第七十三話 六方陣
白い光が空気を切りながら走っていく。
教会の蝋燭の数が少なく、薄暗いため、その光はより目立つ。
その光が向かっている先は、武臣である。
「!」
気砲は見事に彼に命中。
音を立てて爆発させる。
「フフ......」
泰昌はニヤッと笑う。
恐らくダメージを与えたと確信したのだろう。
しかし、煙が薄くなり、武臣の姿が見えると、彼は平然と立っていた。
「効きませんなぁ......」
天獣手で防いでたのだ。
武臣は煽り口調で喋る。
敬語を使っているのだから煽りの効果は大きい。
「こいつ......!」
泰昌は右腕に錫杖を持ち、左腕に天獣手を纏い、武臣に対して近接攻撃を試みる。
泰昌が錫杖で武臣の顔を突こうとすると、彼は寸前で錫杖を止める。
透かさず泰昌は天獣手の掌を見せる。
気砲を放とうとしているようだが......。
「未熟」
武臣は彼の左腕を拘束し、彼の肘を折り曲げると、直後に彼の気砲が発射された。
気砲は天井に当たり、屑がボロボロと落ちてくる。
「あなたは天獣手の使い方が分かっていません。私からみれば子も同然の腕前です」
「おのれ......!」
「いいですか? 天獣手は翼がなければ本来の力を発揮できません。翼による空中行動と組み合わせることによってやっと天獣手の力を100%発揮できるのです。こういう風にですねっ!」
武臣は語尾に力を入れて、同時に翼を羽ばたかせて真上に飛翔した。
泰昌はその彼に怒りをあらわにしながら気砲を放つも、彼はスッと避ける。
「くそっ」
回避行動の後、隼の如く錐もみ回転しながら泰昌に向かって急降下していく。
彼が泰昌の目の前に勢いよく着地すると、泰昌の胴の着物は斜めに引っ掻かかれ、その部分が破ける。
「いっ......!!」
その傷からは血が滲み出て、着物に染み入る。
泰昌はその痛みを堪えながら天獣手の鋭い指先で彼を突こうとするも、それも避けられる。
彼が気付くと武臣に背後を取られていた。
「ほら、遅いですよ」
彼はそう言いながら、泰昌に対して気砲を放つ。
泰昌は歯を食い縛りながらそれを何とか回避するも、その後は防戦一方である。
「へぐっ!!」
武臣の気砲は泰昌の背中に直撃、空中に勢いよく放り投げられた後、まともな受け身をとらずに地面に叩きつけられたあと、祭壇に頭部をぶつける。
「う......」
泰昌は意識を保っているので精一杯な様子だ。
と、彼は左腕に異変が起こっているのが分かった。
「天獣手が......」
効果を保つことができなくなってしまったのか、彼の呪術によって腕を纏っていた天獣手は解けて、元に戻っていく。
彼はそれを見て驚いたかのような言葉を呟くが、それを表情に出すことは無かった。
「もうお仕舞いですか......」
武臣は空中から背筋を伸ばしながら着地する。
「早いですね。もう少し戦ってくれると思ったんですが、貴方の力はその程度何ですか?」
「......」
泰昌は武臣を睨むが、口を動かすことは無かった。
「......ふ、もうそんな力も残っていませんか」
彼は顔の縫い跡を歪める。
「私は負ける訳にはいかないのです。私のボスのためにも」
彼はクローバーのボスのことについて話始める。
「ボスはこの私を救って下さった。ボスは私の事を理解し、私を信頼してくれた、まさに私にとっての救世主! そして汚れた人類を地球から抹消するために神がこの地上に送り込んできた正義の心の持ち主!」
彼はゆっくりと泰昌に近づいていく。
「ボスは教会も作ってくれたのだ、あんなに私の事を思ってくださったのは妻以来だ! 私はそんなボスと共にこの愚かなる人類共をすべて駆逐すると誓ったのです!!」
武臣は少し乱すように声を張り上げると、天獣手から気砲をチャージし始めた。
「......さあ、ボスの、クローバーの糧になっていただきます。地獄での幸運を祈ります......」
そう言って彼が一歩踏み出すと、足元が光だした。
彼の足元には、その光源と見られるものがある。
それは......泰昌の札だ。
「これは......!」
教会が薄暗いせいか、彼はこの札の存在を知らなかった。
彼は急いで折り畳んでいた翼を広げ、空中へと逃げようとする。
しかし遅かった、光を放っている札から複数の鎖が現れた。
武臣は翼を羽ばたかせ一瞬宙に浮いたが、直後に全身に鎖が絡みつく。
「ああっ......!!」
鎖は彼を地面へと引っ張り、再び足に地をつけた。
「『呪術・不断鎖』......戦いの最中に数ヶ所撒いておいたが、やっと引っ掛かったか」
泰昌がゆっくりと立ち上がる。
武臣は鎖から抜けようと足掻くが、鎖が切れることはない。
と、彼の周りを囲うように魔方陣が6つ、出現した。
「『魔術・六方陣』」
泰昌はそう唱えると、その魔方陣からビールが飛び出し、武臣を攻撃する。
「ぐわあ......!!」
武臣の翼や祭服はボロボロとなっていた。
「この......全身の感覚が無くなるくらい痛いっていうのに、耳まで痛くする気か......」
泰昌は痛さを紛らわせているのか、息づかいが荒くなっている。
「......貴方は、神を敵に回しているのが分からないのですか?」
「何を言っているんだ。お前らの味方になるほど神は馬鹿じゃないだろ。仮に......」
すると彼は、錫杖を逆手で持ち、武臣に向ける。
武臣の天化状態はすでに解けている。
「これが神に対する敵対行為なら、僕は喜んで神に刃向おうじゃないか」
彼は錫杖を前に出し、武臣の脳天を突こうとする。
「ああ、神よ......」
武臣はそう呟き、目を閉じる。
その途端だった、泰昌と武臣の間に、複数の剣が空から降り、地面に突き刺さった。
「!?」
泰昌はそれを前に腕を止める。
「泰昌」
アイラの声がした。
泰昌はその声がした、武臣の後ろの壁を見ると、彼が突っ込んだ壁の穴から入ってきているのが分かった。
あの瓦礫を一人でどかしたようだ。
「なに必死な顔してんだ。あのうざい笑顔はどこへ行った?」
「......」
泰昌はアイラの姿を見た後、一気に力が抜けて倒れてしまった。
「......気絶したか」
その様子を見てもアイラは特に驚く様子もなく、煙草の煙を吸っている。
「あなたは......」
武臣はもうすでに目を開けている。
と、泰昌の気絶によって呪術の効果は切れ、武臣を拘束していた鎖は枯れ木のように朽ちていく。
「私にとどめを刺しに来ましたか......」
「いや、貴様は殺さない」
「......!?」
アイラの返事が予想外だったのか、武臣は眉をひそめている。
「......なんのつもりですか」
「最初は殺す気でいた。だが、うるさい叫び声が気になってな」
アイラは煙草の煙を吐き、間を置く。
「......本当に貴様は、ボスが自分のことを『ただの駒』として扱われていない自信があるのか?」
「何......?」
アイラの言葉に武臣は歯を見せる。
「ボスがそんな風に思っている訳がありません!」
「そうかな、組織の首領というのは大抵は幹部すら捨て駒にするからな。私らの会長も例外ではないと私は思っている」
彼女は数列設置されているベンチ椅子の一つに座り込む。
「貴様も戦力になるからってだけで拾われたんだろ」
「な、なにを、私のボスを貶すなど......!!」
武臣は激高するも、アイラは続ける。
「だから、その貴様の言葉が、真実か妄想かを確かめようじゃないかと思ってたんだがな」
「真実......」
「ボスは本当に貴様を『ただの駒』と思ってないかを、確かめるんだよ。そうだと言った時の貴様の顔を眺めるのも一興だと思ってな」
彼女は暫く指で挟んでいた煙草を再び咥える。
「ボスは、どこにいるんだ?」
「......王室です」
と、武臣が答えると、アイラは椅子から立ち上がり、泰昌を担ぐ。
「......おい、案内しろ、王室へ」