな気がするなぁ。
織田弾正忠信秀 信仰度
青 30P→35P 白 0P
半蔵が吉法師を監視しし始めた時期や理由について分かりにくいとのご指摘をいただきました。
活動報告にて詳しい背景を記載させていただきましたので、ご一読いただければ幸いです。
これまでの本文に関しましても、一部加筆修正させていただきましたが、活動報告の内容を読んでいただければ再読は必要ありません。
今後も理解しにくい点や説明が不足している点等ございましたら、ご指摘いただければ幸いです。




