7話
住宅街から少し離れた所に標高の低い山があり、そこにはハイキングコースが作られている。気候の良い春や夏などはポツポツと山へ登る人がいる程度の人気が無い山だ。
そのハイキングコースの途中に獣道が出来ていた。その道を進むと小さな平地が姿を見せる。今の時代はこんな所で遊ぶ子供も居なくなってしまったが、俺が子供の時はこの広場に秘密基地を作っていた。
その場所に俺とユズハは木の棒を手に取り互いに向かい合っている。服装は普段着だが汚れても良いラフなものを着ている。
「準備はいいか?」
「うん。大丈夫」
こちらに戻ってから大人しく日々の生活を過ごしていたが、俺は異世界に居た時の力がどの程度残っているのか気になっていた。そこでユズハに協力を願い実戦形式の模擬戦をしてみる事を決める。
「勝負は一本勝負で行こう。お互い怪我をしても駄目だからな」
「魔法は使っていいの?」
魔法剣士のユズハが魔法を封印した場合はその戦闘力が大幅に低下する。ユズハはこの世界で魔法を使っているのは何度か見ている。さてどうしてものか?
俺の召喚特典の力の1つは周囲から魔力を分けて貰えると言うのがあった。異世界は魔力に満ち溢れ草木にまでも魔力を持っているので、異世界に居る限り俺は無限に近い魔力を扱う事ができていたが、ここは魔法の無い日本で今も魔法が使えるのか解らない。
ただ一つ言える事は、向こうで感じていた溢れるような魔力は今は感じないと言う事だけ。
「そうだな。この周囲は山だから火が付く様な魔法は禁止と言う事で! お互いに初期魔法だけにしとくか」
「まぁ、俺の方は魔法が使えるかどうか解らないけどな」
ユズハはフンフンと首を縦に振って了解と合図する。それから俺達は互いの距離を10m程空けて向かい合った。
「それじゃ行くぞ。始め!」
ユズハは中距離でいきなり詠唱を始めた。短めの詠唱と言う事は初期魔法だろう。
「ウィンドカッター」
不可視の風の初級魔法。この魔法は初級でありながら所見殺しの異名を持つ。魔法の特性を知っている者以外は避ける事も難しいだろう。
「早速魔法を使って来たな。ユズハの腕の高さと方向からして…… んじゃ俺はこっちに避けて」
ウィンドカッターは術者の腕を薙ぎ払ってソニックブームを生みだす。一度発動すれば途中で軌道を曲げる事も出来ずにただ一直線に飛んで行く。また術者が構えを解くと魔法は瞬時に消え去る。
俺が魔法を余裕を持って避けたのを確認すると今度は突っ込んで来た。自身の体を強化するエンチャント魔法を使用しているのは身体を取り巻く赤い光を見れば直ぐに解った。
ユズハはバイクが走っていく速度に近い速さで襲いかかる。その速度は60kmを超え、オリンピックの100m金メダリストが全力で突っ込みながら剣を振り降ろしてきたと同じだ。
(動体視力は異世界と同じままか…… 次は身体能力の方だが)
高速の動きを繰り出すユズハの挙動を確認しながら身を翻し攻撃を避ける動作に移る。
(動きが付いて行かない!! 肉体は元に戻っているって事か! これは一撃でやられる)
負けを覚悟したが、必死で身体を捻らせ紙一重で交わす。続く攻撃が来るのは予想出来ていたので、フェイントを一瞬だけ入れ。ユズハが警戒したその隙に間合いを取り直した。
「ユズハ、俺の動きはどうだ?」
これは訓練であって死闘ではない。相手の意見を聞く事も出来る。
「大和の動きは向こうに居た時よりも、かなり遅くなっているよ」
「やっぱりそうか。それじゃ次行こうか」
「まだやるの? 私、今の大和になら負けないよ」
上からの言葉を投げられ、少々カチンとくる。こうなったら意地でも勝つ!
俺は先手を取られると不利な事を理解し此方から仕掛ける事を決める。まずは異世界転移された時に使えたユニーク魔法の衝撃を発動させた。
この魔法は俺がイメージ出来る範囲内なら任意の場所に衝撃を発生させる魔法だ。消費魔力と威力のバランスが良く、アイデアによって様々な効果を発生させる。便利極まりない魔法だ。
だが俺が魔法を発動させても、イメージした通りの結果は得られる事は無かった。ほんの少しだけユズハの身体が動いた程度…… と言う事は魔法の力は戻って来てから極端に減っている事になる。
予想通り、日本には魔力が殆どないのだろう。
「大和、魔法も弱くなってるよ」
「魔法を放った俺自身が一番解ってるよ。だけど負けるつもりは無い」
魔法が使えないならばと、俺は全力でユズハに突っ込むと木の棒を叩きつけた。その攻撃は軽く弾かれるが、2撃、3撃と連撃を繰り出す。
(くそ、隙がねぇ~な。それに腕も重くなってきた。こりゃ鍛え直す他ないな)
俺の額には既に大量の汗が流れていた。一方ユズハの方は平然としている。これが現時点の実力の差と言う事だ。体力に限界を感じて長くは持たない事を自覚する。
(この攻撃中に仕留めなければ俺の負けだ)
俺がバテているのはユズハも解っていた。その為かは知らないがユズハは受けに徹している。だが遂にユズハが勝負を仕掛けてきた。
「もういいでしょ? これで終わりにするからね」
俺の最後の一撃を弾き飛ばす。俺はバランスを崩されて身動きが取れない。そこに胴をめがけて横払いの攻撃が仕掛けられた。バランスを崩された今はサイドステップもバックステップも使えない。
俺は仕方なく膝を折った状態でそのまま背後へと倒れ込む。リンボーダンスの様に身体を折り曲げ何とか攻撃を避けたが、このままでは地面に倒れ込み。追撃を受けて俺の負けが決定する。
「衝撃!!」
だが俺は地面に倒れ込む自身の背中に全力の衝撃魔法を発動した。全力と言っても精々普通の人が両手で突き飛ばす程度の威力しか発動しない。
しかし今はそれで十分だ。背後で起こる衝撃の反動を利用し、俺の体は体勢を立て直すと驚くユズハの首元に木の棒を添えた。
「俺の勝ちだな」
格好良く言ってみたが、酷使した体は悲鳴を上げ、少ない魔力の全力放出で意識を保つのも辛い。
だが、育ての親のメンツで何とか持ち堪えていた。
「ぐぬぬぬ、今のは初級魔法じゃないよ!? 無効だから、もう一戦!!」
悔しがるユズハは再戦を求めるが、こっちにはそんな余裕は無い。俺は矛先を変える為にユズハの好物である甘い物で吊ってみる。
「俺も疲れたから再戦はまた今度な! それより鯛焼き食べに行こうぜ」
「鯛焼き?」
「あぁ温かい食べ物で、生地の中に餡子やクリームが入っているんだ。美味しいぞ」
「鯛焼き…… 餡子…… クリーム…… 行きます。行きます。」
食い付いてくれた事にホッと胸をなで下ろし、俺は近くにある鯛焼き屋へと向かう。10年ぶりに食べた鯛焼きはもの凄く美味しく、涙が出そうになった。
だが余りの旨さにユズハが何個も食べてしまい。小遣いがピンチに陥る事になってしまう。