お道
いきなりの爺の申し出に困惑しつつも、俺は爺の相談を聞くことにした。
「分かった聞こう。申してみよ」
「はい。この子は極端に口数が少なく、こちらから話しかけても反応が乏しいことが多いのです。会話をしてみても、どこか上の空で話がかみ合わず……数年前までは妻がいつも側で可愛がっており、活気のある娘であったのですが……妻が亡くなってからはほとんど部屋からも出ず、一人部屋に閉じこもっているばかりでして。どしたものかと思い悩んでおるのです」
ふむ、確かにちょっとぽわぽわしている感じはあるな。発達障害か何かなのだろうか。本人に少し質問してみようか。
俺はお道の方に体を向け、ゆっくりと質問してやる。
「お道よ、一人で部屋にいる時は、何をしておるのだ?」
「読み物が、好き、です」
うぅん、喋り方がたどたどしくて、話が確かに微妙にかみ合っていない。
「何を読むのじゃ」
「源氏、物語が、好き、です」
源氏物語か。ってことは、読書は普通に出来ているんだよな。頭の病気ではないんだろうか……なんだかお道が不安そうな顔をしている。俺が恐いんだろうか。
「お道よ、ワシが恐いのか?」
「……いいえ」
首を横に振りつつも、やはりお道の顔色は晴れない。
「では、何を恐れているのだ?」
「いいえ、いいえ……」
問いかけてみても、お道はただただ首を横に振るばかり。仕舞には、身体も少し震えだしてしまった。これじゃぁ俺がいじめているみたいじゃないか。久秀の俺への視線も明らかに厳しいものになってきている。
うぅん、しかし一体何を恐れているんだろう。恐れるということは、何か理由があるはずだ。そして俺が恐い訳ではないのであれば、他に考えられるのは……もしかしてお道は、自分の体の異常に気が付いているんじゃないか? そしてそれが暴かれるのを恐れている、とか。だとしたら……
「爺よ。この者らには、ワシの力を教えてしまっても構わんのだろう?」
「はっ。元よりそのつもりで、信のおけるものを連れて来ております」
「なるほど。ではお道の話の前に、ワシの力を三人に教えておこう。三人ともワシが良いというでその場で動く出ないぞ」
俺はあらかじめ三人に釘をさし、懐から脇差を取り出し鞘を外す。いきなりの俺の行動に久秀たちは身構えるが、俺はそれを目線で抑え、そのまま自分の手の甲を浅く切って見せる。
「若! いきなり何を……」
傷から血があふれ、ポタポタとしたたり落ちる。それを見て、俺の能力を知っているはずの爺が俺を諫めてきた。そんな心配性な爺に苦笑しつつ、俺は脇差を置き、傷にもう片方の手を添えてやる。
「三人とも、よう見ておれ」
――≪浄化≫――
――≪回復≫――
傷口を綺麗にしてから、塞いでやるイメージで回復スキルをかける。体から光があふれ、後には綺麗に治癒した手の甲が現れた。
「なんとっ!!」
「馬鹿な……」
男二人が驚き、目を見開いている。一方お道はというと、俺の方をじっと見つめ、何やら考えこんでしまった。
「これがワシが神より授かった力じゃ。ワシはこの力を使い、様々な怪我や病を治すことが出来る。お道よ。そなたの抱えておるものも、ワシにならば解決してやることが出来るかもしれん。どうか、話を聞かせてはくれぬか?」
怖がらせないように、ゆっくりと、優しく声を掛けてやる。しばらく考え込むお道。そして彼女は意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「耳が……」
「うん」
「耳が、聞こえません……」
「……そうか」
「耳が、聞こえません。耳が……聞こえません。……ごめん、なさい。父上……ごめん、なさい……」
手にギュッと力を込めながら、ぽろぽろと涙を零し爺に謝るお道。爺は彼女の言葉が余程ショックだったのか、顔を青くし呆然としている。そして次第に顔を赤くしたと思えば、お道に駆け寄り、強く抱きしめた。
「何を謝ることがある! 謝らねばならんのは儂の方じゃ。すまぬっ、お道よ。お主の苦しみに、儂は少しも気づいてやれなんだ……すまぬ、本当にすまぬ……」
「ごめん、なさい。ごめん、なさい……」
抱き合ったまま、互いに謝り続ける二人。爺の目からも、涙があふれ出ている。
仏教の教えに因果応報という考え方がある。悪いことをすれば悪い結果が、良いことをすればよい結果が生まれる。だから善行を積み、悪行を成してはいけませんよという教えらしい。これ自体は、俺もなるほどと納得できる。
だがこの時代、この教えが誤った受け取り方をされ、盲目や難聴、奇形といった障害を持つ人々は、過去に悪行を成したがために障害を持ってしまったのだ、などという悪評を背負わされている。
障害を持ちつつも活躍した過去の偉人は何人もいるが、そんな人たちはほんの一握り。その他大勢の障害をもつ者たちは、蔑視され、不当な扱いを受け続けていた。
おそらくお道は、小さい頃は耳がちゃんと聞こえていたのではないだろうか。出なければ、こんなにも綺麗な発音が出来る訳がない。しかし何らかの理由で後天的に耳が聞こえなくなってしまった。爺の奥さんがずっとそばにいたみたいだから、おそらく奥さんは知っていたんだろうな。けれど、世間の悪評から娘を守るため、そのことを隠していたんだろう。
旦那である爺にも黙っていたのはなんでなのか良く分からないが……もしかして、俺の奇行に頭を悩ませていた時期で、それ以上爺に負担を掛けまいと奥さんが気を遣っていたんだろうか。だとしたらこの原因の一端は俺にもあることになるけど……ま、まぁ、奥さんはもうこの世にいないわけだし、そこを悩んでも仕方が無いよな。大切なのは、これからだよ、うん。
しかしこの子もすごいよな。自分が難聴であることを、今まで周りに気づかせなかったんだから。多分母親が色々と手を回していたんだろうけど……母親が急になくなって、さぞかし不安だっただろう。自分の唯一にして最大の味方がいなくなってしまったんだから。出来れば俺も、この子の力になってやりたい。
「爺よ、あまり強く抱きしめてやるな。お道が苦しそうではないか。それに、そろそろ治療をしてやりたい。一度離してやってくれ」
「……は。申し訳ありませぬ。お見苦しい所をお見せしました」
涙を拭いつつ、目を伏せて後ろに下がる爺。俺はそんな爺を見ながら苦笑する。そしてお道に向き直り、視線をこちらへ向けさせた。
「お道よ。ワシはお主の耳を治してやりたい。力を使っても良いか?」
俺の問いに、力強くうなずいて返すお道。
「はい」
その言葉を聞き、俺は少しほほ笑んでやりながら、心の中で念じる。
――≪浄化≫――
―――≪回復≫―――
――≪浄化≫――
浄化で綺麗にしてから回復をかけ、さらに念のため浄化を施す。いつもより回復が少し長めにかかったが、それでも問題なく治療を終えることが出来た。この半月弱で、貯まった信仰ポイントは三千以上になる。そして今回のスキルで使用したのは、10+50+10の70ポイント。なんというか、これだけ思い悩んでいた一人の苦しみが、たった70ポイントで解決してしまうという現実に、少し寒気がする。神様にとって、人ひとりの悩みなんてそんなものだと言われている様で……いや、考えすぎだよな。
それよりも、お道の耳がちゃんと聞こえるようになったか確認しないと。感触的に、多分大丈夫だとは思うんだけど……
「お道よ、どうじゃ? ワシの声が聞こえるか?」
お道に問いかけてやるが、彼女はしばらく呆然とした後、再びぽろぽろと泣き出してしまった。失敗したか? と一瞬不安がよぎったが、彼女はそのまま平伏し、
「ありがとう、ございます。ありがとうございます。ありがとうございます――」
と、何度も何度も感謝を俺に伝えてきた。自分の言葉をかみしめるように、何度も、何度も。
そんな彼女の姿を見ながら、俺は力になれた喜びを心から感じた。そしてそれと同時に、自分が得た力の大きさを、改めて思い知らされたのであった。
道 信仰度
青 18P→20P 白 35P
平手五郎左衛門久秀 信仰度
青 11P→32P 白 20P
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