2話
とりあえず床に眠るユズハをベッドに運び、俺は洋服タンスから服を取り出して着替えると部屋を出てみる。
家族構成は父さんと母さんそして一つ下の妹の4人家族。一階に降りるとテレビから懐かしい番組が流れている。たしか俺が召喚された時に人気があった番組でそれをソファーに座りながら母さんが見ていた。
「大和。そんなに母さんを見つめて、一体どうしたの?」
10年ぶりに元気そうな母さんの姿を見る事が出来て涙が溢れそうになる。無事帰って来た事がこれで確認された。
「喉が渇いたから。何か飲み物ない?」
「冷蔵庫にジュースが在るから、それなら飲んでも良いわよ」
「解った。ありがとう」
俺は冷蔵庫からジュースを取り出し、コップを二つ手に取るとバレない様に部屋へと持って行く。
部屋に戻るとユズハは既に起きており、窓から見える外の景色をずっと見つめていた。俺がいた世界を見てどう思っているのだろう。
「起きたのか?」
俺の言葉に振り向いたユズハは驚いた表情を見せた。
「大和が若くなっている……」
「そうみたいだ。俺がオリアルシル大陸へ召喚された時間に戻っているみたいなんだよ。だから今は17歳と言う事になるな。まぁユズハの方は変わっていないから同級生位じゃないのか? だけどお前と過ごした記憶はハッキリと残っているから安心しろよ」
「そうなんだ…… 迷惑掛けてごめんなさい」
ユズハは頭を下げて謝って来た。自分でも悪い事をしたと実感しているのだろう。素直に謝られると怒るに怒れない。
「まぁこうなっては仕方がない。今後はユズハが向こうに帰る方法を探さないとな」
俺がそう言うとユズハは首を左右に振り否定する。
「私は帰らないよ。大和とずっと一緒にいるから」
そう言われても、この家で俺と暮らすのは普通に考えると不可能だ。俺には家族がいるし今はまだ17歳。当然結婚できる歳でもない。それにこのままユズハを隠して生活するのも難しい。親に話すとしても何て説明をしたらいいのか検討も付かなかった。
良い対策が閃かずに困っている俺を見つめて、ユズハも申し訳なさそうに座り込む。
無言の沈黙が数十分程続いた時に突然ドアが開かれた。
「やっぱりお友達がきているの? 大和がコップを二つ持って行ったのを見たから誰か来てるかと思ったら……って、外国の女の子? それにその子…… コスプレ?? あんた何やってるのよ!?」
突然入ってきた母さんは俺の正面で座り込むユズハを見て驚いていた。
ユズハは金髪で白い肌を持ち瞳も青い。異世界では珍しくも無いが日本では外国の人と間違われる容姿で、更に今着ているのは異世界の鎧であった。
母親がコスプレと勘違いするのも仕方ない。
「あわわ、母さん、これは、彼女は友達の……」
いい訳を考えていなかった為に焦り出す。瞬時に何かいい訳を考えなければ親が激怒してしまう可能性もあった。
俺が焦っている姿を見てユズハはスッと立ちあがり、スタスタと母さんの傍に歩いて行った。
「おい! ユズハ。俺の母さんだぞ変なことはするな……」
ユズハは母さんの正面に立ちジッと見つめた。
「えっハロー? コンニチワ」
母さんも外国人のユズハが近づいて来た事で焦ってしまい。訳の解らない英語を話そうとしている。
そんな母さんに気を取られる事も無く、ユズハは腰から道具袋を取り出した。あれは袋自体は小さいが中は大きな空間が広がっており様々な道具を入れておく事が出来る冒険者必須の道具であった。
次に取り出したのは紙に包まれた紫色の粉でその粉は俺も知っている物だった。
「ユズハお前母さんに何を使うつもりだ。やめろ!」
俺の命令を無視し、ユズハはそっと紫の粉を母さんに吹きかけた。その途端に母さんの眼の焦点は怪しくなり意識が朦朧となる。
この粉は戦闘補助アイテムの混乱の粉と言い。殺傷能力は無いが相手を混乱させる効果がある。基本的には魔族や魔物に使う物であって人に使う物ではない。
「お前、それ混乱の粉だろ!! 異世界の道具をこの世界で使って何かあったらどうする気だ!!」
身内にいきなり危険な事をされ俺も怒気を含みユズハを叱り付けた。ユズハはシュンと肩を落として大人しくなる。
「この粉は混乱させるだけだから、死なない」
そんないい訳を言っているが、それは異世界での効果であって、ここでも同じ効果が出るとは限らない。
俺は心配になり母さんの元へ駆けつけると、母さんは混乱状態に陥っていた。
「母さんしっかりするんだ」
母さんの肩を揺すりながら意識を呼び戻そうと試みる。
その時ユズハは母さんの耳元で囁く。
「私はユズハ、大和と一緒に住みたい」
「なんで大和が外国の女の子と一緒に…… それにその子は一緒にすみたいって…… ホームステイ? そうホームステイだわ」
混乱中の母さんは、定まらない意識の中で連想するかの様に呟き続け。ふっと眼に力が戻る。そしてユズハを見て笑顔を見せた。
「ユズハちゃん、そんな格好していたら風邪をひくわよ」
「えっ? 母さん、ユズハの事知っているの?」
俺の問いに母さんは何をいているのよ? とばかりに答えた。
「先月からホームステイしている。ユズハちゃんでしょ? アンタこそ何言っているの?」
洗脳しやがった!! 俺は心の中で大きな叫びを上げる。異世界での効果は混乱させるだけの筈で洗脳の効果は無かった筈だ。だが此処は異世界の人種とは違う人間が住む世界で効果も多少変化しているみたいだった。一応結果オーライで何とか危機は乗り越えたと言える。
ユズハにもその事を説明し一緒にいれるかも知れないと伝えると喜んでいた。だが異世界の道具を使った事はきつく叱って置く。
けれどユズハは学校帰りの妹と仕事帰りの父さんにも、迷う事無く混乱の粉を使用していた。後で聞いた話だが既に洗脳されている母さんが洗脳の手助けをしてくれた様で、ユズハは無事に川嶋家のホームステイの座を手にしたのだった。
俺はユズハの躊躇なく異世界の道具を使う根性が恐ろしく冷や汗を流す。