5話
夕食はいつも家族全員で食べるのが川嶋家のルールだ。父は公務員で役所勤めをしているので帰りはそれ程遅くは無く毎日7時前後に食事を取る事が多い。
ダイニングに置かれた6人用のテーブルには指定席があり自然と全員決まった場所へ席についていた。
今日の夕食はハンバーグでテーブルの上にはメイン以外にもサラダやスープなど品目も多く、華やかに食卓を飾る。母さんは若い頃に料理学校にも通っていたので料理の腕は高く、いつも美味しい料理を食べさせてくれていた。
ユズハはこの世界の食べ物は全部美味しいと言っており、今も横を振り向くと美味しそうにハンバーグを頬張るその表情は幸せそうだ。
「みんなちょっといいかな?」
突然父さんが皆に声を掛けて来た。何事かと思い視線を向けると父さんは話し出す。
「ユズハちゃんも、日本に来て慣れてきた頃だと思う。こっちに居る間ずっと家に居たんでは退屈だろう。
そこでだ。ユズハちゃん、君学校へ行ってみないか? 幸い言葉も普通に話せているし大丈夫だろう」
父さんはそう言いながら満足気な表情をしていた。隣に座る母さんはパチパチと拍手をしている。
だがパスポートも持っていないユズハは学校に行けるのか?
「どうするユズハちゃん?」
父さんはグイッと身を乗り出しユズハに迫る。ユズハも対応に困り俺に助けを求めた。
確かに父さんの言う事も解る。丁度この世界を知る為にも学校へ通うのはナイス判断かも知れない。本当に行けるならばの話だけど。
「まぁ、良いんじゃないか? 同じ学校なら俺も愛も手助け出来るし通う事が可能なら何とかなるよ」
「やまとが毎日行っている所? うん私も行きたい」
俺が通っている場所と解り、ユズハも乗り気になったみたいだ。
「よしそれじゃ、決まりだ。明日は父さん有給を取るから手続きを済ませに行こう」
そんな感じでユズハと父さんは明日役所などに向かう事となった。
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翌日、俺が学校から帰ってみると既に父さんとユズハは家に戻って来ていた。
俺は結果が気になり父さんに確認してみる。父さんはリビングで母さんの入れたコーヒーを飲んでいた。
「父さん、学校の件どうだった?」
「あぁ、何の問題も無かったぞ。あぁ、そう言えばユズハちゃんパスポートや証明書も無くしたって言ってたからそっちの方で警察やら大使館も行ったんだが、ユズハちゃんは弱音一つ吐かずに偉かったな」
「今ユズハは何処に居るの?」
「多分2階の部屋だと思うけど?」
俺はユズハの部屋へ向かいドアをノックするが反応はない。ドアノブを捻ると鍵は掛かっていなかった。
「居ないのか…… 仕方ない。帰って来てから聞いてみるか」
俺は自室に戻り制服から部屋着へと着替えると、ベッドに腰掛ける。
「なんだ? この感触は……」
ベッドに突いた手に何やら柔らかい感触を感じた。確認する為に何度か触り直しているとシーツの中から吐息が洩れ出す。
「んっ…… んん」
先ほどは気付かなかったがシーツも何やら膨らんでおり、シーツをめくりあげると顔を真っ赤にしたユズハが転がっていた。
「おいっ! お前俺の部屋で何やっているんだよ」
「眠くて寝てたの。そしたら突然、大和が私の胸を…… 何度も…… 何度も……」
今のは胸の感触だったのか…… 意外と大きかった気がする。それならもっと楽しめば良かった。 そんな事を考えていたが煩悩を何とか振り払い。ベッドの上で転がっているユズハを追い出す。
「俺が居ない時に部屋に侵入しない。解ったか!」
「でも、この部屋の方が落ち着くから」
「でもじゃない。あっそう言えば学校通える事になったんだってな。良かったな」
俺が用件を思い出して声を掛けると、ユズハは得意気にピースサインを出した。どうやったのか? と考えているとユズハの腰に付けた道具袋がプラプラと揺れていた。
全てを悟った俺は額を手で覆い深いため息をつく。
(こいつ絶対に粉を乱用してやがる!!)
とりあえず、これでユズハは身分を証明する物やパスポートを手に入れる事に成功した。
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それから1週間後、学校の編入試験も終わりユズハが登校する日を迎える。
異世界ではハッキリ言ってユズハは脳筋派に部類されていたので賢くは無い。なぜ突然やって来た異世界で試験を受けて通る事が出来るのか理解できずに尋ねてみると。
「何故だかわからないけど、勝手に言葉や数式が浮かんでくるの」
「何だよそれ。もしかして異世界転移特典ってやつか? 俺が異世界に行った時はそんな物は無かった気がするんだけどな」
俺が異世界に行った時に特典の事を説明されたが、それが何なのか解らないままだった。今回の様な解りやすい物だったら良かったんだけどな。
不公平を感じてブツブツと文句を言っていたが、だけど今回はそのお陰でユズハも同じ学校に通う事が出来る様になったので余り愚痴を言うのはやめておこう。