八兵衛
1544年(天文13年) 6月中旬 那古野城 吉法師
半蔵との邂逅から数日後。俺は半蔵を他の皆に紹介する為、爺と久秀、それから八兵衛を呼び出した。平手親子は半蔵を訝しげに見ていたが、八兵衛は寧ろ俺の方を申し訳無さそうに覗き込んでいる。多分伊賀忍である事を黙っていた事に対してだろう。
俺が半蔵のことを紹介すると、爺はジッと半蔵の目を覗き込んだ後、はぁとため息をつき、
「まぁ良いでしょう。忍を召し上げることには賛成しましたし、この者も良い目をしておりまする。しかしながら若、いつこの者とお会いになったのですかな? 私の下にはそう言った知らせは入っておりませんでしたが……」
と目を細めてこちらを見てきた。あの目は大体検討の付いている目だ。なのにわざわざ聞いてくるなんていやらしい爺さんだな全く。
「ま、大体爺の想像の通りだ」
やれやれと首を振る爺さん。
「あまり無茶はせんでくだされ。爺の寿命が縮んでしまいまする」
「うっ……わかった。気を付ける」
寿命を持ち出すとはずるいぞ、爺さん。半蔵もちょっと気まずそうだ。
「久秀はどうだ?」
「某は若の御意志に従いまする。生まれでその者の能力を決めてしまう愚かさは、八兵衛を召し抱える際、父より教え込まれておりますれば」
なるほど。八兵衛は余程能力的に優秀だったんだろう。人柄もかな。それで爺の眼鏡にかなったのか。爺さんやるな。久秀も爺からの教育のおかげか、意外と器がでかい。しかしこれはどうかな?
「ちなみにその八兵衛も、この半蔵の一族らしいぞ」
「なっ!?」
俺のカミングアウトに、流石に驚いた様子の久秀。その八兵衛の顔からは、汗がじっとり流れ出してちょっと面白い。爺さんは……ありゃ、ショックのあまり固まってしまっている。八兵衛、爺さんにも黙ってたのか。
……そういえば良く考えたら、八兵衛のやってたことって所謂間諜だもんな。半蔵が仲間になったから、八兵衛の事もさらっと流してしまおうと思ってたんだけど……こりゃちょっと認識が甘かったな。この場で話を出したのは軽率だったかもしれん。
久秀は目を瞑りしばらく考え込む。久秀は真面目だから、間諜なんて許せないのかもしれない。
しかしその久秀からは、意外な言葉が飛び出した。
「であれば、なおさら某から申すことはございません。八兵衛は某の元服時から平手家の為に身を尽くして働いてくれておりまする。その八兵衛の当主である半蔵殿のお力も、疑いようもないでしょう。」
ふむ。久秀は八兵衛の事を余程信頼しているみたいだ。間諜の事についても触れてこない。俺の判断に任すってことかな?
しかし、久秀って今20歳くらいだよな。元服時からってことは少なくとも五年以上仕えているのか。半蔵はそんな前から俺の周りに一族の者を送り込んでいたってことか。恐いわ。
いつもニコニコしている八兵衛の顔が、今は百面相みたいになっている。早くフォローしといてやらんと。
「八兵衛、お主の事は半蔵より聞いておる。ワシの、ひいては尾張の内情を探るために、平手家に仕えておったらしいな」
「……はっ」
いかんな、八兵衛の顔が青い。この時代のスパイって確か即斬首だっけ? でも半蔵が味方になったんだから、俺はもう気にしなくてもいいと思うんだけどな。そんな訳にもいかないのか。
爺に目線を送る。爺さんも少し心配そうな顔をしているな。余程八兵衛の事を大切に思っているらしい。じゃぁもう許してやって良いってことだよな? うん、ここはゴリ押してしまおう。
「爺よ、お主に代わり八兵衛の処断はワシが下す。良いな?」
「……はい」
そんな心配そうな顔すんなよ。俺がここで癇癪を起すとでも思ってんのかね。だとしたら悲しいわ。あぁでも以前の吉法師なら起こしてたのかもしれないな。
「八兵衛、ではお主の沙汰を申し渡す。お主が尾張の情報を半蔵に流しておったこと、非常に許し難し。が、今までのそなたの平手家へに対する働きは爺より聞いておる。よってその忠義に免じ、今までのことは不問とする。今後は平手家、延いてはワシの為にもその身を尽くせ。八兵衛よ、よいな?」
「……ははっ!」
いつもニコニコとしている八兵衛の顔が、今は涙でぐちゃぐちゃだ。平手爺も安心した顔をしているな。久秀もどことなく嬉しそうだ。まあ半蔵が仲間になった時点で、俺的にこれは茶番なんだけど……いかんいかん、俺の間諜に対する認識不足のせいで招いた事態だ。ちゃんと反省しよう。
「よし、ではこれで八兵衛の処遇については終いだ。半蔵、八兵衛、これからのお主たちの働きに期待する」
「「ははっ」」
俺の言葉に平伏する二人。うん、これで忍者の仲間をゲットだぜ。あ、給料とかの話をしてねぇや。あと住む場所も決めないと。まぁでもとりあえずそれは後で良いか。色々と皆に相談しながら決めていこう。
「よし、これで一件落着だな」
いやぁ、八兵衛の話を出した時はどうなるかと思ったけど、なんとか上手くまとまってよかったよかった。などと安心していたんだけど、爺さんがしっかりと口を挟んできた。
「若、何を嬉しそうにしておりますか。こういうことは予め教えて頂かなければ困りまする。また爺めの寿命が――」
「あーわかったわかった。今回はワシも認識が甘かったと反省しておる。許せ。というか爺よ、お主は一々寿命を持ち出すでない。お主の寿命がそんな簡単に縮んで堪るか。後三十年は生きそうじゃ」
「今回は、ではござらん。今回も、にございまする。しかし三十年とは、これはまた酷いことをおっしゃる。しかしそうですなぁ。まだまだ若を教育させて頂かなければなりませぬ故、老骨に鞭を打たせていただきましょうか」
「うむ、打て打て。ワシも手伝うぞ」
お互いに、ニヤニヤしながら軽口を言い合う。久秀や半蔵も笑っている。八兵衛の顔にもいつのまにか笑顔が戻ってきた。やっぱり八兵衛は、笑っている顔が一番だな。
八兵衛 信仰度 青 25P→35P 白 15P
服部半蔵保長 信仰度 青 30P→32P 白 10P
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