第百二一話 長が剣を握る時 その3
「な......!?」
孝二の眼光が赤く光った。
こんな現象は今まで見たことなかった。
寿之は何だと思ったとたんに腹部を大きく押されて、100キロは堅い重装備を身に着けているのにもかかわらず浮き上がった。
だがここも大きな動揺もすることなく、体勢を崩さぬまま地面に足を付ける。
改めてみると、孝二の両目は血に飢えたような赤い目を光らせ、両頬の血管が膨張してそれが浮き彫りになっている。
「お前、それは......」
「兄さん、勝負はこれからだよ。これが私の真の力! 最早警棒なんていらない!」
孝二はその警棒を乱暴に放り捨てると、ゆっくり深呼吸をしたかと思うと、途端にその影は消え去った。
「消えた......!」
消えたといっても透明になったとかではなく、単純にスピードが飛躍的に上昇した状態で部屋中を駆け回っているだけであり、その証拠に所々で残像が見える。
だが、これは最早寿之の目では追い付けないような領域に達していた。
どっから来るかと身構えていると、少し意外にも真正面からの登場だ。
「グヘ......!」
寿之に襲いかかるのは、当然あの警棒ではなく、肥大化した腕一本。
彼はその強化された力を誇示しようとするかのように寿之の盾に拳を全力でぶつけに来る。
それはさっきの武器よりも明らかに重たく、腕が振動で不快な感触を発生させる。
(何だこの威力......)
孝二はその盾にパンチを幾つも打ち込んで、力で押し込もうとする。
孝二の顔を見ると、顔はより残忍な笑顔を浮かべ、殺意が溢れでているのが分かった。
流石に堪えきれないと見た寿之は、滅龍の銃口を孝二の凶悪な顔面に向ける。
「あ?」
孝二に二の句も言わせないうちに引き金を引いて滅龍の口から光線を吹かせる。
が、これも回避され、彼の視界から姿を眩ませた。
想定以上に厄介なことになってしまった。
「何処だ!?」
「ここだよ」
寿之が叫ぶと、その返答は自らの口元で囁かれた。
もうすでに真後ろに立たれていたことに気付かなかったのだ。
気付いた時にはもう遅く、背中を膝で鋭く打たれ、視界が大きく揺れる。
「ふぐっ......!!」
寿之は肘から床に倒れこみ、その後にすぐに立ち直る。
しかし今のは応え、よろめきながら立ち上がる。
「初めて見たぞその能力。どこでそんな力を......」
「私の体に仕込んでもらったんだよ」
「仕込み......?」
「ああ、奴はすごいぞ、人間だった奴らを次々と私みたいな化け物に変えてしまうんだ! それにあの召喚人の主でもある!」
やはり誰かによって弟がエネミーの姿に変わり果ててしまった。
寿之は怒りとかよりも孝二を哀れむ気持ちの方が大きかった。
彼も正直、今の弟の姿は信じたくは無かった。
「......だが、これもまた、現実か」
「そのおかげで......」
エネミー化した孝二は再びまたしても姿を消す。
(どこから来る? これは運に任せるしかないのか)
それに対して寿之は勘に賭ける。
孝二が止まる場所とタイミングを推し量るのだ。
ここまで追い詰められたことに情けなさを感じつつも、自分の運を信じる。
(......後ろ!)
自分の背後に来ると見た寿之は、身体を素早く後ろに捻らせる。
するとドンピシャで、丁度孝二が目の前に現れ、すでに右拳を後ろに引いていた。
振り向いた勢いを利用して滅龍の先を孝二へ振り回す。
「当たっ――!」
だが、それで彼に大ダメージを与えることができるという考えが甘かった。
その槍は、彼の腕によって受け止められてしまった。
「なん......!?」
「残念だったね、兄さん!」
大きく笑ったのは孝二の方であった。
彼は引き切った拳を全力で寿之の腹へと殴りこむ。
「がはっ......」
寿之は一直線に吹っ飛んでいき、彼の木の机に背中を激突させて止まった。
その拍子に吐血をする。
俯かせていた頭をあげると、誇らしげに腕を組んでいる孝二がいた。
「......私の滅龍が効かないとはな、私も随分と腕を落としたか」
「兄さんのここまで惨めな姿を見たのは初めてかもね」
孝二は寿之を睨む。
殺意は一段と大きくなっているような気がする。
「何故、エネミーの連中なんかと手を組んだんだ......?」
「至極単純、つまらなかったからだ」
「な......」
「いつも兄さんにこき使われて、刺激は全くない。自分の欲も十分に満たされない。私の人生は退屈な日々を送っていたのさ。だからある日、あの地下シェルターに、エネミーの組織に入った」
孝二は寿之へと近づく。
赤い眼光薄暗いこの空間で光らせており、もう凶悪なエネミーそのものであった。
寿之も槍を杖にしてゆっくりと立ち上がる
「そりゃ最初は怪しまれたさ。誘ってないのに勝手に入り込んだからね。だが彼らは、直ぐに俺の意思を認め、私の体を改造した。そしたらどうだ、この高揚感は!? 人間のままだったら決して手に入れることは出来なかった快感!!」
孝二は興奮して段々と声を大きくしている。
「『誘ってない』?」
「目を付けた人間には招待状を送りつけてるんだ。それで新たに戦力になる奴を作り出す」
「......それはいい情報をもらった」
「ヒヒッ、もうすぐ死ぬくせに何言ってるんだ。もう兄さんを殺したくてたまらないんだ、この状態に変化してから脳内で破壊行動を促す物質が大量に出てるんだ!」
孝二は威嚇なのか、床を一回パンチすると、部屋中が大いに響き渡る。
さっきよりもパワーがかなり増大している。
「地獄に落ちろ!!」
孝二はまた、高速スピードで姿をくらます。
そして一瞬で目の前に現れると、もうすでに拳を引いていた。
だが、寿之の中では死ぬ気は決してなかった。
むしろ、もう勝利を確信しているというのだ。
「残念だが」
孝二が拳を前に出すのがはっきりと見えた。
それを寿之は無駄のない動きで、横にずれるようにして一瞬で避けた。
「何!?」
「目が慣れた」
寿之はその隙に盾で孝二の顔面を殴る。
視線が天井へ動いたところを、今度は槍で肥えた腹を割いた。
「グバァ......!!」
孝二がよろめいたところで止めを刺しにかかる。
寿之は跳びあがると、孝二の両肩に足を乗せた。
「ひっ......」
一転攻勢、孝二の不敵な笑みは消え、懇願を示すような表情に変わっていた。
だが彼はもう完全なエネミー、そこに情は感じなくなった。
「さらば、元弟よ」
寿之は別れを告げると、一杯の光線を孝二に浴びせてやった。




