4話
今日は日曜日、ユズハの服を買いに行く事になっている。朝目覚め一階へ降りると、リビングではユズハと愛が何やらファッション雑誌を見ながら話し合っていた。
ユズハの方は余り興味を持っていなさそうで、愛の方がマシンガンの様に喋り続けている。
ユズハが俺に気付くと立ち上がり近づいてきた。
「おはよう。どんな服を買うのか決まったのか?」
「ううん。よく分からないから……」
ユズハは下を向き小さくそう答えた。だがすぐに顔を上げると至近距離まで顔を近づけてくる。
「大和はどんな服が好きなの?」
目をキラキラさせて聞いてきたが、俺もファッションには疎く良い返事を返すことはできなかった。
そんな俺達の様子を見かねて愛が会話に割り込んでくる。
「ユズハちゃん駄目よ。おにぃはセンスが無いから。私に任せて、可愛いの選んであげるから」
「センスが無くてわるかったな!!」
妹の容赦ない口撃に俺のライフポイントはガツガツと削られる。
「おにぃ、早く着替えてきてよ。今日は荷物持ちだからね。早く行かないと可愛い服が売り切れちゃうでしょ」
愛は俺の背中を押して洗面所へ向かわせた。
「そういう事だ。愛は俺から見てもセンスが在るから任せとけばいいぞ」
遠ざかるユズハに、そう告げながら俺は洗面所へと姿を消す。
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今日は母さんはママ友とランチに行くとの事で、買い物には俺達3人で向かう事になっていた。事前に予算を渡されているのでその範囲内での買い物となる。
俺達が最初に向かったのは駅ビル内の店舗であった。ユズハは近所で見る事が無い人の多さに驚いている。カラフルな洋服を着た人やスーツ姿の人など人々が着ている服の種類の多さにも驚いていた。
そんなユズハの驚く様子を見ていて、俺は異世界ではみな同じような服を着ていた事を思い出す。カラフルな服と言えば貴族が着るドレス位で後は誰もが似た様な感じであった。
「大和の世界って凄いね」
「そうだろ」
驚くユズハに俺はドヤ顔で頷いて見せた。
愛に引っ張られる形で連れ込まれた店は若い女性の客で賑わっている。それだけ良い服が置いてあるのだろう。
「この店は私のお勧めなのよ。安くて良い服が多いの」
そう言うとユズハを連れて店の中へと入って行く。俺は店の前でジッと待ち続けた……
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「おい…… まだか?」
既に1時間位は経過している。流石に待ちくたびれて店舗の中に俺も入って行く。キョロキョロと愛とユズハを探してみたが見つからない。もしかして既に出てしまっていたのか? そんな不安が頭をよぎる。
「おにぃ、おにぃ」
すると少し離れた場所でピョンピョンと飛び跳ねながら俺を呼び付ける愛を見つけた。
すぐにその場所へ向かうと更衣室の前だ。どうやらユズハは愛が選んだ服を試着しているみたいだった。
「ユズハちゃん、どう? 着替え終わった?」
「うん」
愛の問いかけに更衣室の中からユズハの返事が返ってくる。
「おにぃ、びっくりするんじゃないかな?」
二シシと笑みを浮かべ愛はそう呟く。そんな言葉をスルーしているとカーテンが開かれ中からユズハの姿が現れた。
そこには一人の天使がたっていた。淡いワンピースにおしゃれな帽子を着こんだユズハはその容姿も相まって物凄く綺麗だった。
「やっぱり、素材が良いと違うわ~」
愛は納得した様子でウンウンと頷く。当のユズハは俺を見つめ恥ずかしそうにしていた。異世界では鎧ばかり着ており、舞踏会などでドレスを着なくてはいけない時も恥ずかしいと断固拒否していたからだ。
「どうかな?」
小さな声でユズハが訪ねてきた。見惚れていた俺はハッと意識を戻す。
「あぁ、凄いに似合っている。ビックリしたよ」
俺の感想にユズハの顔は赤みを増して行く。直ぐにカーテンを閉めて元の服に着替えていた。
「うん。これは買いだ! 次行ってみよ~」
愛は着替え終わったユズハの手を引き、その後も何件も梯子して行く。店を出る度に増える荷物を持つ俺は女の買い物が怖い事を痛烈に実感する。
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その日の夕方まで買い物は続き、やっと帰れる事になる。
家路に向かって歩く三人の中でただ一人疲れ果てた俺はこれで解放されると俺が安堵の表情を浮かべた。
まだまだ元気な2人は前方で楽しくおしゃべりをしている。
そんな時に背後から愛を呼ぶ女性の声が聞こえた。俺達が振り向くと2人の女性が手を振っている。
「あ~! 明美ちゃんと雛子ちゃんだ」
どうやら友達の様で愛は2人の元へ掛けて行き何やら話し込んだ後、愛は俺の所へ戻って来た。
「おにぃ、私明美ちゃん達とお茶する事になったから。ユズハちゃん連れて帰ってくれる?」
「あぁ、別に構わないけど遅くまで遊ぶなよ。俺が叱られるからな」
「解ってるって! じゃあお願いね。ユズハちゃんもごめんね」
そう言いながら友達の方へと戻って行った。
「さぁて、ユズハ俺達は帰るか…… その前に俺ちょっとトイレ行かせてくれ。あのコンビニに行ってくるからお前は此処で待っていてくれ」
「うん」
突然襲い来る腹痛に俺はトイレへと飛び込んだ。ユズハを一人残すの事は気になるが背に腹は代えられない。俺が15分後ユズハの元へ戻ろうとしていると物凄い光景が待ち受けていた。
「なんだあれは?」
それはユズハを取り囲む人の輪であった。ユズハは愛が選んだワンピースを着ている。俺が言うのもなんだが物凄く綺麗だ。それに最近気付いたがユズハが醸し出す雰囲気はこの世界の人と少し違う。
異世界特有の雰囲気を持っていた。そんな他とは違う綺麗な女性が一人で立っている。道行く男は首を90度以上曲げながら見つめたり、立ち止まって遠目から見たりと多くの注目を一心に集めていた。
ユズハ自身はどうすればいいか解らず固まっている。
「こりゃやばい。助けに行かないと」
そう判断し急ぎ近づいて行く。その時ユズハに声を掛ける2人組みの勇者が現れた。他の者は高値の花とばかりに見つめるだけだがその男は果敢にも声をかけていた。
「何しているの? 一人?」
「荷物多いね。何処まで運べばいいの? 俺達結構力あるから運んであげるよ」
「大丈夫。待っている人がいるから放っておいて」
愛想なく答え容赦なく切り捨てるが、他人の目が在る手前男達も引くに引けない。
「連れって男? 誰もいないじゃん。もう帰ったんじゃないの? ねぇ俺達と遊ぼうよ」
男はちょっとヤンチャな感じであったが、長身で見た目も悪くない。俺より十分モテるだろう。
ユズハはそんな男達に対してその後は無視を貫いた。周りの者達からはクスクスと失笑が聞こえてくる。
「そんな事いわないでさ。ちょっとだけで良いから」
そう言うと一人の男が突然ユズハの手首を掴んで来た。
しつこく付きまとう男に対してユズハが遂にキレる。キレると言っても手を出した訳じゃない。男だけに対して小さな殺気を一瞬だけ放ったのだ。
俺達は魔王軍や幹部達、更に魔王自身とも戦ってきた。あいつ等の人に与える恐怖は尋常ではない。普通の者なら睨まれただけでも死に至る程。そんな連中と戦い抜いた過程で俺達にも同じ様な力が備わっていた。
2人の男は腰を抜かしブルブルと震えだす。周囲の者は何が起こったのか解って居ない。
俺は人の波を潜り抜けユズハの元に駆け寄ると。片手で全ての荷物を手に取り、もう一方の手でユズハの手を取ってその場から走り出した。
「ごめんさない」
悪い事をしたと勘違いしたユズハそう謝って来る。
「謝る必要はない。見ていたがお前は全然悪い事はしていないぞ。お前がやらなければ俺が同じ事をしていたさ。お前をあんな訳の解らない奴に渡すつもりはない」
そう言ってやるとユズハは顔を下に向けたまま俺の方を見る事は無なかった。