17話
光に包まれ目をゆっくりと開くと日本では見る事がない抽象的なデザインの壁画が目に飛び込む。異世界では宮殿でよく書かれている物だ。次大きく深呼吸をすると懐かしい香りが身体の中に流れて来た。次に手に魔力を通してみると、魔力量も戻っている。
「俺はまた帰ってきたんだ」
フラウを救出する事を決めた俺はグロリア様達と共にオリアルシル大陸へ戻ってきた。
この後はグロリア様から色々と説明を受ける事になっている。フラウが攫われた状況や作戦の全容、俺が若返った事も聞いておきたい。
ユズハは宮殿にある自分の部屋に向かい、俺とグロリア様は執務室へと移動する。そこで簡単な流れを話してくれるとの事だ。
「最初に今回の助力に感謝する。勇者殿が来てくれれば作戦の成功率は格段にあがるだろう」
「とにかく、説明して欲しい。今がどういう状況なのか? 作戦はどういう内容なのか? それに俺が若返った事やそこらへんも気になっていたんだ」
「そうだな……まずは元の世界に戻った時に若返ったのにユズハ殿がそのままの姿やフラウが向こうの世界に行けた事などを話そう。あくまでも今回の件は前例がないので憶測と言う事だと言っておく。
今回勇者殿がこの世界に来た方法は前回とは大きく違う。前回は召喚儀式により呼ばれ。今回は転移によって飛んで来ている。
この召喚と転移の違いは時間軸の違いと考えればいいだろう。召喚は時間を飛び越えて相手を呼び寄せる魔法で転移魔法は違う場所へ瞬時に移動する魔法。
召喚魔法は召喚と帰還が一つとなっている。召喚された時の記憶を魂に刻み、帰還する時は時間軸を飛び越えてその記憶の場所へと戻る事ができる。だがその儀式は頻繁には出来ない。そうだな貴重な供物を用意する時間や星の動きなども考慮すると丁度10年に1回の頻度だろう。
次に転移は比較的、簡易に出来るがそれでも魔術師が数人掛かりで儀式を行う必要がある。ただ此方は時期などは関係なく出来る。
何故最初に勇者殿を召喚で呼んだかと言うと、此方が指定する能力の持ち主を自動的に探し出して連れて来てくれるからだ、我々が条件とした内容は勇者の剣を扱える者。
勇者の剣は異世界の者しか使う事が出来ない。その為に勇者殿は犠牲になったのだが……
話を戻すが、今回勇者殿が召喚の儀式により戻った時にユズハも抱きついて飛んだ所為で彼女もまた勇者殿と同じ時間に飛ばされた。だが彼女の魂には記憶が刻まれて居ない為に今の姿のままで飛んだと推測される。
次にフラウが飛ばされたのは帰還の護符の力だと言っていたが、間違い無いだろうか?」
「間違い無い。それは俺が見ていたから」
「ふむ…… 前例がないので推測でしかないが、帰還の護符にも世界を渡り歩く転移と同じ力があると考えられる。
一つ確認なのだが、ユズハが帰還の護符を使ったのは勇者殿が元の世界に移ってからどの位の帰還が過ぎた頃だい?」
「そうだな…… 多分1カ月位経っていたと思う」
「実はフラウがこの世界から居なくなったのは、勇者殿が帰ってから10日後なんだ。この意味が解るかい?」
「いや…… どういう事か簡単に説明して欲しい」
「つまりだ、我々と勇者殿は同じ時間軸を過ごしているが、召喚した時は勇者殿は10年先で生きていた未来の人だと言う事だよ。時間を超えて10年前の我々の世界へ召喚された。
それから10年掛けて魔王を倒し元の世界に帰還する事に成功する。
魔王を倒し再び元の世界に戻った期間が勇者殿が召喚された時期に近かった。と言う事だ。
そのズレは20日程度。なので護符の力で転移されたとしてもフラウの見た目は何も変わらない。
偶然と言うべきか奇跡と言うべきか…… 推測でしかないが、時間軸がずれて護符を発動してもきっと効果は無くフラウが勇者殿の世界に飛ぶ事も無かっただろう。護符には時間を飛び越える力はないからね。
今回は転移によってこちらの世界に来ているから、この世界で経過した時間は向こうでも経過している。その事は注意して欲しい」
「何となく解ったような、解らないような」
「まぁ、今回の事件が終わったらまた詳しく説明させて貰うとしてだ。まずはフラウが攫われた状況から説明しよう」
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話を聞くと、フラウは儀式を終え俺の元に戻る準備をしていた時、フラウお付きのメイドが窓から侵入した男に捕まり、フラウがメイドの身柄と引き換えに自らが人質となったとの事だった。
この王宮の部屋割は秘匿とされているので、フラウがどの部屋を当てが得られているのか知っている者は少ない。なので手引きした者が必ずいるとの事だ。
メイドには手紙が渡され、俺の身柄と引き換えに王女は返還される旨が書かれていた。この件から魔王の関係者による報復処置だと推測された。
引き渡し日は明日の正午だが、フラウの居場所はブレスレットの力で判明しているので今晩中にアジトを襲い。救い出す計画だと言う。
最速で今晩中に日本へ帰れば親に気付かれる事も無く事件が終了する事になる。俺とユズハが消えた事が発覚すれば父さんの事だ。すぐに捜索願を警察にだすだろう。
「それじゃ、作戦の詳しい事は会議室に集まっている者達も含めて話し合おう」
話に一区切りがついたので、グロリア様と俺は会議室へと向かった。
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ドアを開くと顔見知りのメンバーが出迎えてくれた。かつての仲間や共に戦った戦士達だ。ユズハ以外は俺の若返り具合に驚いていた。
「うわぁ~ やーくんが若返っているって聞いていたけど。本当に若返ってるよ。ぼくびっくりしちゃった」
「大和…… お帰りなさい」
俺の仲間だった大陸一の格闘家であるエルザと同じく大陸一の天才魔術師のソフィーは俺の若返った姿を見て驚く。
エルザの口癖は僕で大陸の端で暮らす戦闘民族の異端児だ。赤い髪は短く切られ日焼けした小麦色の肌を持つ健康美少女だが、その力は大岩を拳で粉砕する程に強い。歳は1つ下位の15か16歳だと記憶している。
いつも屈託の無い笑顔を絶やさないムードメーカーだ。
大人しい口調の女の子は同じく仲間の天才魔法少女ソフィー、年齢は最年少の14歳で魔法都市の出身だが、親は魔族と人間の混血で俺とフラウしか知らない秘密だ。
魔族と行っても異形の姿をした者から人間と殆ど変わらない者までいる。なのでソフィーの親も人に近い者だったのだろう。
出会いは俺が旅の途中に魔族に殺され掛けているソフィーを助けてからずっと行動を共にしている。
何故付いて来てくれているのかは解らないままだが……
ソフィーの肌は透き通る程に白く、肩まで伸ばした髪はストレートで黒い。日本人形の様な美しさを持っている。普段は大人しく口数が少ない性格だが、戦闘になると性格が好戦的に変わる二重人格の持ち主だ。だけどまだ幼く甘えん坊な所がある。エルザの次にユズハとは喧嘩が多く互いをいがみ合っている。
こんなチグハグなパーティーで良く魔王を倒せたものだと思う。
「よう、久しぶりだな。元気していたか?」
「僕は元気だけど、ソフィーがやーくんが居なくなってから元気が無かったんだ」
「エルザ、嘘を言わないで」
「だって僕見たんだもん。エルザが部屋で泣いている所を」
腕を後頭部で組みながら椅子の背もたれに体重を掛けて、バランス良くシーソーの様にエルザは冗談交じりに言っていた。
ソフィーは眉間にシワを作り、眉がヒクヒクと小刻みに動く。これはソフィーがキレる前兆の仕草で一度キレると手が付けられない。
「焼いちゃうよ?」
「ニシシ! やれるものならやってもいいよ」
「焼きつくせ。ファイアー!」
瞬時に右手で小さな火球を作りだすとエルザに向けて発射する。だがエルザは火球を素手で殴りつけて窓から外に弾き飛ばした。中庭では爆発音が響く。
会議室には2人の他にも騎士団長やギルド長などもいたが、英雄2人の喧嘩に入って行けない。ユズハは関係無いというスタンスなのだろう。動く気配はなかった。
「エヘヘ、効かないよーだ」
エルザはソフィーに対して舌を出す。挑発に乗ったソフィーが腹を立てて椅子から立ち上がった。
「おいおい、いきなり喧嘩かよ。ったくお前達は変わって居ないな。もう喧嘩は止めておけ」
俺は2人の間に入ると順番に互いの頭を撫でてやる。ふたりは年少組でいつも一緒に居るくせにケンカが多い。だから2人がケンカを始めると俺がこうやって頭を撫でて2人の喧嘩を止めていた。今回も自然と身体が動いている。
懐かしい頭の感触に俺は満足気な笑顔を見せた。2人も俺につられて笑顔を見せる。
「ニシシシ!お帰りなさい」
「……お帰り」
「あぁ、フラウを助けたらまたトンボ帰りだけどな。今回は宜しく頼むぜ」
落ち着いた所でグロリア様が今回の作戦を話し始めた。いよいよフラウ救出作戦が開始される。