表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クソ恋慕

今日は、生まれて初めて人を失恋させました。


僕はどちらかと言うとサイコパス気味で、人に対してあまり関心を抱けないのですが、人からはよく関心を抱いてもらえます。


友達も常時できては自然消滅するのを繰り返しており、恋人も妥協すればいつでもできる状態でした。


でも、ここ最近、まぁそうですね、8年ほど子育てをしてきたのですが、そこで僕にも人並みの感情が生じてしまいまして。


するとビックリ、小説はつまらなくなるし、見た目もだらしなくなるし、恋人も5年近く居ないままだし、でも、まぁそれでもいいかな、という日々を過ごしてきたのです。



異性に恋心を抱かれれば、どんな相手でもとりあえずは付き合って、ほどほどに恋人らしく振る舞いつつ、別れる時が来るのを待つ、という人生を過ごしてきたのですが。


自分の娘が同じことをされたら、と思うと、容易に人の恋慕を弄ぶことができなくなってしまい、5年も恋人を作る気にはなれなかったし、そもそも恋人を作る気がないのだからと、最低限の身なりを維持する為以外には、外見の為に時間もお金も使わないようになりました。


するとお腹まわりは年相応にだらしなくなり、服装もジーンズにジャージやパーカーなんていう10代の自分に会ったら軽蔑されそうなものになり、髪の毛も白髪混じりの長髪をツーブロックにして縛るだけの、なんともだらしない姿になってしまったのです。


たまに、かつての自分に戻りたいと思う時があります。


町を歩けば、勿論万人とは言いませんが、100人居れば1人くらいは目があったままポーッとしてくれるような、その程度の魅力。


今でも気にかけてくれる女性はたまに居るのですが、夫婦仲が良くない人妻とか、少し変わった女学生とか、まともに物を見れなくなっている人ばかりです。



こんな自分になってからは、休みの日には決まってしていた散歩もしなくなったし、散歩をしなくなったから新しい知り合いもできなくなったし、そもそも他人に良い顔をする意味もわからなくなってきて、人付き合いは前以上に雑なものになってきた気がします。


無論、ここで出会った方々は特別で、他人とは思っていませんけれども。


で、です。



そんな僕なんかのことを、三年も慕い続けてくれた女性が居ました。


息抜き目的で工場と掛け持ちしながら働いていた喫茶店で出会った女性なのですが、一目惚れだったそうです。


出会った初日、僕は優しく仕事を教えていたのですが、彼女はずーっと気の抜けた様子で、別れ際に「ではまた来週ですね、僕は週末しか居ないので」と言うと、急に正気を取り戻して、


「お兄さん、連絡先を教えてください!」


と、言ってきました。


教わりたかったのは仕事ではなく、僕のことだったそうです。


その日から早速彼女からデートの誘いを受けるようになりました。

僕はそれをのらりくらりとかわします。


彼女は言葉をかわせばまずデートを求める女性でした。

僕はデートと聞けばまず聞き流す男性でした。


そんな状態のまま、僕が喫茶店をやめてからも、ずっと知人という関係は続いていたのですが。



今日僕は、仕事が早く終わったので、友達とカラオケに行きました。

でも二時間で飽きたので、LINEを見たり、ネットサーフィンをしたり、なにもしないけど小説家になろうを開いたりして、ボーッと過ごしていました。



それで、一時間くらいした頃、ふと、彼女とのLINEを無視したまま日が経っていたことを思い出したのです。



で、カラオケで友人が歌い飽きるのを待つまでの暇潰しに、「そうだ、彼女をちゃんと諦めさせなくては」と、思い至ったのです。



「こんにちは。相変わらず綺麗で素敵な写真を撮っていますね(四ヶ月ぶりの返信)」


「ひさしぶりー。 今日は山に登ってきたよ! 写真、一緒に撮りにいこ!」


山の写真が送られてきて、相変わらず綺麗で素敵な写真を撮っているなぁ、と思う。


「言い忘れてましたが、僕、子供います」


「え? どういうこと? まぁ色々あるよね」


「なので今までありがとうございました。誰かに好かれているという事実はとても幸福で、ずっとそれに甘んじていたくて、あなたを生殺しでほかっていました。もうこれで終わりにしようと思います。 今までごめんなさい」


「よくわからない。一回会おう?」


「会うと気持ちが揺らぎそうなので、これでさようならです。さようなら」


「そう。まぁ色々あるよね。わかった。 がんばってね。てきとうに。」



この“てきとうに”というのが、彼女なりの悪態なのか、それとも違う何かなのか、よくわかりませんでした。


部屋では友人の選曲した爆音の音楽と、それにかき消されがちな友人の歌声が、BGMのように流れています。


僕は遺伝で耳の機能があまり良くないので、正直うるさかったのですが、友人は楽しそうに歌っていたので、笑顔でタンバリンを叩いてやりました。


それから、ずっと、妙な不快感を胸に抱きながら、今この瞬間までを過ごしています。



頭の中に浮かぶのは、彼女の“にひひ!”とでも擬音が浮かびそうな、天真爛漫な笑顔でした。


タイムラインを見れば、彼女の一人旅行で撮った沢山の写真と、僕にあてた一人言が幾つも並んでいて。


中には僕の曖昧なコメントに対して、またデートに誘おうとする彼女のコメントもいくつかあったりして。


それが。


それが。



うーん。



それが三年も続いたのって、きっと素敵なことだったんだろうなって、今になって気づきました。


僕は人並みの感情を手に入れて、同時に沢山の幸せに気づき、小さなことで満足を感じるようにもなり、働くだけの植物のような状態になりながらも、さして不満を感じることはなく。


そうやって過ごしてきたから、世の中何をしても、考え方を変えればただただ幸福なんだとばかり、思い始めていました。


だから、なんとなくで、彼女との付き合いも終わらせたのですが。



何故でしょう、ずっと不快な感覚が、胸にしがみついているのです。



他人に愛されているという、自己承認欲求を満たす事実が、あっさり消滅したからでしょうか?


それとも、人の気持ちを大事にするつもりが、むしろ踏みにじる行為のように感じられたから?


だって、と、言い訳をすれば。


そうすることで、彼女は新しい恋に進めるだろうから。


けれど、三年も餌を与えられずに続いた恋慕が、そんなあっさり無くなるのか?


そんな一途な恋慕が、誰にでも抱けるものなのか?


僕は彼女にとって、もしかしたら、特別な存在だったんじゃないのか?



そして、そんな彼女は、僕にとっても、特別な存在だったんじゃないのか。



もしかしたら。


もしかしたら、僕は。







僕は今日、初めて人を失恋させました。







他に好きな人がいるわけでもないのに。


他にいい人がいるわけでもないのに。


彼女のことが、嫌いだったわけでもないのに。


三年も、のらりくらりとかわし続けてきただけなのに。



いっそ、一生のらりくらりとかわし続けていれば、それで良かったのかもしれない。



今あるのは結果だけ。


結果は変わらない。

できるのは、新しい結果を出すことだけだ。


それから、もう1つ、あるものがある。


僕はこの感情と、今まで彼女と繋がってきた時間すべてに、こういう名前をつけようと思う。




以下、タイトル。

クソ恋慕。




でもいいです。そこまでワガママにはなれませんから。


せめて、彼女に幸福が訪れますように。


せめて、彼女が泣いていませんように。


喜怒哀楽の激しい人だったから、心配だなぁ。



ああ、また、クソ恋慕かな。



失礼しました。失礼します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ