第九十話 人間は脆い
サナは周りに禍々しい闇手を発生させる。
複数の荒々しく動く物体は、彼女の感情を表しているようにも見える。
黄色い目は先程にもまして冷ややかである。
「くっ......」
カルマンにもその情は伝わっているのか、表情はより険しくなっている。
だが彼もここで引き下がるわけにはいかない、右足を一歩分下げると、その地面に足形をつけるほどに踏み込んでダッシュする。
サナは闇手をカルマンのもとへ向かわせるも、赤い悪魔の速度は比類ない、突風の如くそれをすり抜けると、あっという間に彼女と3メートルもない距離にまで接近してきた。
「このっ!」
カルマンは鉄拳を繰り出すも、サナに掘り出されるようにして出てきた闇手に防がれた。
サナの髪が風に勢いよく引っ張られる。
「貴様も所詮は人間、その体じゃ紙のように脆いはずだ!」
サナの体つきはどこにでもいるような細身で、生身で攻撃を受け止めるのにはめっぽう弱いように見える。
「それはどうかしらね......」
その答えをもったいぶるような発言をとるサナに彼はあちこち動き回っては打撃や弾を加える。
暫くはサナの闇手によるガードに阻まれていたが、スピードにおいては上回っているかれはやがて彼女の背後に隙を見つける。
「隙ありだっ!!」
カルマンは待っていたとばかりに叫び、その背中に弾を詰め込むようにして両手で乱れ打ちする。
だがもうすぐ10発目のところで闇手に左手をはねられ、それに気づいたカルマンは急いで後退する。
「ちっ、止められたか......」
彼は気にくわぬ顔をしながらも斬られた左腕を前に出すと、手は断面から生えるように再生されていく。
そしてもくもくと立ち込める煙を眺める。
「だがどうだ、これほど受ければ、普通は多かれ少なかれ損傷は受けているはずだが......」
そうやってカルマンは彼女のダメージを期待していると、徐々に煙が晴れてくる。
巻き上がっていた煙は完全にどこかへと去り、サナの容姿が見えたとき、カルマンは目を見開き唖然する。
「......!?」
そこにいるサナはかすったような傷すらも見当たらず、毅然としてその場に立っている。
「なぜだ、確かに生身に当てたはずだ、バリアの類いも展開されていないと言うのに......!!」
「愚かじゃのう、お主は」
浩はカルマンを蔑む。
彼はようやく息が整ったようだ。
「アストルはあの程度の攻撃では傷すら受けぬわ」
「仮にダメージを受けたとしてもなぁ......無理ゲーだな」
浩に乗じるようにアイラが言う。
「......まだまだね」
サナが微笑すると、闇手が二本飛び出し、カルマンに襲い掛かる。
闇手はムチのようにしなり、カルマンはそれを受け止める。
「ぐ......!!」
しかし、闇手の力に押され扉とは反対方向に飛ばされると、壁に激突し、それを突き抜け壁の瓦礫共々向こうへと飛んでいった。
彼は森林の大きな木にぶつかってようやく止まった。
アイラが横で膝を付いている武臣はそれを見て小さく呟く。
「か、神だ......」
サナは闇手を引っ込めて下駄の音を鳴らしながら壁の穴へと歩いてくる。
その向こうにいるカルマンは地面にへばりつくように倒れている。
「......何なんだ、なぜこんなにも......」
彼は真顔になりながらいう。
彼女との差をまざまざと見せつけられ、戦意は半ば喪失しているのか。
「無謀な戦いだったわね、カルマン」
サナは妨げになっている瓦礫を闇手で乱暴に弾き飛ばしている。
そして出来た道を腕を裾で隠しながら移動する彼女からは、王者の風格というものが漂っている。
「あなたはとても不幸な運命を辿った。神に自分の外見を狂わされ、そして思想も狂った......」
彼女は王室から抜け出し、未だに倒れているカルマンの元へ寄っていく。
「そして、ここで私に倒されるのがあなたのこれからの運命なのよ」
「......」
彼女に同情の言葉すらかけられてしまったカルマンは今までじっとしていた所からゆっくりと立ち上がリ始める。
サナはそれを見て足を止める。
「......ああ、そうだ、我は悪魔だ!」
彼はうつむきがちに腰を上げる。
「悪魔だ、だから征服などというものを考え付ける、だから部下も駒扱いができる! そして、貴様のような相手と戦うことになる......だが、貴様はここで朽ち果てるのが運命と言ったな......」
彼は立ち上がりきると、力いっぱいに叫んだ。
「我はその運命とやらを打ち砕いて見せる、貴様をこの世から消し去ってやるのだ!!」
少しは騒いでいた森林はそこからびくりとも動かなくなった。
サナはそれをきょとんとした顔で聞いていたが、やがてニヤッとして、
「へぇ.....じゃあ、やってみなさいよ」
そういうと、彼女は闇手をカルマンに向けて複数本放った。
直後に刺したような鈍い音があがった。
しかし、それは闇手が刺したものでは無かった。
......サナの背中からは、カルマンの鋭い爪が飛び出していた。




