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達吉

 村から隔離された数件の小屋。決して広いとは言えないその古びた建物の中で、咳き込む老人や痩せ細った子供などが横たわっている。もっと死臭が立ち込めているのかと思っていたが、世話役の人間がちゃんと後片付けをしているせいか、思ったよりも臭いはきつくない。


 この周辺の小屋には、全部で20人程の人間が住んでいるらしい。この村の人口は大体100人ちょっと。それに対して20人というのは、少々多い気がする。その辺りの事を庄屋に尋ねてみると、


「ここにいる病人は、この村の者だけではありません。何代も前から徐々に周辺の村からも病人が集まるようになり、今ではその……病人の捨て場、のようになってしまっています。私の祖母も流行病に侵された際に、ここへ連れてこられたそうです。それからは、定期的に食料だけは運ばせるようにはしているのですが……」


 捨て場、と言ったように、病人たちに対して少し罪悪感の様な物を感じているのだろう。庄屋は気まずそうに教えてくれた。


 この時代、病はとても身近で抗いようのない恐怖そのものだった。だから身近な人間が不治の病に侵されれば、自分たちにその被害が及ばないように遠ざけるのは仕方のない事だったのだろう。なんともやるせない話だが、医療が進んでいないこの時代ではどうしようも無い話か。


 庄屋の話を聞き少し暗くなっていると、外から若い男性の声が聞こえてきた。


「あれ……庄屋様じゃなかですか。こげなところにどうして庄屋様が……」


 声の方に視線をやると、片手を失った一人の青年が目に入る。おそらく彼がこの辺りの病人の世話どりをしているのだろう。青年は片手に水の入った桶を持ったまま、恐縮してこちらを窺い見ていた。


「達吉か、ご苦労だな。うむ、その、こちらの方々のお供をさせていただいておってな……」


 俺がまだ治すとひと言も言っていないからか、どう答えた物かと悩んでいる様だ。俺は久秀に、ここにいる病人全てを治すことを伝える。 


「お社様は、ここにいる病人全てを治療して下さるとおっしゃっておられる」


 久秀の言葉に、「はぁ……」と間抜けな返事をする達吉と呼ばれる青年。ここにいる病人は、この時代では手の付けようがないものばかり。それを治すと言われても、今一つピンとこないだろう。

 そんな達吉の態度を見て、庄屋が慌てて怒鳴り声をあげる。


「これ達吉、なんだその態度は! こちらにおわすのは、神より授かった奇跡の力を持つお社様と、そのおつきの方々だ。儂の娘もそのお力で救っていただいたのだ。さっさと頭を下げんか!!」


 庄屋の言葉に慌てて平伏してしまう達吉。


「へ、へぇ。これは面目ねぇです。……てこたぁ、オラのおっとうも、助けていただけるってこと……ですか?」


 恐る恐る尋ねてくる達吉に、光を強くともらせ返事をしてやる。しかしそれを見た達吉は、「ひ、ひえぇ……」と更に恐縮してしまった。いかんな、驚かせてしまったらしい。

 俺は気を取り直すためにもゴホンと咳ばらいを一つし、久秀に病人の下へと案内させる。


 移動する際、達吉も一緒に来るよう呼びつける。すると彼は慌てて俺たちの下へとやってきた。ここの世話をしている彼であれば、誰よりもここの患者の症状を知っているだろう。俺は彼に案内役を任せ、症状を聞き、順番に治療を始めていった。


 駕籠から光があふれ、患者を包み込む。初めは大いに驚いていた達吉であったが、苦しんでいた人々が穏やかな顔つきになるのを見るにつれて、次第に頬を緩め、うっすらと涙を浮かべ始めた。そして最後の患者である男性の治療が終わり、その患者がゆっくりと目を覚ます。


「おっとう、大丈夫かい? 体の調子はどうだい?」


 彼の父親であるらしいその男性に、達吉が優しく声を掛ける。


「ありゃぁ、達吉か。いつもすまねぇなぁ……でもなんだか、今日は身体がえれぇ楽だ。こりゃぁ、もうすぐお迎えが来ちまうのかねぇ」


 そう言って笑う父親をみて、達吉はその手を握りしめ、「何言ってんだい」と笑いながら目を濡らす。そして、「よかった、よかった……」と顔を俯かせながら体を震わせ、自分のひざにポタポタと染みを作りはじめた。

 そんな達吉に父親は苦笑しつつ、


「なぁに泣いてんだ。オラが死んじまっても、おめぇさんの行いは、ちゃぁんと神様が見ていて下さる。なぁんも心配するこたぁねぇ。人様のために、しっかりと働かせてもらえ」


と彼をあやす様に、背中をポンポンと優しくたたいた。俺の傍でも、誰かが鼻をすする音が聞こえる。

 どういう経緯で達吉がここの世話をしていたのかはわからないが、きっと今まで不安で仕方が無かったのだろう。そんな彼がまるで子供の様に泣く姿ををみて、俺も思わず目頭が熱くなるのを感じてしまった。

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