第百二三話 姉が迷惑な件 その2
「ギグ、グギ......」
体を一刀両断されたエネミーは、爪を突きたてた両手を前に出し、いままさにドアを開けた人物を襲おうという体勢のまま静止。
鬼の形相をしながらそのまま後ろにドサッと倒れた。
「やはりか、人間だったらどうしようかと思っていたけど」
アシュリーは剣を一旦鞘に戻し、前を見る。
その後ろには、どれも同じようなエネミーが20体程待ち構えていた。
みんな、肌色の体をしていて、頭から小さめの角を二本だし、手先は鋭く、いうならばゴブリンに近いような容姿をしている。
そしてまるで死なんて恐れていないような、血に飢えた目をしている。
「お前らも|あそこの組織の連中か?」
「キエエエエ!!」
アシュリーの質問には一切答えず、エネミー達は奇声を上げながら続々と襲ってきた。
答える気は微塵もないと見た。
「あっそ」
アシュリーはそう言い捨てると、自分に向かって突っ込んでくるエネミーの体を断裂させにいく。
剣を抜刀させると、その流れのまま、まず二体の頭を一振りで斬り飛ばす。
次に襲ってきたエネミーの胸部を刃先で突き破ると、背後に敵が回っていたので素早く抜いてそれを逆手に持ち、真後ろに突き刺す。
そこをもう一回順手に持ち替え、横に振り払ってとどめを刺した。
「まずは4体」
彼は呟きながら剣を納める。
もうすでに玄関前の地面が血で大半が埋まっている。
アシュリーの逃げ道を阻むように車道をずらりと陣取っているエネミーらは、何か様子をうかがっている。
ざっと見て後15体前後はいる。
「通行人の邪魔だ、早く始末しないと」
彼は再び柄を握る動作に移った時、後ろで気配がした。
何かと思い目線を後ろにずらすと、さっきの胸を突かれたエネミーが再び起き上がってきた。
「甘かったか」
改めて息の根を止めようと身体を捻らせて抜刀の動作に入る。
だが白い刃を半分見せたとき、斬ってもいないのに頬に生暖かい血が付着する。
「えっ」
もうその時にはエネミーの胴は切り離されていた。
その間に見えるのは、死神の鎌を振り切った姉。
左目からは一瞬鋭い殺意が放たれていたが、すぐに無くなり、ニコッと笑う。
「お姉ちゃん!? いつの間に鎌なんか持ってたんだ......」
「こんなこともあろうかと」
イザベルはそれだけ言ってさっさと敵の群れに飛び込んでいく。
「え、ちょ......」
咎めようともしたが、イザベルは全く耳を貸さなかった。
だがそんな必要が無かったことが、空中でエネミーの頭や胴が乱れ飛んでいるので分かった。
「......全く、凄い姉を持ったな、僕は」
その言葉に複数の意味を込めて独り言を言うと、自分もその姉に加勢するべく剣を抜く。
ズバズバと剣閃を飛ばし、エネミーを断ち切っていく。
だが違和感を覚える。
(なんで全く減らない......)
エネミーの数は、見た目20体なのに対して、アシュリーは恐らく何十体とエネミーの首をもぎ取ったはずなのだが、一向に減少する気配がない。
これじゃ斬っても斬ってもキリがない。
(復活してるようにも見えないし、なら......)
その所以を悟ったアシュリーは、たまたま近くにいたイザベルと背中を合わせる。
「お姉ちゃん」
「ええ、もしかしたらどこかに無限生産される『巣』でもあるのかも」
「ならそれを断ち切るまで!」
エネミーの処理はイザベルに任せて、アシュリーはその『巣』を探す。
よく見るとエネミーがアシュリーやイザベルに向かっているところに道筋ができているのが分かったので、そのもとへ向かう。
襲ってくるエネミーの形相がさっきよりも殺意が増しているようにも感じる。
「そうか、やはりあっちか」
アシュリーは彼らを手早く処理しながら走って向かう。
ようやく、その巣らしき物体が見えた。
『巣』と言うよりかは『卵』であった。
「なんだ......」
べったりと地面に貼りついている真っ黒の物体は、表面がドロドロにとけかけていて、赤い血脈を光らせながらドクンドクンと鼓動している。
しかも、そこからエネミーが表面からヌットリと出ていくのも目撃される。
気持ち悪さすら感じた。
「職歴は数年間だけとはいえ、こんな短時間にエネミーを量産するようなのは初めてだ......だが」
新手のエネミーだが、アシュリーはそれにも動じない。
その卵に急接近すると、その勢いを利用しながら抜刀し、剣を卵の中に突き刺す。
豆腐を切るような感覚がすると共に、赤い血がブシュッと顔にかかる。
「終わりだ」
アシュリーがそのまま剣を下に切り裂くと、その切れ目から大量の血液が放出される。
彼はそれを間一髪回避する。
少しして、体液を絞り出された卵は、シワシワと干し柿のように萎んでいった。
「ふう、あとは残党だな......」
※ ※ ※
ようやくすべてのエネミーの鳴き声が止んだ。
辺り一面血の海である。
「すごい臭い、どうするんだよこれ」
「後で掃除業者を呼んでもらいましょう。そんなことより~」
イザベルは笑みをこぼしながらアシュリーの肩に手を回る。
「アシュリーの闘う姿かっこよかったなぁ、さすが私の弟よ!」
「は? 何急に......」
「お、また頬が赤くなってるんじゃない? アシュリー褒められるのに弱いのね」
また始まった。
とにかくこの場から逃げようと、イザベルの腕を解く。
「とりあえず、血が付いたから風呂入るし」
「お姉ちゃんと一緒に入る?」
「いい年してそんなことするわけないだろ」
「本音は?」
「キモイ」
アシュリーはそう言い捨てると、血が乾いた地面を歩きながら家の玄関に向かう。
「ほんとは入りたいくせに......」と背後でブツブツいうイザベル。
(ほんとは自分が入りたいんだろ、ブラコン)
と、心の中で罵る。
だがこの姉とのやりとりも、実はそこまで嫌ではなかったりもする。




