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第百四六話 リベンジと欺きと、欺きと執念 その2

 にわかには信じがたい状態が、彼女の目の下で起こっていた。

 例えるならば、ある日突然、死刑宣告を突き付けられたようだった。

 恐らく自分の血であろう、赤く染まった革が、自分の腹のやや右を突き出て垂れている。

 確かにムチはかすりもせずに通り過ぎて行ったはずだが、ゆっくりと後ろを向くと、ムチが壁や天井を反射して、アイラに至るまでの跡がきっちりと残っていた。


 「......フッ」


 それを見た途端、笑いが起こってしまった。

 ムチの先はアイラから引っこ抜かれ、もと来た道を逆再生するように動き、収縮してウォルトへとたどり着く。

 腹からはジワジワと血が服に染みだしている。

 恐らく背中にも同じようなことが起きているだろう。

 そして悟る。


 (ああ、これが、この感覚なのか......)


 急すぎて事態が飲み込めないからなのだろうか、恐怖心というものはそんなにない。

 どちらかと言ったら、虚無感の方が強い。

 何とも不思議な感覚のように思えた。


 「貴方、面白い顔をしていますね」


 ウォルトは落ち着いた表情で、わずかに笑みを浮かべてアイラを見ている。

 自分が一体どんな顔をしているのは良くは分からないが、笑顔が消えているのは確実であった。


 「はぁ、何で私がわざわざこんなところでケリを付けようとしたのか。愚かな......」

 「貴様......そんな能力が......」

 「能力というか、テクニックです。言ったでしょう、私と一体化していると」


 確かに前、彼はそういってた。

 普通に考えたら、物理的にあり得ない動き。

 しかしそれを、まるでウォルトの神経が隅々にまで張り巡らされているかのように、そのありえない動きを成し遂げた。

 今回の反射するような動き、そして伸収縮の動きもこの彼の『一体化』した動きによるものだという。

 とはいえ、まだ勝ち筋がなくなった訳じゃない。

 彼は後ろ目を潰したのだ、背後はがら空きも同然。

 もしこのまま逝くのであれば、せめてウォルトを倒してからじゃ気が済まなかった。


 「正直言って、目を潰されるのはかなり予想外でした」

 (そしてその目のせいで貴様は死ぬんだよっ!)


 アイラは彼に向かって手を伸ばし、ナイフを数本、生成を始めようとする。

 しかし、深い傷を負ってか力が入らない。

 今の状態じゃあんな遠くからナイフを作ることができない。

 作られるものは、刃がいびつなものばかり。


 「ですが、勝敗の大勢決めたのはあなたの油断でしたね。あなたは私の強みの一つ(・・)を潰して勝った気になってしまった......そしてこうなってしまったと」


 ウォルトの話は無視して攻撃をしようとするが、思うようにできない。

 想像はできるのに、創造はできない。


 「う、ぐはっ......!?」


 やがて口から血を吐いたアイラは生成をやめ、ぐちゃぐちゃに曲がりまがったナイフたちが地面に力なく落ちる。

 アイラは血に膝をつけて、血で濡れた地面を見つめる。

 体の痛みや無力感で、気が狂いそうだった。


 「人間は腹を貫かれるとあっという間に死んでいくんでしたね? 貴方が常人では無いことを考えると......3分持つかってところでしょうか」

 「3分......か」


 過大評価をしているように感じてしまった。

 確かに鉄と鉛、つまり剣と銃を通さない特徴を持ってはいるが、他は常人とほぼ変わらない。

 むしろ、身体の脆さは普通以下と言ってもいい。


 「......フ、フフフ......」

 「どうしました、気でも狂ったのですか?」

 「3分、3分か、倒すのには十分すぎるな! 何て優しいんだ貴様は!」


 もちろんはったりである。

 でも、敵前に弱音を吐くのは、彼女には到底できるものではない。

 それにこれは、彼女自身を鼓舞するものでもあった。


 「はぁ......なんて虚しいんでしょうか。同情すらしますよ。まあ、3分もしないうちに切り刻まれるんですけどね」


 ウォルトはそう溜息すると、ムチを再び大きく揺らして、壁から壁へと先を反射させていく。


 (また来るか、だが勘で避けられる!)


 いよいよ自分のところにムチが来ると、重たく感じる足をひょいと動かして避ける。

 着地する際に一瞬よろけるが、それをごまかすために片手を地面につける。


 「切り刻まれるのは、貴様の方だ!」


 アイラは両手に剣を出すと、自分の体などお構いなしにウォルトめがけて走り出す。

 目の前が暗くなり、頭が重たくなるが、歯を食いしばる。

 ウォルトのムチは剣で跳ね返すが、弾かれたムチはまた再びアイラの元へしつこく来る。

 それに気を取られていると、ウォルトはいつの間にか後ろへ下がってしまった。


 「どうしましたか、遅いですよ?」


 ウォルトは余裕そうだ。

 アイラが力尽きるまでの時間を稼がれている。

 こうなったら捨て身で、ムチをできる限り無視して近づくしかない。

 どうせ命は短い。


 「殺す、絶対に!!」


 アイラは、ムチが当たらないことを祈りつつ全力で走る。

 しかしその途中、足を踏み込んだときに急に足元がぐらつき、目の前が暗くなり、前へ倒れかける。


 (くそっ、ここで......!)


 倒れまいと必死に耐えている時に、あのムチが容赦なく襲いかかる。

 アイラはとにかく体を逸らして避けようとするが、指が切られたように感じたのでみると、中指と薬指が切り落とされていた。

 だが痛みはそれほど感じない。


 「......へ、だから何だ」


 切り落とされたからどうなんだと考える暇もなく、アイラは再び走る。

 ウォルトは早足で後退するが、アイラはそれを上回って接近する。


 (もう少し、もう少しで――)


 ウォルトの怒涛の攻撃も避け、もう少しのところまで詰め寄った時、急に左足に力が入らなくなり、転倒する。

 ムチが足の肉を斬りつけてしまった。

 ここまで来て終わるわけにもいかまいと、右足だけで立ち上がろうとする。


 「くそっ、これで終わると――!」

 「3分です」


 ウォルトはそう宣告すると、起き上がにかけたアイラの腹部に深く切り込みを入れた。

 アイラは途端に体の力が抜け、血を吐き、そのまま地面に無気力に倒れた。

 顔を上げると、ウォルトはこちらを神妙な顔で見下ろしている。


 「く......くそ......」

 「......最後は少しヒヤヒヤしましたよ。けど、これで私の雪辱を......」


 ウォルトの言葉がぼやけて聞こえる中、アイラは意識が半分飛んでいる中、それでもまだ諦めなかった。


 (あと......少し......ほんとに、あと少し......)


 アイラは右手で自分の体を地面に擦らせながら、少しだけウォルトの近くに前進する。

 ......届いた。

 アイラは笑う。


 「残念でしたね」

 「残念だったな」


 「......は、何を......?」


 ウォルトがそれを言ったかどうかの内に、アイラは力を振り絞って剣を2、3本ばかり空中に生成すると、それをウォルトの背中、後頭部に突き刺した。

 ウォルトは一瞬目を見開いたが、すぐに苦笑する。


 「......見事......」


 ウォルトはそう言い残すと、横に崩れるように倒れて行った。

 最後の最後に、ウォルトを倒すことができた。

 ......命と引き換えに。


 「......はぁ、やっと勝った......」


 アイラはゆっくりと起き上がると、片足を立てて座り込み、あるものを取り出す。

 タバコ一本と、中々点かないライター。


 「これが、貴様との最後の勝負になるのか......」


 アイラは長年連れ添ってきた道具との別れを惜しみながら、力強く点火装置をつけると、不思議なことに、一発で火がついた。

 こんなことが起きるのはいつ振りなのか分からない。


 「......フ、そうかい......」


 思わずしみじみとしながら、その火をタバコの先につける。

 無事煙が立つと、それをアイラの口先まで運び、咥えて、ゆっくりと深く吸う。

 肺にたまっていく感じが、この上なく気持ちよかった。


 ララが脳裏によぎる。

 この時がここまで早く訪れるとは思いもしなかった。

 けどもう、彼女の心配はいらない。

 なぜなら、彼女にはもう、彼女を守る人がいるから。


 「......じゃあな、元気でな」


 アイラは煙を吐き出すと、小さくつぶやいた。

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