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side 政秀

この作品はフィクションであり、史実とは異なる部分があります。



1544年 (天文13年) 平手邸 平手中務政秀


 今日も一日仕事を終え、邸へと帰宅する。

 以前であれば妻の顔を見て疲れを癒すことも出来たが、もうその妻はこの世にいない。

 人生五十年と言われるこの世で、妻が亡くなったことは何の不思議も無いことではある。

 しかし、儂のとって妻の存在がどれほど大きなものであったか、失くした後で気づかされた。


 織田家の家臣として弾正忠様にお仕えし重用していただき、嫡男である吉法師様の傅役の大役を頂いた。

 武士として順風満帆であった儂の人生であったが、傍には常に妻の存在があった。


 幼少の頃は聡いお子であった吉法師様が、日に日に破天荒な行動をとるようになり、周りからうつけなどと呼ばれるようになって久しくなったある日。

 先行きが見えず頭を抱えておった儂に、妻がこんな言葉をくれた。


「傅役であるあなたがそんなことでどうします。あなた様は若様の道標となるべき存在です。若様は必ずや立派な武将にお育ちになると、あなた様がおっしゃっていたではありませんか。今の若様だけを見るのではなく、過去と今、そして将来の姿を見つめ、若様をお導きさせて頂くべきなのではございませんか?」


 その言葉で、儂の頭にあった靄が一気に晴れた気がした。

 儂は今ばかりに囚われ、周りの評価に流されるだけで、若様のことを本当に考えることが出来ていたのだろうか。破天荒な若の、傅役としての自分の評価ばかりを気にしてはいなかったか。

 儂は妻の言葉に気づかされ、己を恥じた。そしてどんなに疎まれようとも、若の道標となれるようお傍に控えさせていただこうと心に決めたのだ。


 そんな若が、今悩んでおられる。


 松の木から転落されたあの日、儂は本当に胸が潰れる思いであった。もしこのまま若が目を覚まさなければ、儂も共に……と心に決めたほどだ。

 若が無事目を覚まされた時は、涙が止まらなんだ。わき目もふらず号泣したせいか、若には怪訝な顔をされてしまったが。


 今の若は、以前の若とは雰囲気が変わってしまわれた。

 神より授かったという奇跡の様なお力と知識の代償として、過去の記憶を神に捧げたからであろう。

 しかし儂には分かる。たとえ記憶が無くなろうとも、根っこの部分は変わっておらんことを。

 若が天下とおっしゃったとき、儂は幼少の頃の若のお姿を見た様な気がした。

 記憶を失った以上詮無きことやもしれぬが、若は幼き頃から何か大望を抱いていたのやもしれぬ。

  

 若のあの力は余りに大きく、今の若ではその力に潰されてしまうやもしれぬ。

 儂が支えとなり、若をお導きさせていただかなければ。



 

 そんな若が、村に赴きあの力をお使いになるという。

 若の正体が決して外に漏れぬよう、細心の注意を払わなければ。


 儂が考えに耽っていると、廊下をどたどたと歩く音が聞こえてきた。

 襖を開け、儂の嫡男である五郎左衛門が顔を出す。


「父上、お呼びとのことですが」


「うむ。若のことについて少し相談があっての」


「若様、ですか……」


 儂の言葉に、眉間に皺をよせる五郎左衛門。

 こやつも大方若の噂を聞いており、その若に儂が仕えているのが気に喰わんのであろう。

 真面目で内向きの仕事もそつ無くこなし、武の方も悪くはないのだが……少々融通が利かぬのが偶に傷ではある。一体だれに似たのやら。


「そうじゃ。五郎左衛門、そちは織田家にお仕えするつもりはあるな?」


「なっ、当たり前ではござらんか! 儂がお仕えするのは、織田家以外にはあり得ませぬ」

 

 儂の問いに、驚いたように答える五郎左衛門。


「そうか、ならば五郎左衛門。そちは織田家のどなたにお仕えするつもりじゃ?」


「っ!!」


 五郎左衛門が言葉に詰まり、苦々しそうにこちらを睨む。


「そう睨むでない。大方若のうつけの噂を聞き、弟君である勝十郎様にとでも考えておったのであろう」


「……」


 図星を付かれたのであろう。五郎左衛門は答えようとしない。


「が、それは止めておけ」


「……それは父上が若様にお仕えしているからでありますか?」


 こちらを睨みつつ、ゆっくりと口を開く五郎左衛門。

 儂が家を割らない為に言っておるとでも思っているのだろう。その言葉には侮蔑の色すら混じっておる。

 

「違う。そんなことはどうでも良いのだ」


 どうでもよいと切って捨てた儂の言葉に、五郎左衛門が目を見開いた。

 儂が傅役という立場にしがみついておるとでも思っていたのであろうか。

 そんな訳があるまいに。


「五郎左衛門よ。そちは若をお傍で見たことが無いのであろう。若のお傍にお仕えし、若のお考えを聞けば、勝十郎様につこうなどとは決して思わんよ」


「……それは、儂に若さまのお傍に仕えよ、ということでございましょうか」


「そうじゃ」


 儂の目を真っすぐと見つめた後、何やら諦めたようにため息をつく五郎左衛門。


「……分かり申した。しかし、もし若様が噂通りのうつけであるのであれば、儂はこの家を出てでも勝十郎様にお仕えいたしまする。それが、この平手家のためでありますれば」


「ほっほ、相分かった。しかしその心配は無用であろう。若は何をしでかすか分からんところはあるが、決してうつけなどではない。寧ろ、そちが学ぶべきところの方が多いやもしれぬぞ?」


 儂の言葉に、五郎左衛門の顔がカッと赤くなる。


「そのようなっ! ……お戯れが過ぎまするぞ父上」


 儂がからかっていると思ったのであろう。五郎左衛門が呼吸を正し、苦笑しながら諫めてくる。

 冗談ではなく、本気で思うておるのだが……まぁそれは会ってみれば分かるであろう。


「それと、お道も一緒にお仕えさせていただくやもしれぬ」


「なっ!? しかしお道は――」


「分かっておる。そちらは無理にとは思うておらぬ。若が首を縦に振らねば、儂もそれ以上はなにも言うつもりは無い。が、いつまでもこの家に閉じ込めておく訳にもいくまい」


 儂の意見を否定する言葉が見つからないのか、五郎左衛門は黙ったままだ。


 お道は妻が最後に産んだ娘で、もう13になる。が、言葉数が極端に少なく、こちらから声を掛けても反応が乏しい。正直、何を考えておるのか儂にもさっぱり分からん。

 お道は妻が生前大層可愛がっておったが、妻の死後は人と会うこともほとんどなく、会ったとしてもどこか上の空でほとんど会話にならん。

 あれでは嫁に差し出すには忍びなく、かと言って一生この家に閉じ込めておく訳にもいかず、どうしたものかと悩んでおったのだ。

 若にお目通り頂いたとしても何も変わらぬやもしれぬが、一度あのお力におすがりさせていただこう。

 

 はぁ。こういう時、妻が生きておったらとどうしても考えてしまう。

 ……いかんな。あの世に行ったとき妻に叱られぬよう、儂が皆を支えていかねば。


ご意見ご感想等あれば、お気軽によろしくお願いいたします。

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