第六十三話 囚われの身の姉 その1
7区、エネミー人間収容所。
ここではレベル3以上のエネミーに値するとされた人間を収容している。
牢屋はふつうの拘置所や留置所よりも頑丈に作られており、当然、最低限の人権も保障されている。
しかし、この収容所が使われる機会はあまり無い。
その面会室というのは一般のと同じくシンプルで、内装は全体的に白く、面会者と被収容者を隔てる、声が通るように穴を開けた強化ガラスがあるのみである。
アシュリーは面会室で、窓ガラスの向こうの人物と面向き合っている。
「ふふ、どうしたのアシュリー?」
ニコニコと純粋な笑顔を浮かべながらアシュリーを見ている。
この人物とは、彼の姉であり元クローバーの幹部の、イザベル・エイリーである。
「私が恋しくなった?」
「違うよ。いちいち来るほど暇じゃない」
「またまた照れちゃって、可愛いなぁ」
イザベルは彼をからかう。
「なんでそうなる......」
と、呆れるが、彼女の言うことも強ち間違いではない。
アシュリーも彼女の事は心配であった。
彼女に会えて実は内心で嬉しいと思っている所もあったりするのだが、やはりそんなことは言葉に出さない。
がしかし、それは彼の顔から漏れ出してしまっているようで。
「やだなぁ、リンゴ見たいに赤くなってる。感情を隠すのが下手なのね」
イザベルに指摘され、反射的に左手で頬を隠す。
赤面で彼女から目を逸らすと、看守が直立で立っているのが見えた。
テロ組織の幹部とディフェンサーズのNo.6......一般人なら逃げ出したくなるような状況の筈だが、彼は真顔の表情を一切変えない。
「で、何しに来たの? やっぱり......」
「だから違うって! クローバーについての尋問をしに来たんだ」
アシュリーは何とか落ち着かせ、再びイザベルに目を向ける。
「ええ、まだ私を痛め付けるの?」
「いや、エネミー収容所じゃ有るまいし、ていうか、あれはもう拷問だし......」
地下エネミー収容所の尋問が名前だけというのは、アシュリーも認識している。
「リリアンネにもしてるの?」
「別の戦士がやっている。だけど、一切答えない」
リリアンネも、別の拘置所で過ごしている。
彼女にも面会で尋問を行ったのだが、クローバーに不利な情報は全く流さない。
「彼女のの忠誠心は誰よりも強いからね。多分尋問は無駄だと思うよ」
と、彼女は椅子にもたれる。
「......じゃあお姉ちゃん、まずはだけど」
「お?」
アシュリーの質問をイザベルは笑みを浮かべながら待つ。
「......どうやってクローバーに入ったの?」
「拾われたのよ。メンバーに」
と、クローバーに入るまでの経緯を話し始めた。
(おそらく、あの時だろうな)
「覚えてるかしら? 私がエネミーからあなたを庇ったこと」
「ああ、もちろん。あの時は死んだと思っていたけど、まさか生きてたなんて」
「私、メンバーに助けられてたのよ」
「!(やはりだ)」
予想通りだった。
でないと彼女はそのままエネミーに命を取られているに違いなかったと思ったからだ。
「エネミーを追い払って、私を助けてくれたのよ。『救世主が現れた!』と思ったもん。で、そのまま入隊したわけよ」
と、饒舌に話す。
「そう......じゃあ、次の質問だけど」
「なになに?」
「お姉ちゃんって、どういう気持ちでテロの任務を遂行していったの? 僕ら人類に対する復讐? それともクローバーに対する恩返し?」
と、イザベルの回答の内容を紙に書きつつ質問する。
「後者ね。最初は拾ってくれたことに本当に感謝してたよ。乞食しているよりもいい環境で生活できたし」
と、微笑みを絶やさず話していたが、直後に落ち込んだ表情をする。
「でも、身体に血を塗り重ねていくうちに『これは本当にいいことなのか?』と思い始めてね。なんというか、そこから無理やりやらされているような感じになってきて、忠誠心も段々と無くなってきたのよね......」
「じゃあ、"あの時の発言"は?」
"あの時の発言"とは、アシュリーがイザベルに忠誠心の有無を問うた時の 『私はクローバーに忠誠を誓っているわ。決して、奴隷のように働かされているとは思っていないわ』のことである。
「あれは嘘よ」
「なんで?」
「だってそれじゃ、アシュリーが本気を出してくれないじゃない!」
イザベルは微笑む。
「......へ?(何言ってんだこいつ......)」
彼女の発言はアシュリーにとって理解しがたかった。
「いやいや、アシュリーがどれだけ強くなったかを見たかったのよ」
「お姉ちゃんは武術の師匠か!? あれで死んだらどうするんだよ!?」
「でも、アシュリーは絶対に私を殺せないと思ってたし」
「はぁ......」
アシュリーは呆れるほかなかった。
「まあ取りあえず、もうクローバーに忠誠は誓ってないから、クローバーについてなら、なんでも聞いていいよ」
「お、そうか、ありがとう」
そして、アシュリーは尋問を続けた。




