第百四八話 鬼人を止めろ! その2
「ドル……弟って誰?」
「そりゃ決まってんだろ……セントだ」
ああ、なるほどと、納得するのに時間はいらなかった。
背が小さく、左半分が骨の弟に対し、兄は2メートルぐらいはある長身で、右半分が骨だ。
「早速、取らせてもらうぜ」
ドルは素早く銃口をララに向けると、即座に光線を発砲。
ララはそれをひょいとかわす。
「撃つところ避けたらいいから楽や!」
ララは一気にドルの懐まで詰め寄り二つの刃をふる。
か、ドルは地面を擦るように避け、そのまま壁に直立し、間髪入れずララを刺しにかかる。
ララはドルの動きに驚きつつも、刀でしっかりそれをガード。
「なんだそらっ!」
「俺の動きは少々特殊でな、足さえ着いたらどんなところでも貼りつけるんだ」
まるで磁石で引っ付くような動きだ。
しかしその程度でうろたえるわけにもいかない。
ララは空いている方の刀を振り回し、体勢を整えるために一瞬だけドルとの距離を放す。
その一瞬の間に、ドルはまた一発銃弾を放つ、今度は実弾だ。
光線よりも遅いので、より回避が楽だ。
「実弾なんて楽勝楽勝♪」
簡単なものを撃ってきたので少しおかしく思いつつ、またドルと距離を詰める。
その間にドルが一言つぶやいた。
「後ろに気を付けた方がいいぜ......」
「そんな手に乗らないよ!」
そんな言葉をだまし討ち狙いと思い、ドルめがけて走っていたら、突然、背中を何かが突き破った。
ララの腹を突きぬけていったそれを見ると、さっきドルが撃ってララがかわしたはずの、実弾であった。
「そ、そんな......」
ララは衝撃で地面を引きずりながら倒れる。
弾は、ドルの前まで来ると失速し、ちょうどドルの掌の上で止まった。
「警告をちゃんと聞くんだったな、ララ」
ドルは溜息をついて、実弾をコートに隠す。
「お、お腹が痛い......」
油断してた自分が馬鹿だったと、ララは悔やむ。
ただ、激痛ではあったが、耐えられる程度のものではあったため、ララは呻きながらも普通に立ち上がる。
「ふっ、やはりただの人間ではないな」
「つ、次はそうはいかないから!!」
ララは腹痛の紛らせるように、ドルに対して斬りつける。
しかしドルが壁や天井に貼りつきながらうまくかわすので、当たらない。
しかし、ドルが少し強引に銃を振り下ろしてきたのをかわすと、彼に隙ができた。
「今だ!」
ララは好機と見て、ドルに対して右手の刀を喰らわせようとする。
ドルは横に真っ二つ......のはずが、彼の身には何も起こらず、銀色の残像も映らなかった。
その右手を見ると、手首がきれいな断面で切断されていた。
刀が、右手もろとも吹き飛んだ。
「ひっ......」
流石のララも寒気が襲ってきた。
さっきのドルの一振りで、痛みすら感じずに切り落とされたのか。
いくら回復能力があるとはいえ、これが軽い怪我な訳が無かった。
「どうした、かかってこないのか?」
ドルはララを睨みながら、軽く手招きをする。
一瞬、鬼人化しようかと考えたが、それは気が引けた。
万一暴走したときに、今動けない状態のアシュリーまで傷つけてしまう。
「まだまだー!!」
ララは迷いを振り切るように叫び、残った左手だけでドルを仕留めにかかる。
彼女が突っ立っているドルの目の前に来たとき、ドルは銃の口が下になるように持ち上げ、ララにそれを向ける。
角度時に、上に跳びあがるしかない。
何の意図があるのかも考えずに、ララは地面を蹴り、刀を振りかぶる。
ドルの脳天を真っ二つにする絶好のチャンスだとララが下を見下ろした時、そこにドルの帽子は無かった。
「あれ――」
何故だと思った瞬間、背後に悪寒を感じる。
まさか、と思った時にはもう手遅れであった。
ララの胸、心臓のまさにど真ん中の部分に鋭い物が突き刺さる。
衝撃でララの視界は激しく揺れ、それと同時に視界が口から噴き出した血液で塗られていく。
「う......」
ララは力が抜けて、串刺しのまま少し宙ぶらりんの状態になった後、刃がララの心臓から抜けて、地面に落ちる。
地面から生臭い鉄の臭いが鼻をかすかに触る。
砂利交じりの地平線の向こうには、青い髪のアシュリーが、同じく地面に倒れ込みながら、ララをじっと見ていた。
それが見えたのも一瞬だけで、だんだんと視界が狭くなっていく。
「手間を掛けさせやがって」
アシュリーとの視界を遮るように、天井から降りてきた革靴。
耳の上では、銃を構える音が少し聞こえた。
「だが、これで終わりだ。セントには会ったらよろしく伝えておいてくれ......まあ、地獄に落ちるんだから、会えるわけないだろうがよ」
この後、確実に止めを刺されるのは確実であった。
彼女はもはや、あの技を使わざるを得ない状況にあった。
下手をすれば自我を失う、あの技を......。
「......大丈夫」
「あ?」
ララは消えかける意識の中で、呟いて自分に言い聞かせる。
禁忌の技に、自分の心を一時的に預ける準備をする。
「――きっとすぐ終わるさ」




