8話
その日は学校へ行く日なのに定時になってもユズハは部屋から出てこなかった。珍しく寝坊か? と思い部屋までお越しに行くことにする。
「おーい。まだ寝ているのか?」
カーテンが閉められている為に暗い部屋の中にはユズハの気配は感じ取れた。取り敢えず電気を付けて部屋の中に入るとコホコホと咳き込むユズハが布団の中でうずくまっている。
「おいおい、どうしたんだ。体調が悪いのか?」
「ちょっと熱っぽくて…… でも大丈夫もう起きるから」
ユズハは上半身を起こして立ち上がろうと試みるが途中で力尽き俺の胸に倒れ込んだ。服の上から伝わるユズハの体温は熱く今の状態を加味するとどうやら熱があるみたいだ。
「俺が母さんに伝えておくから今日は学校休めよ。酷くなるようだったら病院へ行くんだぞ」
「俺は力ないユズハの身体をベッドの上に寝かせ。掛け布団を掛けた。すぐに部屋から出るとユズハの状態を母さんに伝える。
「解ったわ。気をつけて見ておくから、アンタは学校へ行きなさい」
母さんのが見てくれるので大きな問題にはならないだろう。安心した俺は学校へと向かう。
学校でユズハに熱があるので休むと伝えると、男子生徒達が大きなため息を付く。ユズハを見れない事がショックとの事だ。ユズハの人気は学校で一番らしく、このクラスの男子共はユズハを毎日見ることが出来る事に優越感を得ていた。
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学校から帰ると真っ先にユズハの部屋へと向かう。何度かノックをしてみたが返事はない。ドアを開け室内へ入るとユズハはスヤスヤと眠っていた。
机の上には病院の薬が置かれているので、病院には言ったのだろう。それなら大丈夫だなと俺は自室に戻ろうと振り返る。
「ん? これは……」
俺はユズハの机の側で在るものを見つける。巾着の様な白い袋でこれはユズハの道具袋なのはすぐに解った。
「アイツ最近粉を使いすぎだろ。これは没収しておいた方が良いな。大問題が発生した後じゃ遅いからな」
そう呟くと俺はユズハの道具袋を取って自室へと戻っていった。
部屋に戻ると服を着替えてベッドに腰を掛ける。そして机の上に放り投げた道具袋を見つめた。
「何が入っているか気になるな…… 見てみるか!」
そう決めると立ち上がり、道具袋を開いて中を覗く。袋の中には様々なアイテムが無数に浮かんでいた。手を入れ欲しいアイテムをイメージすれば自然とそのアイテムを手に取れる仕様なのだが、初めて覗いてみるとこんな風になっているのかと感心してしまう。
その時に俺は見覚えがあるアイテムを見つけた。それは帰還の護符と言って2枚が対になっている護符で互いの札の所に飛び合う事が可能のアイテムだ。これは一般的に緊急避難用や遠出の際に戻る為に使用される。まぁ犯罪に使われない様に色々と規約もあるが超便利グッズには違いない。
「これを使えばもしかして…… うん、試してみる価値は十分あるぞ」
俺は帰還の護符を使いユズハを異世界に戻す事に決めた。
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翌朝、俺が昨日と同じ時間に一階へ降りると既にユズハは着替えを済ませて、朝食を取っていた。熱も下がった様で元気な笑顔を俺に見せてくる。
「もう、熱は大丈夫なのか?」
「うん。もう元気」
腕を立てて力こぶを作るマネをする。それは良かったと、軽く頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。
(元気になったのなら丁度いい。今日の夕方に作戦を決行してやる)
昨日、遅くまで起きて練りに練った作戦を実行する為に俺は決意を新たにする。
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学校が終わると、俺はユズハには先に帰ると伝えてダッシュで家路に着いた。そして道具袋から帰還の護符を取り出す。次にノートの白紙のページの裏に護符を載せて裏側からセロハンテープで固定する。
帰還の護符の使用方法は至って簡単だ。護符に魔力を通して帰還と言えばいい。
普段は道具袋に入っている為に魔力が注がれる事は無い。間違って魔力を注いだとしても帰還と言わなければ発動する事もない。その2つの行動を行って初めて作動する。
そこで俺が考えた作戦は、ユズハにこの世界で魔力を使う為にはどうすればいいか相談をする。ユズハの事だ真剣に考えてくれるだろう。次にノートを渡してその方法を鉛筆で書いてもらう。その書いている最中に一度魔法を使って貰う。
そうすれば護符に魔力が注がれる筈だ。次に帰還と言わせる方法は、漢字の練習として俺が書いた漢字を読ませる。そこで期間と書いて読ませれば、意味は違うが発音自体は帰還となるだろう。
少々強引な手だが、そこまでしないと、きっとユズハは帰ろうとしない。この世界で楽しく過ごすのも良いが、やはり生まれ育った場所で過ごすのが一番だ。嫌われるかも知れないが、それは甘んじて受け入れようと思う。
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俺が準備を追えて30分が経過した頃、ユズハが帰ってきた。今日は掃除当番だったのでこの位になるのは分かっていた。
ユズハの元に駆け寄り、俺は作戦を開始する。
「ユズハ、相談があるんだが聞いてくれないか?」
俺からの相談など滅多に無いので、ユズハもキョトンとした表情を見せていた。だが頼られた事が嬉しかったのか? 何度も頷くと、「何、何?」と急かす様に聞いてきた。
俺は自室に招待すると、腕を組み悩んだ演技を入れながら相談を始めた。
「あぁ、実はこの世界で魔法を使う為にはどんな訓練をしたら良いと思う?」
この前の模擬戦の事で悩んでいる。そんな感じで相談して行く。ユズハも真剣に聞いてくれていた。
「魔法は使えば使う程、沢山使える様になるから……」
自信が思いつく提案を一生懸命考えて話している。騙している俺としては何だが心が痛む。
「なるほどな。そんなに沢山言われると忘れてしまうから、このノートに書いてみてくれないか?」
作戦は順調でイメージ通りに事が運んでいく。ユズハも言われた通り、俺が開いたノートのページに考えを纏めて書き綴っていく。
此処がチャンスと判断し、俺は魔法を使う様に頼んでみた。
「そう言えば、ユズハの強化魔法って便利だよな。俺も使ってみたいと思っていたんだよ。そのまま書いて貰ってていいから使ってみてくれないか?」
「うん。いいよ」
特に疑う事も無く。ユズハは身体に魔力を通し強化魔法を発動してみせた。赤い光が身体を包み込んだのを確認し、俺は小さなガッツポーズを繰り出す。
次のステップは帰還と言わせる事だ。だがそれはノートに手を乗せたままで言って貰わなければならない。だがここ迄順調に来ているし帰還と言わせる位は簡単に思えた。
「書いているままで聞いて欲しいんだが。ユズハは漢字も読めるんだよな?」
「うん。字を見れば読み方と意味が浮かんでくるから読めるよ」
「なら俺が書いてみるから読んでくれないか?」
ユズハは疑う事もなく、それを了承する。後は帰還と言わせれば終わりだ。俺はユズハに期間と言う文字を書いて見せてみる。
(悪いな。でもこれは全てお前の為なんだ)
目を瞑りユズハがそのキーワードを言うのを待ったが、それを言う事は無かった。不思議に思い俺が目を開てみると、ユズハが今書いているページの数ページ後に貼った護符に気付き外しているのが見えた。
「これってどういう事なの?」
ユズハの目が据わっている。相当怒っているみたいだ。無言の圧力が俺を攻め立ててくる。
「いや…… 護符って使えるのかなって思ってな……」
「もし、使えたら私は居なくなるんだよ。大和はそれでいいの?」
今度はさみしげにそう呟いた。
「お前は向うの世界で暮らすのが一番いいんだよ」
耐えきれずに俺が告げる。
「嫌、それは大和が勝手に思っているだけ。私が居たいのは大和のとなりだけだよ」
「いいから。帰還って唱えろよ」
俺は語気を強めてそう言い放つ。だがユズハも首を左右に振って言おうとしない。その時ユズハは思いがけない行動をとる。
「我願う。対成る者を呼び戻せ!」
それは対になる護符を持つ者を呼び寄せる言葉であった。
「バッバカ、何を……」
ユズハの願いを受けて護符が光だして周囲に光が充満した。眩しくて俺も目を細めて光が収まるのを待つ。光が少しづつ収まり視界が回復すると俺は懐かしい人を目にする。
「フラウ…… フラウなのか?」
光から現れたのはオリアルシル大陸を統治する王族の王女で俺と共に魔王を討滅した。神聖魔法の使い手のフラウ女王であった。
まさか女王がこの世界に来てしまうとは、一体俺はどうすればいいのか?