第六十話 P市南部攻略作戦その5:仕込み刀
突然身体が宙へと投げ出された。
「ぐっ!!」
ベンガルは空中で体勢を立て直し、足で着地をした。
ビームをもろに喰らった腹が生身の状態で殴られたかのように痛む。
「本当に、隙がないですね......」
そして顔を覆っていたマスクを開け、顔を出した。
口に血が溜まっていたのでそれをペッと吐き出した。
「私は隙を作る事はない、作らせる事もない、だが突く事はできる。お前の、負けだ」
リリアンネは少し遠くで斧を構えながら、自身の勝利を確信するような発言をする。
彼女の気配を察知する能力じゃ、後ろをついてもすぐに攻撃を防がれる。
確かに、隙はない。
「いや......まだですよ」
と、言ってみるが、スタイルαに変えて挑む以外の打開策が思い浮かばない。
しかもスタイルαだと、たしかに攻撃力やスピードは上がるが、防御力は無いに等しくなり、一発でも攻撃を受けたらお陀仏だ。
他のスタイルもおそらく無理だろう。
「悪あがきは、見苦しい。潔く、死ね」
と、リリアンネは考える暇を与えずベンガルに向かって直進してきた。
(一か八かスタイルαでっ!!)
と、スタイルを変形させようとする。
「これ、待たんか」
と、どこからか老人の声が聞こえた。
「この声は.....!」
まさかっと思った。
リリアンネも動きを止め、声の主を探す。
「......誰だ」
すると奥から、杖をついて歩いてくるおじいさんが寄ってきた。
やはりだ、とベンガルは思った。
「血気盛んなのは構わないが、少し状況を考えたらどうじゃ、マクレン」
ゆっくりと歩きながら錆びた声をベンガルに向ける。
「す、すみません、足羽さん......」
ベンガルは頭を下げる。
下の名前で呼ぶのが慣例であるこのディフェンサーズで、老人、足羽浩は自身の名を下の名前で呼ばれることを嫌い、また自身も人を下の名前で呼ぶことを嫌っている。
「なんだ、老人」
リリアンネは高圧的な態度で浩に接する。
(それが老人に対する態度か......)
と、ベンガルはすこしイラッと来た。
だが浩は、そんなことも気にしない。
「ほっほ、お主、クローバーの幹部だそうじゃの」
「そうだが、なんだ」
「そうか......ふむふむ」
と、ゆっくりとした動作で長い髭を触る。
「......お主に一個質問じゃが、お主が入っているクローバーの本拠地はここなのかのう?」
「言う義理は、無い」
リリアンネは質問に対してスッパリ切り捨てた。
「ふむ、なら仕方ないのう......」
と言い、浩は杖を両手で持つと、そこから刀を抜いた。
そして浩はリリアンネに向かって刀を振りつけてきた。
「!?」
彼の動きがいきなりよくなったことに驚き、急いで後退した。
「何者なんだ......」
「わしか? わしは......『No.2』じゃよ」
「!!」
浩が自分のナンバーを言った途端、リリアンネは少し動揺したのが分かった。
そして、逆ピラミッド形の顎髭がゆらゆらと風に流されるように動き始めた。
「ゆくぞ小娘」
と、刀を構えると、浩は刃先の軌跡が残像として見えるほどのスピードでリリアンネに近づいていく。
しかし彼女も、動揺したのは最初だけで、冷静に斧を浩の刀と交える。
「斬る!」
リリアンネは浩の刀を押しきり、今度は彼女が浩に向かって斧を降り下ろす。
浩は刀を目の前に出して受け止めた。
風圧が彼女らの周りへと広がっていく。
「ふむ、これ程重い斧を使いこなすとは、女にしてはなかなかの腕前じゃの」
リリアンネの象に足で踏まれたような重たい攻撃を受け止めながら、彼女の戦闘能力を吟味している。
「舐めてるのか」
と、腹を立てたリリアンネは少し離れてエネルギー弾を放つ。
「ほう......笠置の妹が喰らったのはこれじゃの」
と言いながら、逆手持ちで弾を弾いた。
弾はその直後に爆発をした。
「ほっほ、どうじゃ、戦時は工作部隊に所属していたからのう、暗器の扱いには慣れておるのじゃ」
彼は敵国の施設の破壊工作、兵士や重要人物の暗殺、奇襲攻撃等を行う部隊に所属し、多くの功績を残した。
故に仕込み刀等の暗殺武器の取り扱いは人並みより優れている。
「さて、そろそろ方をつけるとするかの」
浩は再び髭を真横にたなびかせてリリアンネに向かっていく。
「見切った」
直後、金属音が響いたかと思うと、浩の刀が宙に浮いた。
そして、浩の目の前には、リリアンネの斧の先があった。
「こいつがNo.2か......口ほどにも、ない。老人なら、腐った政府の、脛でも、かじっておけ」
「......ふむ、若いもんの力には耐えられなかったか。この勝負は、わしの負けじゃよ。じゃから――」
浩が言い切る前に、リリアンネは止めを刺すべく斧を振り上げ、体全体を使って斧を浩に振った。
「......!?」
驚くべき光景であった。
リリアンネはもうとっくに斧を振りきったようなポーズを取っているのに、斧の刃は浩の首に寸止めしている。
その後、いくら腕に力を入れても、斧は少しも動かない。
「......じゃから、今度は『特殊能力』とやらを使ってお主と戦うと言いたかったんじゃがの。話はちゃんと聞くべきじゃぞ、小娘」
と言うと、浩は右手に白い光球を発生させた。
そして、それをリリアンネの腹部に押し当てた。
「――二回戦開始じゃ、小娘」
※ ※ ※
その後の戦いは一方的であった。
リリアンネは何もすることができず気絶した。
他のクローバーメンバーは、いつの間にか逃走していた。
「浩さん、これ......」
ベンガルは仕込み杖を浩に手渡した。
「すまんの、マクレン」
「いえいえ」
ベンガルもあの戦闘風景を見ていたが、圧巻であった。
そして浩と自身の力の差をつくづく思い知らされた。
「マクレン、あの小娘を捕縛しておいてくれ。刑務所に連行させる」
「分かりました」
ベンガルはボロボロになったリリアンネに近づき、手足を鎖で縛り始めた。